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第47話 そんな…… ②

 あのあとの瑞稀の記憶は、断片的にしかなかった。  残っている記憶と言えば、トイレに行き、奥歯を噛み締めても流れてくる涙を乱暴に拭き取ると、洗面で顔を洗ったこと。  個室に戻るり、瑞稀は何事もなかったかのように、出勤前に立ち寄ったコーヒーショップで新発売、期間限定のフルーツドリンクを飲んだことを話した。  少しの沈黙があるだけで、涙が溢れそうだったから。  運ばれてきた料理を口に運び「美味しいですね」と言ったが、本当は味がしなかった。 「疲れた?」  帰りのタクシーの後部座席。  黙りこくった瑞稀の手を、隣に座る晴人が握った。 「! いえ、大丈夫です。ただちょっと食べ過ぎちゃったみたいです」  瑞稀が腹部に触れると、晴人も瑞稀の腹部に触れた。 !! 気づかれてしまう! どうしよう!  腹部に触れた晴人は、驚いたように目を丸くすると、 「いつもより、ふっくらしてるね」  少し膨らんだ瑞稀の腹部を撫でる。 どうしよう! お腹の膨らみ、晴人さんに気づかれてしまった。 どうしよう! 妊娠のこと、気付かれた!? もし妊娠のことがわかったら、晴人さんはこの子のこと、どうするんだろう? 子どもは考えていないって言ってた…。 じゃあ、生まれたらすぐ離れ離れにされてしまう!? 「えっと……その……」  なんと言えばいいかわからず、瑞稀は口籠もってしまう。 どうしよう……。 どうしよう……。  どうしていいかわからず、不安で涙が溢れてくる。 「あの……」  瑞稀が言いかけた時、 「瑞稀がこんなに食べたの、久しぶりだね」  嬉しそうに晴人は微笑み、また瑞稀の腹部を撫でた。 ……え……?  晴人の言っている意味が、一瞬わからなかった。 でも……もしかしたら……?  ある仮説が浮かんでくる。 もしかしたら、晴人さんはこのお腹の膨らみは僕が今日食べ過ぎたから、お腹が出たと思ったの? 妊娠のことは気づいてない………? それならこのまま……。 「そうなんです。食べ過ぎちゃいました……」  様子を伺うように、晴人の顔を覗き込む。 「瑞稀最近、食べられてなかったから、今日はたくさん食べられて良かったよ。今日みたいな味付けが、今の瑞稀にはいいのか……」  そう呟きながら、本当に嬉しそうに晴人は微笑んだ。 ああ……。  瑞稀の瞳に涙が浮かぶ。

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