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第102話 話し合い ①
「それでは先輩。よろしくお願いします」
「ああ。しっかり話し合ってこい」
晴人は昴に肩をポンポンと二回叩かれ、気合いを入れられると、瑞稀と晴人は千景の病室を出る。
今から晴人の両親と会う。
瑞稀の鞄の中には5年前、手切金として渡され、一度も使われることがなかった小切手が入っている。
また別れるように言われないかと、晴人の両親と会うのは怖い。
以前は瑞稀1人だったが、今日は晴人がそばにいてくれる。
だから頑張ろうと、決着をつけようと決めた。
晴人が指定したのは、千景に何かあってもすぐに駆けつけられるようにと、病院のすぐそばにあるファミレス。
ランチの混雑時を避けた14時。
店内の客はまばら。
晴人はできるだけ店の真ん中にあるボックス席を選び、そこに座った。
晴人の両親は、約束の時間に10分遅れでやって来た。
「10分遅れですよ」
両親が席につくなり、晴人は2人を睨む。
「何年も音沙汰がないと思ったら、話がしたいって待ち合わせの場所も時間も、晴人が決めてしまうんですもの。私たちにも予定ってものがあります」
晴人の母親は息子の方だけを見て、瑞稀はいない人のような態度をとる。
「旦那様、奥様、ご無沙汰しています」
喉の奥で止まってしまいそうになる言葉を、瑞稀はどうにか声にした。
「……。それで、晴人は家に戻ってくる気になったの?」
晴人の母親は瑞稀のことを、完全に無視して話を進める。
「今、瑞稀が挨拶したの、聞こえてますよね」
怒りで眉間に深い縦皺を作りながらも、晴人は冷静でいようと気持ちをこらえていた。
「そうだったわね。ごめんなさい。お久しぶりね、瑞稀くん」
母親は顔に張り付いたような笑顔を瑞稀に向ける。
すぐにでも小切手を返そうと思っていたのに、母親の無言の圧力で緊張してしまい、体が動かず膝のにおいている手が小刻みに震える。
「大丈夫。俺が全部決着をつけるから」
晴人は瑞稀にだけ聞こえるように囁き、机のしたで瑞稀の手を握ると、両親の方をしっかりと見た。
「父さん、母さん。僕たちに謝らないといけないこと、ありますよね」
「なんのことかしら?」
母親がとぼけながら父親の方を見ると、
「さあ、なんのことだか」
父親もしらを切るつもりだ。
先ほどまでは冷静に話をしようとしていた晴人だったが、父親と母親の態度で完全に怒りが頂点に達した。
「俺に内緒で勝手に瑞稀にあって、俺と別れるように仕向けたんですよね。手切れ金として小切手を渡してまで!」
わざと店内に話の内容が聞こえるように、晴人は大きな声で話す。
「晴人、声が大きいぞ。他の迷惑になるじゃないか」
父親が声を顰めあたりを見回すと、瑞稀たちが座る中央のボックス席に、他の客の視線が集まる。
「そうですね。でもあなたは他の人の迷惑になるということより、この話を他の人に聞かれたくないだけなんじゃないんですか?」
さらに大きな声でいう。
「それに皆さんも聞きたいと思いますよ。あなた達が瑞稀にしてきた卑怯なことの話を」
「卑怯だなんて。私たちは晴人や瑞稀くんの将来を考えて話をしただけよ。それに瑞稀くんも私たちの提案に納得したから、晴人と別れたんじゃないの? 小切手をきちんと受け取ったのは瑞稀くんの意思よ。私は無理強いしてないわ」
チラチラと周りの様子を伺いながら、まるで『私たちは悪くない』とでもいいたげに母親は話す。
無理強いはされていない、でも別れなければ晴人が不幸になると言われ、瑞稀が別れを選択せざる終えなくしたのは、晴人の母親だ。
「ねぇ瑞稀くん。私たちは悪くないって、晴人にきちんと言ってちょうだい」
「それは……」
ーそれはできませんー
そう言いたかったが、晴人の母親に上から押し付けられるように言われると、未だに主従関係の名残があるのか、はっきりということができない。
「それは……それは……」
言わないと、言わないと……。
そう思えば思うほど、喉の奥で言葉が詰まる。
これを言わないと、旦那様と奥様の話し合いに来た意味がなくなってしまう。
瑞稀は胸元をギュッと握り締め、大きく息を吸い込むと。
「それは……できません……。あの時、僕は……奥様に、晴人さんと別れたくないと……きちんと……お伝えすべきでした……」
消え入りそうな声だったが、きちんと自分の言葉で言えた。
そのことで、ずっとずっと胸につっかえていたしこりのようなものが、ストンと下に落ちていき、息がスムーズにできるようになったような感じがした。
「まぁ。あんなにすんなり受け取ったのに、今更そんなことを言い出すなんて。あなた、恥ずかしくないの?」
ぎりりと母親が瑞稀を睨みつけると、バンッ! と晴人が両手で机を叩き立ちあがった。
「恥ずかしい? 瑞稀がしたことが恥ずかしいっていうんですか? 俺はあなた達がしたことが、何より陰湿で恥ずかしいことだと思います!」
晴人は怒りにませ、声を張り上げると、店内がザワザワし始める。
「晴人、座って一度落ち着きなさい。それから話をしよう」
父親が座るように促すが、晴人は一向に聞こうとしない。
「ほら、お父様がああ仰っているんだから、一度座って。そんな大声で話すなんて、いい大人がみっともない」
そう母親が言うと、
「いい大人がみっともない? その言葉、そっくりそのままあなた達にお返しします」
「晴人! 親に向かってなんてことを!」
顔を引き攣らせながら、母親はヒステリック言った。
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