80 / 111
第80話 お別れ遠足 ②
午前中の散策が終わり、お弁当の時間となった。
雫と千景が持ってきたレジャーシートを繋げて敷き、千景に弁当を渡す。
「ねぇママ、開けていい?」
「どうぞ、召し上がれ」
「やったー!!」
千景は好きなキャラクターの弁当を開け、
「わぁ~! 僕の好きなものばっかり入ってる!」
歓喜の声をあげる。
唐揚げ、ハンバーグ、マカロニサラダ、フライドポテト、ウインナー、ブロッコリーとプチトマト。おにぎりはくまの顔になっていて、デザートは奮発して苺にした。
「ママ、ありがとう!」
「どういたしまして」
瑞稀にとって千景の笑顔が何よりの喜びだ。
「昴くん……僕もお弁当、ある?」
母親と来ていない雫は、自分の弁当があるのか心配そうだ。
「もちろんあるぞ。はい、これが雫のお弁当」
昴に弁当を手渡され、雫がパーっと明るくなる。
「開けていい?」
「もちろん」
落とさなように、雫は恐竜の絵柄のついた弁当箱をゆっくり開ける。
「わぁ~、僕の好きなものばっかり! ありがとう昴くん!」
雫から笑みが溢れる。
「お礼なら、家に帰ってママにいいな。その弁当、ママが雫のためにって朝早くから作ってくれてたぞ」
「ママが僕のために」
「ああ。『大事な大事な雫が遠足、楽しめますように』ってな。だから家に帰ったら、遠足の話し、沢山してやるんだぞ」
「うん!」
先ほどの不安そうな表情は消え、雫はキラキラした瞳で弁当をじっと見る。
「それじゃあ『いただきます』する?」
「するする!」
瑞稀と昴も自分の弁当を鞄から取り出す。
「それではみなさん。手を合わせましょ。は~い」
保育園の時のように雫が言うと、全員で手を合わせ、
「いただきます」
「いただきます」
「いただきます」
「いただきます」
同じタイミングで食べ始める。
千景と雫はお互いの弁当の中身を見せ合いながら「おいしいね、おいしいね」と言いながらパクパク食べていく。
保育園に通い始めた時は、あんなに小さかったのに……。
楽しそうに弁当を食べる千景の姿を見て、瑞稀は胸が熱くなる。
「本当、子どもって可愛い」
雫の姿を昴は優しい顔で見つめながら言った。
「そうですね……」
本当に可愛いいと思う。
だが、その言葉は瑞稀の胸に、ちくりと小さな針を刺す。
「本当に雫が可愛くてしかたなくて。甘やかしすぎて姉さんに怒られっぱなしなんだよ」
困った顔をしたが、どこか嬉しそうに昴は笑った。
「雫くんにとって、内藤さんは大好きな叔父様だと思いますよ」
「だといいんだけどね」
そう言いながら、昴は弁当の中身を落としそうになっている雫に「落ちる、落ちる!」と声をかけながら、弁当箱を持ち直させる。
『本当、子どもって可愛い』
本当にそう思う。
でもその言葉を本当に聞きたかった愛する人の口からは、一度も聞くことができなかったことが、瑞稀の中でずっと引っ掛かっていた。
人がどう思うかなんて強制できることではない。
だが、どうしても割り切れない気持ちが瑞稀の中にはあった。
楽しい動物園遠足も終わり、解散となった。
「じゃ千景、雫くんと内藤さんにさよならして、帰ろうか」
瑞稀が手を差し出すと、
「やだ……」
サッと千景が両手を背中に回し、隠した。
「でも、もう先生や他のお友達ともさよならしたよ。だから雫くんにもさよならしようね」
「やだ!」
千景がフルフルと頭を横に振る。
眠たくなったのかな?
朝から大はしゃぎで、雫と一緒に動物園を回っていた千景。
大きくなってきたといえ、まだまだ4歳だ。
体力もしれている。
瑞稀はしゃがみ、
「雫くんとさよならした後、ママが抱っこして帰ろっか」
千景のプライドを守るように、耳元で囁いた。
それでも千景は頭を縦にふらず「嫌だ」と駄々をこねだした。
楽しすぎてまだ帰りたくないし、眠たいしで甘えたモードになってる。
駄々をこねている千景も可愛いと思ってしまう。
それでも困ったな……。
「雫くん、千景がさよならできなくてごめんね。また明日からも遊んでやってくれる?」
「うん! わかった!」
雫は大きく頷く。
「内藤さん、すみません。千景、まだ帰りたくなさそうなので、もう少しここにいたいと思います。今日は一緒に回ってくださり、ありがとうございました」
礼を言い、その場から立ち去ろうとすると、
「あの……」
昴に呼び止められた。
「もしよかったら、途中まで送らせてもらえないか?」
「え?」
「実は近くのパーキングに車を停めていて。眠たくなった千景くんを連れて、電車で帰るのは大変だろ?」
確かに、今から眠たくなりぐずる千景と一緒に電車とバスに乗って帰るのは大変だ。
だからと言って、昴の言葉に甘えてもいいものだろうか……。
瑞稀は迷った。
「千景くん、雫と一緒に車で帰る?」
瑞稀が迷っていることを気づいてか、昴は千景に直接声をかけた。
「え!? いいの? 前みたいに雫くんと車で帰れるの?」
さっきまで甘えたでグズグズモードの千景だったが、昴の一声で一気に明るい表情となる。
「もちろん! 成瀬さん、千景くんもこう言ってますし、一緒にかえりませんか?」
「千景くんと一緒に帰りたい!」
「僕も雫くんと帰りたい! ねぇママいいでしょ?」
まだ心のどこかで『迷惑ではないだろうか……』と言う気持ちがあるが、子ども達のうるうるした瞳で見つめられると『いいよ』としか言えなくなってくる。
「すみません内藤さん。お世話になります」
瑞稀がそう言うと、千景と雫はぴょんぴょん飛び跳ね喜ぶ。
「子どもは笑顔が一番」
子どもたちの姿を見て、昴も微笑んだ。
ともだちにシェアしよう!