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第11話 「娼館に行くぞ!」
好き、という気持ちの楽しさとしんどさを省吾は思い出していた。
ミロの姿を見ると気分が高揚し、つらい鍛錬でも一緒に出来ることに幸せを感じていた。
蓮の時もこうだったっけ。走り込みのあと、そんな事を考えながら黙って水を飲む。
とはいえ、最後の方はしんどさの方が勝り、相手の一挙一動による楽しみを覚えることは少なくなっていっていたが。
蓮は異性愛者である。自分のことは恋愛対象には見てもらえないんだろうな、と思いながらもそばに居続ける辛さを感じていた。
ミロはというと、蓮が見せたような嫌悪感は示さず、それどころかものすごく甘やかしてくれる。彼からすると仕事の一環なのだろうが、それでも優しくされるたびに嬉しいと思ってしまっていた。
喜びすぎては駄目だと思うしんどさと、それでも話しかけてくれて、気にかけてくれる嬉しさを片思いとして楽しみ2ヶ月が過ぎた。
省吾とミロは何度も体を重ねたし、その度にたった一度で省吾のケージは満杯になった。
一度ノアにこのケージが満杯になるのは何故かと尋ねたところ、「よく精神の安定とか、セックスの満足度とか言われてるねぇ〜」と返ってきたので更に気恥ずかしくなっていた。
今日も無事に鍛錬を終え、部屋に戻る途中で汗を拭く手ぬぐいを忘れたことに気がついた。
明日でもいいだろうかと思ったが、洗濯をしてくれるメイドたちに申し訳ない気もしたので鍛錬場に取りに行くことにする。
この2ヶ月の間、週に2回ほどミロは夜に省吾の部屋を訪れて勉強を見てくれていた。今日は彼が部屋に来ない日なので、一目でも彼の姿を見ることができればと思ったのだった。
たしか休憩時間に置いていたな、と水飲み場へ向かう。鍛錬を終えたのであろう数人の兵士が立っていた。手ぬぐいは、と目で探すが、同じ色の手ぬぐいを持っている男がいて注目する。
ミロだった。
「それ、例のヒジリ様のじゃないか?」
兵士の1人がミロに尋ねる。
「うん、なんか、省吾が持っていたような気がするし、あとで持っていく」
「ふーん……」
残りの兵士たちが何かを言いたそうに視線を交わす。
自分の話をしているのだと思うと出ていくのがためらわれた。省吾は彼らからは見えないような位置で立ち止まり、去っていくのを待つ。
「なぁなぁ、どうなんだよ。お勤めは」
ニヤニヤと笑いながら1人が尋ねる。それを聞くのか、と省吾は気まずく思った。
「どうって……」
ミロは戸惑ったように答える。
「別に普通だけど。夜間警備や護衛と一緒」
彼の返答に心臓が痛む。わかっていたことだが本人の口から言われるとグサリと切られたような心地になった。
「でもお前、どっちかっていうと女のほうに興奮する奴だっただろ? 抱けるのかよ」
「抱けてるからここのところ魔物が襲ってこねぇんだろ」
それもそうだ、と周囲は納得をして頷いている。
「たしかに助かってるよな。ヒジリ様が来て全然襲ってこなくなったじゃん。前は空の上を定期的にドラゴンが飛んでたのに、今じゃ滅多に見かけねぇ」
「ヒジリ様々だよな」
男達は笑い合ってミロの肩を抱く。
「よし! お前今晩は非番だったよな! 頑張ってるお前に俺等がおごってやろう! 娼館に行くぞ!」
「いい女つけてやるよ」
「単純にお前らが行きたいだけだろ……」
後ろを向いているからミロの顔はわからない。
省吾は指先まで冷えてしまったように感じた。
彼らの笑い声が次第に遠くなっていく。誰もいなくなったことを確認し、省吾はその場を後にした。
ひどく恥ずかしくて、苦しかった。
部屋に戻り、汗も流さないままベッドに入り込む。ジェドに「疲れたから暫くの間1人にしてほしい」と言うとメイドも彼も部屋から出ていった。
涙は出なかった。
そういえば蓮にフラれた時も泣きはしなかったな、と省吾は思う。
本当に苦しい時、省吾は泣けたことがない。すぅ、と心臓が冷えて、体中が重くなって、ただただ時間が過ぎ去るのを待つだけだった。
ミロも兵士たちも省吾のことを悪く言ったわけではない。けれど辛かった。
好きな人に義務で抱かれる事がこんなにつらいと思わなかった。
昔は、蓮に片思いをしていた頃は彼の体だけでも欲しいと夢想していた。体だけでもつながることができればいいのに。セフレでいい。少しでいいから自分を見てほしい。
そう思っていたのに、いざこうして体だけ繋がった時に心がない事をつきつけられると苦しい。
ミロは優しい。全く情がないわけではないが、愛情となると違う。彼は女性を愛する人だと先程聞いた。実際、省吾が来るまでは、いや、省吾が来てからもプライベートでは女性を抱いているのだろう。これからだって、彼はきっと女体に興奮する。
省吾は自分の胸を見る。柔らかい膨らみなんてない。なのにミロはセックスの間よく舐めていた。ああやって女性のものも触るのだろうか。
女性のものをああやって触るから、省吾も同じように触られたのだろうか。
浮かぶ可能性にどんどん体中が冷えていく。
自分もミロと同じように、義務だと思ってしまえればいいのに、と思った。
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