71 / 111

第74話 山崎晴人 ⑨

「晴人さんのお気持ちはありがたいです。でも僕たちは僕たちの力でやっていきたいんです」 「……」 「晴人さん。5年前あんな酷い去り方をしてしまい、本当にごめんなさい。謝っても謝りきれないです。どう罵られても仕方ないと思っています。これからは晴人さんの視界に入らないようにします。だからどうか、今の仕事を続けさせてください。僕、今の仕事が好きなんです」  瑞稀と再会できただけでも、晴人の中では奇跡だった。  5年前の出来事も、ドロドロしていた気持ちも、裏切られたと思った気持ちも何もかも全て綺麗になかったかのように消えていく。 「俺こそ、あんな失礼なこと言ってごめん。もっと考えるべきだった。だが瑞稀とこうしてまた再開できるなんて思っていなくて…。何か力になりたいだけだったんだ。俺は瑞稀の好きな仕事を続けてほしいし、瑞稀さえよければ、瑞稀と千景君さえよければ、空白の5年間を、これから3人で(・・・)作っていきたい。瑞稀さえよければ、またこうして会って欲しい……」  もう逃すまいと、晴人は瑞稀の手に左手を伸ばす。 「あ……」  伸ばされた左手薬指を見て、瑞稀は目を見開き、動きを止めた。 「指輪……」   指輪? しまった。 付けっぱなしのまま来てしまった……。 「ああ、別れたのに指輪、外せなくて……」  瑞稀がいなくなってからも、どうしてもはずせなかった指輪。  指輪だけが、瑞稀と自分を結んでくれているようで、手放せなかった。  どんな時も、自分に力をくれた2人の指輪。  愛おしそうに晴人は指輪に触れる。 「晴人さん、ご結婚は……?」  瑞稀が晴人の指輪を凝視している。  指輪と結婚が、どう関係しているのかわからない。 「結婚? してないよ」  晴人が言うと、 「でも……」  瑞稀は何か考え込んだ。 「でもって?瑞稀、何か知ってるのか?」 「いえ、何も……」  瑞稀の瞳は揺らぎ、サッと目を逸らせる。 何かがおかしい。 「何か知ってるなら……」  聞き出そうとしたが、今わざわざ聞き出しても、瑞稀の負担になると考え、 「瑞稀がそう言うなら」  深くは追求しなかった。  急がなくていい。  少しずつ瑞稀との距離を近づけていてたら……。  それが晴人の望み。 「瑞稀、また会ってくれる?」  晴人は真っ直ぐ見つめる。  ほんの少しだけでいい。  瑞稀の気が向いた時だけでいい。 「でも、晴人さんはお忙しいですし、貴重な時間を無駄にされては…」 「無駄なんかじゃない」  嫌だ!もうこれきりなんて。 「今の俺にとって、瑞稀との時間が一番だ。だから瑞稀がいい時、会って欲しい」  晴人の心からの願いだった。 どうか、どうか頷いてくれ……。  祈った。 「僕なんかでよければ……」  瑞稀は鞄から付箋を取り出し、番号を書いて渡した。

ともだちにシェアしよう!