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第81話 お別れ遠足 ③

「寝てしまいましたね」 「寝てしまったね」  信号待ちの時、運転席の昴と助手席に座る瑞稀は後部座席で寄り添うように眠っている千景と雫の寝顔を、微笑みながら見つめる。  一緒に帰れると大喜びしていた千景と雫だったが、車が発進して5分ほどたった頃には、もうすやすやと気持ちよさそうな寝息をたてていた。  瑞稀の家から動物園まで、電車とバスとで行けば1時間ほどかかるが、車だと20分。  千景が眠ってからすぐ、瑞稀と千景(2人)は自宅に着いてしまった。 起こすのは可哀想だから、抱っこで連れてあがろう。  瑞稀がお礼を言って、家に帰ろうとした時、 「起こしてしまうのは可哀想なので、もう少しの間、ドライブしない?」  昴はそう言い、瑞稀を止めた。 「でもそれでは内藤さんと雫くんの帰宅時間が遅くなってしまいます…」 「車だから大丈夫。それに起きた時に千景くんも雫もお互いがいなかったら悲しむかなって思ってね」 「それはそうですが……またご迷惑をおかけすることにならないですか?」 「じゃあ、俺が迷惑にならないって言ったら、行ってくれるの?」 「え?」  まさかそんな返事が返ってくるとは思っておらず、瑞稀は驚いた。 「俺は迷惑だと思ってないよ」  そう言って昴は車を出した。  動きだした車は、静かな道路を走っている。 「そういえば成瀬さんって、いつから我が社で働いてるの?」  しばらく沈黙が流れていたが、何か話さないといけないと思ったのだろうか、昴が話し始めた。 「もうすぐ三年です」 「三年。結構長いんだね。ずっと派遣で働いてるの?」 「はい。ずっと派遣で清掃員をしています。以前は祖母の家の近くで働いていたのですが、祖母が亡くなってからはずっと御社で働かせていただいています」 「おばあさん亡くなってたんだね。悲しいことを思い出させてしまってごめん…」 「いえ……。祖母からたくさんの愛情をもらったので、寂しくありません。とても素敵な祖母でした」  瑞稀は祖母との記憶を蘇らせた。 「そうなんだ。いい思い出がたくさんあるんだね」 「はい」 おばあちゃん、僕、これからも頑張るよ。 千景と2人で頑張るよ。  ふと晴人の顔も浮かんだが、首を横に振り頭の中から晴人を消すと、瑞稀は暗くなってきた空を見上げた。 「成瀬さん、時折物凄く悲しそうな顔してるの知ってる?」 「え……」 「今日も時々してて、その度に千景くんが心配そうに成瀬さんのことを見ていたんだ」 「え!?」 そんなこと知らなかった。 気づかなかった。 千景にそんな心配をさせていたなんて……。 「今後は気を付けて行きます……。教えていただきありがとうございました」  知らなかったとはいえ、千景を不安な気持ちにしてしまっていたことを考えると、胸が痛い。  瑞稀は目を伏せた。 「成瀬さんは、晴人とよりを戻したい……とか、ある?」 「え!?」  唐突に質問され、瑞稀は目を見開き昴を見つめた。  静かに昴は車を路肩に停め、しっかりと瑞稀を見つめた。 「それは……」  本当ははっきりと「もうお付き合いするつもりは、ありません」と瞬時に言い切ることができなかった。だが、 「そのつもりはありませんし、もともと山﨑さんとの間に愛はありませんでした」  気持ちと真反対のことを言った。  そうすることが自分の中で、晴人への思いを断ち切れそうだったから。 「だからヨリを戻すも何も……何もないんです」  気持ちを押し殺し、今度こそ最低な人間になろうとした。 「本当に?」 「はい」  今度ははっきりと答えた。 「もし……もし成瀬さんが晴人とヨリを戻すつもりがないのなら……」  昴は瑞稀の方へ体ごと向け、じっと瑞稀の瞳を見つめた。 「俺を選んでくれない?」 「……え……?」  真っ直ぐに見つめられた昴の瞳が瑞稀を射抜く。 「成瀬さんのことが、好きなんだ」 「!!」  あまりにも唐突な告白に、瑞稀の頭は真っ白になる。 「今まで人を好きになることがなかったのに、成瀬さんと出逢って初めて人を好きになった。一目惚れなんだ。今日成瀬さんと一緒にいて、やっぱり俺は成瀬さんしかいないって確信したんだ」  昴はありったけの勇気を振り絞っての告白した。  本当なら答えを待つ間、期待と不安が入り混じっているはずなのに、昴の瞳からは悲しみしか感じられない。  まるで自分は選んでもらえないとわかっているよう。 「もし俺を選んでくれるなら、俺は君にそんな顔はさせない。ずっと君の隣りにいて、君と千景くんが笑顔でいられることだけを考えられる。だから……」 「ごめんなさい!」  瑞稀は昴の言葉を遮るように言った。 「僕と内藤さんでは身分が違いすぎます。それに僕みたいな人より、内藤さんには素敵な方が…」 「いないよ」  より一層の悲しそうに微笑みながら、今度は昴が瑞稀の言葉を遮った。 「身分なんて関係ないし、俺は成瀬さんと一緒にいたいんだ」 「……」 「成瀬さんに忘れられない人がいて、その人だけを想い続けているように、俺の中では、その人が成瀬さん、君なんだ。すぐに答えが欲しいわけじゃないんだ。いつまでも待ってる。だからじっくり考えて欲しい……」  それだけ言うと、また車を発進させた。

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