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第89話 晴人と昴の確執

 瑞稀がヒートで倒れた翌日の朝。  晴人は長年家事を任せている家政婦に瑞稀のことを頼み、出社した。 「副社長、おはようございます」  副社長室に来た昴に挨拶をすると、いつものようにスケジュールを伝える。 「今日の予定はわかった。それより瑞稀くんは大丈夫なのか?」 「はい。今は落ち着いています」  昨日、瑞稀がヒートになった時、晴人は昴に瑞希がヒートになったことは告げず、『瑞稀の体調が悪くなり、このまま家に送りたいので、自分も帰らせてほしい』と伝えていたのだ。  そして昴の機転で、もし瑞稀の体調が戻らず千景を迎えに行かない場合は、雫の母親で昴の姉が千景を預かる手配をしてくれていた。 「ならよかった。昨日千景くんは姉さんの家に泊まって、今は雫と一緒に保育園にいってると聞いている。姉さんの話では千景くん、雫とお泊まり会が出来たって喜んでたそうだ。瑞稀くんの体調が戻ったら、千景くんと瑞稀くん一緒に家まで送るから、その時はスケジュール調節頼むよ」  昴が今日の会議の資料に目を通しながらそう言うと、晴人の眉がピクリとする。 「え ……先輩、瑞稀の自宅の、知ってるんですか?」 「ああ。この前、雫の保育園であったお別れ遠足の時、一緒に回ってその流れで車で家まで送ったからな」 「そう、なんですね……。俺、瑞稀の家の場所知らなくて……」 「え? 昨日送ったんじゃないのか?」 「昨日、瑞稀は自宅の場所言える状態じゃなかったんで、結局、俺の家で泊まったんです」 「自宅の場所が言えない状況って、そんなに体調悪かったのか?」 「体調というか、急にヒートになったんです」 「! ヒートに!?」  昴は持っていた資料から視線を上げ、晴人を見る。 「はい。強いヒートだったので、朝までずっと一緒にいました」  勢いよく昴が立ち上がると、椅子が床に倒れガタンっと大きな音がした。 「! 朝までずっと一緒に?」 「はい、ずっと瑞稀の側にいました」 「!!」  昴が晴人の胸ぐらを掴むと、持っていた書類がバラバラと床に落ちた。 「それでお前はどうした?」 「どうしたって、それ先輩に言わないといけないことですか?」 「ああ、聞かせてくれ」 「瑞希が抱いて欲しいと言ったので、俺は……」  晴人がそこまで言った時、何かを殴る音がした。 「急に殴らないでくださいよ。痛いじゃないですか」  昴が晴人の左頬を殴ったのだ。  殴られた衝撃で口の中が切れたのだろう。  左の口角から血が滲み、晴人は手の甲で血を乱雑に拭きとる。 「……。晴人、今日はもう帰れ」 「これから会議ですよ」  乱れたスーツやシャツの首元を、晴人はなおす。 「いいから帰れ」 「だから会議ですって」 「帰れって言ってんだ!!」  昴は声を荒らげた。 「だから今から……」  晴人が言いかけた時、 「頼む、帰ってくれ」  だらんと垂らした両手に拳を作ったまま、昴は静かに言った。 「今お前の顔を見ると、怒りの感情が抑えられなくなる」 「……」 「今日中に、この気持ちをなんとかするから頼む 、今日は帰ってくれ」  昴は晴人に背を向ける。 「……わかりました。では今日は失礼します」  そう言い残し、晴人は帰って行った。

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