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第83話 覚悟 ②
なぜ晴人がクッキーのメーカーを指定してまで、このクッキーを食べていたのか、瑞稀は知りたくてならなかった。
晴人さんには、もう関わらないって決めたのに……。
メーカー指定してまで、このクッキーなんですか?
聞きたかった。
でも、
聞いてどうする?
とも思う。
晴人とはもう関わらない。
もう関わらないと決めたのだから、きちんと 嫌われて、瑞稀は晴人の中で忌々しく、すぐに忘れられる存在でなければならない。
「それじゃあ行きますね。もう僕に話しかけないでください」
今度こそ晴人の前から立ち去ろうとすると、晴人に手首を掴まれた。
「やっぱり諦められない……」
困ったように眉をへの字にしながら晴人は微笑む。
「瑞稀が俺の前からいなくなってしまったのは、俺が瑞稀を傷つけることをしたからだってわかってる。だから再会してからは、絶対に瑞稀を怖がらせたり傷つけたりしないと決めていたんだ。今回、瑞稀がもう俺と関わりたくないってなった時、俺は瑞稀の気持ちを大切にしたくて、もう関わりを持たないって決めたんだ………。だけど……それは無理だ……」
晴人は苦しそうに悲しそうに話すので、瑞稀は目が離せない。
「気持ち悪がられるかもしれないけど、家にいても、会社にいても、街で歩いていても、テレビを見ていても、眠っていても、どんなところにいても、何をしていても、いろんなところで瑞稀を探してしまうんだ」
「……」
「『ああ、これは瑞稀が好きなものだ』とか『ここには瑞稀と一緒に来たな』とか、『この番組はよく一緒に観たな』とか……」
「……」
「このクッキーだってそうなんだ。店で見かけると、ついつい買ってしまう。このクッキーを見ると、瑞稀が喜ぶ顔が目に浮かぶんだ。もっと有名店だったり、話題の店のクッキーだってあるのに、瑞稀はどこのスーパーでも売っている、この クッキーがいいって言って、俺と一緒に食べるこのクッキーが一番美味しいと言ってくれていた顔が忘れられない」
「……」
「俺は瑞稀に何も求めてはいけないってわかってる。でももう二度と瑞稀と離れたくないんだ。愛してるんだ……」
晴人の瞳からはらりと1粒の涙が流れる。
瑞稀は晴人と一緒にいた間、どんなことことがあっても晴人の涙を見たことがなかった。
『僕もです。僕もどんなところにいても、何をしていても、いろんなところで晴人さんを探してしまいます』
そう言いたかった。
だが瑞稀が晴人に言った言葉は、
「迷惑なんです……」
一番思っていない言葉だった。
「!!」
晴人の目は見開かれる。
「昔の僕は、山崎さんに好かれようと山崎さんが好みそうな人を演じていました。それって本当に疲れるんです」
「!!」
「どうしてそんなことをしていたか分かりますか?」
「……」
「山﨑さんがお金持ちで、立場もあって僕が欲しがればなんでも与えてくれる人だったからです。僕にとって山﨑さんは金蔓だったからです」
「!!」
そこまで言われても晴人は怒りもせず、瑞稀をじっと見ている。
「でも今はそんな演技をしなくてもよくて、本当に楽なんです。僕には千景さえいてくれれば、それが一番の幸せなんです。だからどうか、その幸せの中に入ってこないでください。本当に迷惑なんです!」
僕はもう、同じ間違いをしない。
晴人さんに嫌われたくなくて、黙って出て行ったようなことはしない。
心の底から嫌われるような人になって、晴人さんとの関係を終わらせるんだ。
それが僕らのためなんだ……。
「はっきり言って、僕は山崎さんのことを本気で好きになったり、ましてや愛したことなんてありません」
嘘だ!!
出会った時から晴人さんしか見えなくて、晴人さんを知って、晴人さんの優しさに触れるたびに僕の心は震え、好きになっていったんだ。
愛していたんだ。
今でもずっと愛してる。
忘れたことなんてない。
いつもいつも晴人さんのことを考えていたんだ。
晴人さんに千景を会わせてあげたい。
「晴人さんの子どもですよ」って言いたい。
千景にも「晴人さんは千景のパパなんだよ」って言ってやりたい。
愛しています。
愛しています、晴人さん……。
今までも、これからも……。
僕が死ぬまで、貴方を愛し続けます。
そう叫びたかった。
だが叫ばなかった。
これ以上一緒にいては、二人とも、もう引き返せないと悟ったから…。
「だからもう、僕の前に現れないでください」
立ち去ろうと瑞稀が立ち上がると、
「待って!」
掴んだ瑞稀の手を、グイッと引っ張った。
「嘘だ」
今まで瑞稀に見せたことのないような、怒りが入ったような目で晴人は瑞稀を見る。
「そんなの信じないよ……」
瑞稀の手首を握る晴人の力が強くなる。
「今までの瑞稀が全部嘘なんて、信じないから」
ぎろりと睨まれ、晴人のことを初めて怖いと思った。
「信じてもらえなくても……それが真実……なんです」
震えそうになりながらも、瑞稀は冷静を装って答える。
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