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第84話 突然のヒート ①
「離してください」
瑞稀が晴人の手を振り払うように、腕を大きく振り上げると、
「離さない!」
ガタンと椅子が後ろに倒れるほど、勢いよく晴人は立ち上がり瑞稀を自分の方へ引き寄せると、そのまま瑞稀を抱きしめた。
「愛してるんだ……」
涙を堪えるような震えた晴人の声。
「僕は……僕は……」
ー貴方なんて愛していませんー
その言葉が出てこなかった。
愛する人に抱きしめられた感触。
鼻腔をくすぐる、愛しい香り。
目をつぶれば思い出される、幸せだった時の思い出。
今でも晴人を心から愛している気持ち。
晴人に対する気持ちがコップの中から溢れだした水のように、とめどなく溢れ出す。
もう……ダメだ……。
瑞稀が晴人の胸に顔を埋めると、張り詰めていた気持ちの糸がプツンと切れた音が頭の中で響く。すると、
!!
目の前が真っ白になり意識が飛びかけ、瑞稀は晴人に倒れかかり晴人は瑞稀を支えた。
「瑞稀! 瑞稀!」
晴人により抱きしめられると心臓が痛くなるほど脈打ち、目の前がぐるぐる回り出し、体が燃えるように熱い。
そんな、まさか……。
瑞稀はある感覚を思い出した。
ヒートだ!
千景を出産してから、瑞稀のヒートは来ていない。
出産をしたら体質が変わるのはよくあること。
それでも念のため、病院で検査をうけると、瑞稀はもうこの先ヒートになる確率はほぼないに等しいと言われたのだ。
なのにどうして……こんな時に……。
徐々に熱を帯び出した体からは、フェロモンが出ているのが自分でもわかる。
「っく!!」
瑞稀のフェロモンに当てられた晴人は下唇を噛み締め、懸命に正気を保とうとする。
晴人は倒れそうな瑞稀を抱き上げ、店内奥にあるソファーに寝かせると、スーツの内ポケットに入っていたピルケースからラット抑制剤を取り出すと、規定量の2倍飲む。
はじめは興奮した獣のような荒い息遣いをしていた晴人だったが、薬が効き始めたのか徐々に息遣いが整ってくる。
晴人がタクシーを呼ぶ間に、喫茶店のマスターは店のドアにかけてある「open」の札を「close」に変え鍵をかける。
「瑞稀、大丈夫だ。俺とマスター以外、誰もここには来ない。心配はいらないよ」
穏やかな口調で晴人は語りかける。
「ヒート抑制剤は持ってる?」
瑞稀の意識は朦朧とし始める。
薬を飲んだはずの晴人の瞳の奥に、また野獣のような光が宿り出す。
「……はい……」
「どこ?」
「胸……ポケット、に……」
「ごめんね、取るよ」
チラリと晴人は瑞稀の胸ポケットを見て、ゴクリと生唾を飲む。
ぎゅっと手に力を入れ握り拳を作り、その拳を額にあて気持ちを落ち着かせると、そっと瑞稀の胸ポケットに手を伸ばす。
「取るよ……」
晴人は震える手で瑞稀のポケットの中に指を入れて抑制剤を取り出す時、ヒートでぷっくりと硬くなってしまっていた瑞稀の乳首に服が擦れ、
「はぁ……ぁぁ……」
瑞稀の甘い声が漏れた。
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