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第103話 話し合い ②

「いい大人が俺と瑞稀を別れさせるため、瑞稀を待ち伏せしたり、手切れ金を渡したり、よくもそんな恥ずかしいことができましたね。俺は瑞稀をこんなに苦しめたあなた達が憎い。でも俺は冷静に話をしようとここに来ました。なのにあなた達は反省どころか、まだ瑞稀を馬鹿にしたような態度。心底嫌気がさしました。金輪際(こんりんざい)俺たちに関わらないでください」  ギリリっと晴人は嫌悪感を隠そうともせず、実の両親を睨んだ。 このままでは、本当に晴人さんと旦那様、奥様が喧嘩別れしてしまう。 「晴人さん。僕は大丈夫です」  怒りに震える晴人の手を瑞稀は握り、座ってくださいと目で訴える。  晴人は瑞稀の意図を汲み取ったように、静かに座った。 「僕はただ、小切手をお返しして、晴人さんと旦那様、奥様が以前のように仲良くしていただきたいだけです」  鞄の中から一度も使われなかった小切手を取り出し、 「奥様、いただいた小切手、お返ししたいと思います」  すっと母親の前に差し出す。  母親はそれを見つめ、苦虫を噛み潰したような顔で瑞稀を睨んだ。 「確かに僕はあの時、この小切手を受け取りました。でも僕はこの小切手が欲しくて晴人さんの前からいなくなったわけじゃないんです。僕はただ晴人さんの幸せを願っていたんです。決して旦那様と奥様との関係を悪くしよとなんて、あの時も今も思っていません。それだけはわかってください」  瑞稀は2人の目を見て、しっかりと言った。  昔、瑞稀の母と晴人の住む屋敷で暮らしていた時から、晴人の両親は晴人を心から愛していることを、近くで見てきた。  瑞稀に晴人と別れるように話をしたのも、晴人のためだと思ってのことだと、瑞稀も今ではよくわかっている。  でも晴人は昨日、自分と一緒にいたいと言ってくれた。  選んでくれた。  そして自分も晴人と一緒にいたいと願った。  100%晴人の両親に怒りがあるわけではないが、もう、晴人の幸せのために離れ離れになってほしいといわれても、晴人と一緒にいること、それは絶対に譲れないと思った。 「影口を言われているのを庇ってあげたり、働きやすいようにと住み込みさせてあげ、あんなによくしてあげていたのに、こんな風に恩を仇で返すなんて、ほんとにどんな教育をされたのか……」 「!!」  怒りで血相を変えた晴人が何か言おうとしたのを、瑞稀が 「大丈夫です」  止めた。 「旦那様と奥様には、本当によくしていただきました。感謝しています。でも今回のことと母の育て方とは全く別の話です。僕は……晴人さんと選んだ道を進んでいくとお伝えしたかっただけです」 「……」 「僕は幼い頃から奥様も旦那様も、お優しい方だと感じていました。今、奥様も旦那様も晴人さんが実家に寄りつかなくなったことを悲しまれて、そんなことを言われてるだけだってわかるんです。僕のことはいいんです。でも晴人さんとしっかりと話をして、以前のような関係に戻ってほしいんです。それが僕の願いです」  晴人が父親を尊敬し、医者の道を選んだあの頃に。  母親を大事にしていたあの頃の家族に、瑞稀は戻って欲しかった。  完全に壊れてしまう前に、家族の絆をもとに戻したかった。 「晴人さん。僕は今日こうして旦那様や奥様とお話しができただけで満足です。ありがとうございました」  瑞稀は晴人の手を握り、微笑んだ。 「あんなことをされたのに、本当にいいのか? もっと怒って怒鳴って罵っていいんだよ。俺の親だからって遠慮することなんてない」  晴人にそう言われたが瑞稀は頭を横に振る。 「晴人さんが僕の分まで怒ってくださいました。それだけで十分です。それにあの時、奥様にわかってもらえるまで話をしなかったことも、晴人さんに何も相談しなかったことも僕が悪かったんです」  瑞稀の代わりに晴人が怒ってくれたのが嬉しかった。  こんなことになる前に、自分の気持ちをもっと伝えようとしてこなかった自分も悪い。  晴人の両親だけが悪いわけじゃない。  それが瑞稀の本当の気持ち。 「晴人さんにとって旦那様や奥様は大切な家族ですし、旦那様や奥様にとっては、何歳になっても晴人さんは大切な息子なんです」  今の瑞稀には晴人の両親がなりふり構わず、我が子の幸せを願う気持ちも少なからずわかるような気がする。 「私達は、本当に大切にしないといけないことを、見間違えていたみたいだ」  黙っていた父親がぽつりと呟いた。 「……」 「本当に大切にしないといけないことは、当人たちの選んだ道を尊重することだったんだ」 「……」 「世間体や親の願いや私達が思う『幸せ』を押し付けることではなかった。間違いを犯し、君を深く傷つけた私たちのことを許してほしい」 「……」 「瑞稀さん。本当に申し訳なかった。そしてありがとう」  父親が瑞稀に頭を下げると、隣りに座っていた母親も 「あなたを傷つけてしまって、本当にごめんなさい」  瑞稀に頭を下げた。 「旦那様、奥様……」  2人と気持ちが通じ合ったようで、瑞稀は今までの出来事は無駄ではなかったのではないかと感じた。 「晴人、本当に申し訳なかった。どうかこんな私達を許してほしい」  父親は晴人を今日はじめて、きちんと真正面から見る。 「……。許すも許さないも、俺は瑞稀の気持ちが一番です」 僕の気持ち。 それは……、 「僕は、お二人と仲良くしたいです」  関係をやり直せるなら、やり直せるうちに。  修復できるなら、できるうちに。  僕と晴人さんみたいに。  心からそう思った。 「瑞稀がそういうなら……」  晴人が2人の目の前に右手を差し出すと、父親は晴人と握手をし、その上に母親が手を重ねた時目には涙が浮かんでいた。   よかった。本当によかった。  ずっとずっとあった親子の溝が埋まり、瑞稀がほっと胸をなでおろしした。  瑞希が幼い頃いつか見た、あの仲の良い家族に戻ることを祈って。

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