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第75話 思い出のクッキー ②

「クッキー、ありがとうございます。でも……」  瑞稀が言いかけた時、 「この後時間があったら、コーヒーでも……どうかな?」  一歩、瑞稀の方に近づく。 「え?」  瑞稀の胸がドキンと跳ねた。  瑞稀は近づいてきた晴人のことを見惚れてしまい、目が離せない。  心臓がうるさいほど大きく早く脈打ち、晴人に聞かれてしまわないかと心配になる。 晴人さんとコーヒー……。  瑞稀の心が揺らぐ。 ダメだとわかっているけど、少しの間でも一緒にいたい。 話をしたい。 懐かしい、あの日に少しでも戻りたい。 「あの、山崎さんのご都合のよろしい時に、ご一緒させて……」  と瑞稀が言いかけた時、 「晴人、この前の会議の資料、すぐに出るか?今からの会議に…」  手に持った資料に目を通しながら、昴が部屋に入って来た。 「あ……」  晴人と瑞稀が一緒にいたところを目にした昴は、足を止める。 「悪い。邪魔した」  昴は気まずそうにし、きびすを返し部屋から出ようとした。 「待ってください!」  瑞稀は昴を引き留める。 「山崎さんがいらっしゃるとは知らず、掃除に入ってしまった僕が悪いんです。僕は失礼しますのでお話を続けてください」  右手に晴人からもらったクッキーを持ったまま、左手に掃除用具を持ちドアへ向かう。 「いや、違うんだ。成瀬さんは晴人と話したいことがあったんじゃ……」  部屋から出て行こうとする瑞稀を昴は止めようとするが、  「失礼しました」  ペコリと昴と晴人(2人)に頭を下げて部屋を出ると、副社長室から遠く離れようと瑞稀は廊下を急いで歩く。 僕はなんてことを言おうとしてたんだ! 一緒にコーヒーを飲みたいだなんて……一緒にいたいだなんて……。 5年前、自分から晴人さんの前からいなくなったのに、今更一緒にいたいだなんて…最低だ……。  瑞稀はぐっと奥歯を噛み締めた。 あ……。 結局もらったままになってしまってる。  副社長室から離れた廊下で、はじめて瑞稀は晴人からもらったクッキーを返しそびれたことに、気がついた。 どうしよ。 クッキーを持ったままでは仕事ができないし、今から返しに行けば副社長にも会ってしまう。  晴人との関係を知っている昴に、晴人と一緒にいるところを見られてしまい会うのが気まずかった。  瑞稀はとりあえず晴人かっらもらったクッキーをロッカーに入れておいて、後で返しに行こうと決めた。  その後、午前中の仕事もつつがなく終わり、昼休憩となった。  幸恵と和子と共にロッカールームに行き、ロッカーから弁当を出した時、晴人からもらったクッキーの袋が床に落ちた。 「あら、瑞稀くんなにか落ちたわよ」  幸恵が拾い上げる。  「それは……」  瑞稀は今朝の出来事を話すと、 「でもそれじゃあ副社長は、瑞稀くんと山崎さんの関係を前から知ってたみたいじゃない?」  さすがというべきか、幸恵の感は鋭い。 もう話すしかない……。 「今までお話していなくてすみません。実は……」  瑞稀は話した。 「そうだったのね。瑞稀くんも大変だったのね。私たちにできることはない?」  和子はそう言ってくれるが、 「僕は僕自身がどうすべきかわかっていなくて……」  瑞稀も身の振り方がわからない。  もう会わないし会えないと思っていた晴人と、全くの偶然とはいえ再会したことや、またこれからも会いたいと言ってくれたことが嬉しかったのも事実。  でも今後も会い続けていいものなのか、わからないことだらけだ。 「確かに一日で、そんなにたくさんのことが起きたら、誰だって困ってしまうものね。とりあえずは瑞稀くんの気持ちを一番に、ゆっくり考えたらいいよ。それでもし瑞稀くんの気持ちを待てないような人だったら、それだけの人だよ」  幸恵が言うと、隣で和子も大きく頷いた。 「ありがとうございます」  瑞稀には義父(父親)も母親も妹もいるが、今は離れて暮らし、瑞稀と晴人の関係を知らない。  だから幸恵や和子はなんでも話せる、二人のははのような存在で、そんな幸恵や和子が瑞稀の味方になってくれることは、この上なく心強かった。 「それじゃあそのクッキーはどうする?もし返しに行こうと思っているけど、行きにくかったら私たちが行ってくるけど、どうする?」  瑞稀は袋を見た。 本当は返すべきなんじゃないだろうか?  だが瑞稀がこのクッキーがまだ好きだと入った時の晴人の笑顔が、忘れられない。 もし返したら、晴人さんのあの笑顔、曇らせてしまうのだろうか……?   「このクッキーは皆さんと一緒に食べてといただいたので、お二人がよろしければ一緒に食べませんか?」 「まぁそれはいいわね」 「いつもいく休憩室には自動販売機もあるし、クッキーは食後にいただきましょう」 「はい!」  三人は休憩室に向かった。

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