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第13話 「ミロってどういうプレイが好きなのかとかわかるか?」

「ミロってどういうプレイが好きなのかとかわかるか?」  次の日の朝、省吾は食事の成分を分離しにきたサイを尋ねて彼の研究室に行った。彼は毎朝出勤し、省吾の食事からカフェインなどの興奮物質を抽出して帰っていく。彼の研究室の方は仮のものだからだろうか、ノアのものにくらべて簡素だった。  サイは眉根にシワを作る。木製の椅子に座り、向かい合っていた。二人の間、中央に置かれたテーブルでは試験管がいくつか並べられ、奥ではビーカーが温められてコプコプと沸騰している。 「知っているわけないでしょ。てか、知っているとしたら私とミロってどういう関係なのよ」  省吾の話を聞いてくれる気はあるのだろう、彼は手を止めて水を出してくれた。わざわざ成分を見て問題がないことを確認した上で。  この頃には省吾も文字がある程度読めるようになっていたがこちらの世界での化学物質についての知識はなかったのでまだ成分を読み上げてもらわないと何が入っているかはわからなかった。 「だよなぁ……」  がっかりと省吾はうなだれた。彼の幼馴染から少しでも話を聞くことができれば違うと思ったのだ。 「ノアには聞いたの?」  省吾は首をふる。 「いや……、なんとなくノアには聞きにくくて」  なるほど、とサイは頷く。 「その判断は正しいわね。アイツ、人を愛したことなさそうだし」  省吾はいつものほわほわとしたノアを思い出した。確かに誰かと付き合うとか恋愛関係になるといったイメージがわかない。 「ていうか、愛せない人種っていうのかしら。そっちの言葉にもある? アセクシャル、無性愛者って言葉」 「ああ……、聞いたことはある」  あちらの世界でゲイのことを調べている際にアセクシャルも知った。他人に性欲を抱かない性質の人間である。 「へぇ、そっちにもあるんだ」 「多分、翻訳されているんだろうけど、該当する言葉はある」  言いながら省吾は腹を撫でる。 「アイツ、子供の頃から何に対しても平等すぎるのよ。女に対しても男に対しても恋愛感情を抱いてない。まだそういう人に会っていないだけかもしれないけど。もちろん無性愛者の人が皆そういうわけじゃないわ。ちゃんと恋愛に理解を示す人のほうがほとんどよ。でも、アイツはそれにプラスして合理的すぎる思考を持っているの。だから、恋愛事に興味も理解も示さないの」 「ふぅん。じゃあサイはどうなんだ?」 「私はヘテロ。言葉遣いからゲイだと思った?」 「…………うん」  顔をそらしながら答える。サイはふふ、と笑った。 「この言葉は女だらけの中で育ったから。私の両親は女同士のカップルだったの。矯正の機会はいくらでもあったけど、仕事上女性を相手にすることが多くて便利だったのよね。美容の話とか、この口調のほうが話を聞き出せるの」  省吾はそういえばサイは美容関連の医者だったと思い出す。 「……顔とか、キレイにしていたほうがやっぱ嬉しいよな、抱く方としては」  ぽつりと呟いた省吾にサイは目を丸くする。 「あら、美容に興味があるの?」 「う~ん……」 「ミロにどう見られるかに興味があるってことね」 「……うん」  サイは椅子に座りなおす。 「私の知っている限り、ミロもヘテロ……、っていうか女性しか抱けない人だったと思うけど、アンタには興奮してんでしょ?」 「……多分」 「男なんだから勃ってたらそれは興奮してんでしょ」  ズバリと言われ省吾は耳を赤くする。本人のいないところで申し訳ないと思った。 「じゃあ、別にいいじゃない。それなりに楽しんでるんでしょ?」 「……でも、アイツは立場上断れないから」 「断れるわよ」 「え!?」  省吾は背筋を正してサイを見る。彼は手持ち無沙汰に爪を見ていた。 「いくら親衛隊とは言ってもどこの馬の骨ともしれないヒジリ様と無理やりセックスさせられるわけないでしょ? そりゃ公衆の面前で指名されたとはいえ、親衛隊の規則に性生活まで強制する言葉はないわ。妻帯者、恋人持ち、セクシャリティが違う人間が断った事例は過去にあるもの」 「じゃあ、王妃とヒジリ様のNTRは……?」 「私達が生まれる前の話ね。有名な逸話よ。政略結婚だったから、王様との間に愛はなかったの。王様も側室にかまけていたし、王妃様は孤独を抱えていたのかは知らないけど、当時のヒジリ様と打ち解けて、ソウイウ関係になったってこと。市民の間では何度も劇として公開されたり本になっているくらい人気のあるエピソードよ」  言いながらサイはうっとりと目をつむる。彼も好きなエピソードなのだろう。 「……そうなのか」  省吾は納得して頷く。  拒否権がないと思いこんでいたので、拒否権があるとわかった今嬉しかった。  サイは省吾の頭を撫でる。 「かわいいわねぇ。青春って感じ」  省吾よりも年上であろう彼は目を細めている。気恥ずかしかったが、これまでの人生でこうして頭を撫でられたことがない省吾は黙ってされるがままにされていた。 「楽しめばいいじゃない。ミロは拒否できてもアンタは拒否できないんだから。だったら好きな人としたほうが気持ちは楽でしょ?」  こくり。省吾は頷く。  こうしてサイは次回来た時に王妃とヒジリ様の本を持ってきてくれると約束し、省吾は研究室を出ていったのだった。  部屋に戻り、鍛錬のために服を着替えながら省吾は考える。  サイの言っていた通り、ミロが拒否できる上で拒否しないというのであれば今の状態を続けたい。  そのためには彼に飽きられないようにしないと、と拳を握る。  ただでさえ、彼が本来興奮する女性の体は持っていないのだ。出来る限りの手はつくそう。省吾は、うん、と気合を入れるように頷いたのだった。

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