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第101話 気づき

 千景の怪我は出血量に比べ傷口は浅く、心配いらないとのことだったが、2日ほど様子を見るため入院することとなった。  縫合を終えた千景は、ぐっすり眠っている。  そんな千景のそばをひとときも離れようとしない瑞稀には、心労と疲労の影が見え隠れし、今にも倒れてしまいそうだ。 「瑞稀、少しだけでも休んだらどうだ?」  ベッドのそばの椅子に座り、千景の寝顔を見続け、 「千景が目覚めた時、そばにいてあげたいんです」  と、首を横に振る。 「そうだな」  晴人はそういうと静かに瑞稀の隣りに椅子を持ってきて、瑞稀と千景に寄り添うように座った。  心配いらないとだと言われても、千景の笑顔を見るまで安心できない。  心配と言うより不安。  目に見えない傷があって、もしそこから出血していたら?  そう思うと不安で仕方ない。  膝の上に膝の上に置いていた手をきゅっと握りしめると、晴人がその上から手を重ね、優しく包む。  瑞希が見上げると、晴人が微笑んでいた。  ただ晴人は微笑んでいただけなのに、瑞稀の中にあった不安を晴人が半分持って行ってくれたように、心が軽くなった。   やっぱり晴人さんは凄いや。  瑞稀が微笑み返すと、 「俺たちやり直さないか?」 「え?」  瑞稀は晴人の思いもよらない言葉に、目を見開いた。 「俺たち、色々すれ違いをしてきたけれど、こうして再会できて、お互い本当の気持ちを話せたのは奇跡だと思う。この先俺は瑞稀と千景くんがいない人生なんて考えられない。だからお願いだ。俺との関係、考えてみてくれないか?」  晴人が瑞稀の手を取った。 え?  手を握られて、瑞稀は驚いた。 震えてる?  瑞稀の手をぎゅっと握る晴人の手が震えていたのだ。  顔を上げると、晴人は不安で顔をこわばらせたまま瑞稀を見つめている。 「瑞稀、俺との未来、考えてくれないか……?」  晴人の言葉は瑞稀の心に直接語りかけてくる。  今まで瑞稀の人生で、晴人のことを思わない日はなかった。  晴人のためだと、何も言わず姿を消してからの方が、一緒にいた時よりも晴人のことを考えていた。  今、どうしているだろう?  自分のことを忘れて、幸せに暮らしているだろうか?と。  再会してからは、本当は千景という息子がいることを伝えていないことに、晴人に対しても千景に対しても罪悪感を感じていた。  千景を取り上げられてしまわないかと、不安だった日々。  それでも千景と晴人との関わりを見ていると、心が暖かくなったこと。   「こんな僕でいいんですか?」 「え?」 「僕は自分勝手で、晴人さんを傷つけてばかりです。そんな僕でもいいんですか?」  自分に自身のない瑞稀の素直な気持ちだった。  晴人と一緒にいたいと思うのと同じぐらい、酷いことをしてきた自分がそばにいてもいいのかと思ってしまう。 「俺は瑞稀がいい。瑞稀以外考えられない」  晴人はまっすぐ瑞稀を見る。 「瑞稀が不安になるんだったら、何度だって何度だって言い続ける。俺は瑞稀がいい。瑞稀しか考えられないんだ」  混じり気のない、晴人のまっすぐな思い。   信じていい?  ふとそんなことが頭に浮かんだ。  そして気がついた。  自分は晴人が差し出してくれている手も、愛情も心のどこかで疑っていたことを。  なにもない自分に差し出してくれているこの手も、この愛情も一時的なものだと、心のどこかで思ってしまっていたことを。 僕はなんて浅はかで、自分勝手だったんだろう。 晴人さんかずっとずっと、こんなにもまっすぐに僕を見てくれていたのに……。 「晴人さん、ごめんなさい……」  瑞稀の口から、その言葉がついて出て、晴人の顔がこわばる。 「どうして謝る?」 「僕、ずっと晴人さんのことを疑っていました。晴人さんが僕にむけてくれている気持ちは一時的で、すぐになくなってしまうって……」 「どうしてそんなこと……」 「僕、何も持ってないから……」  瑞稀がそういうと、晴人の表情は穏やかになり、あははと笑みが溢れた。 「それ、前にも聞いたよ。『自分には何もない』って」 「……」 「だったら瑞稀は俺と一緒にいたのは、俺がなんでも持ってたからか? 実家が病院で時期院長。お金も持って贅沢な暮らしができたから?」 「ち、違います!」 「じゃあ何?」  晴人は優しく微笑む。 「晴人さんが、晴人さんだったから……」  答えになっていないことだったが、晴人が晴人だったから瑞稀は晴人のことが好きになった。  いつもブレずに、自分の信じたことを、信じることを突き進んでいく晴人が、ずっと好きだ。  そんな晴人のそばで、晴人と同じ方向を見て、晴人と同じ歩幅で歩いていきたいと思った。  晴人が晴人だから、好きだったし、今でも好きだ。  一緒に同じ未来や夢を見てみたいと思った。 「俺が俺だったから……か。瑞稀らしい答えだな」  またあははと笑った。  その笑顔は昔、初めて晴人と出会った時の笑顔のままだった。 「晴人さん。これから僕も晴人さんの隣りで、同じ景色を見てもいいですか?」  瑞稀はやっと自分の言葉で、晴人に気持ちを伝えることができた。  自分の気持ちは、自分が一番知っているようで、本当のところは自分が一番わかっていないのかもしれない。  瑞稀は思った。 ー何をどうしたいー  自分の意識で決めたらいいんだ。  誰から言われるでもなく、決められるでもなく、自分で決めればいいんだ。  決めて、自分で選んだ道をあるいていくんだ。  そして思ったこと、感じたことをきちんと言葉にして伝えていこう。  相手の気持ちを勝手に解釈して、すれ違わないように、どんなことでも話し合おう。  そう思った。 「僕、晴人さんのそばにいたいです」  瑞稀は晴人の胸に飛び込み、目を閉じ、 「ありがとう瑞稀」  涙声の晴人は、もう離さないというように、瑞稀をきつく抱きしめた。  瑞稀と晴人の中で止まっていた時間が、また動き始めた。

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