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第110話 新たな命

 日差しが厳しく、ミンミンゼミが激しく鳴いている7月末。  瑞稀は晴人と千景とともに、晴人の父親が理事長をしている 病院の診察室にいた。  診察を受けているのは瑞稀で、今、産科に来ている。  結果を待つ間、瑞稀以上に緊張した面持ちで、晴人は千景と一緒に瑞稀のそばに付き添う。  瑞稀の担当医は晴人の医師時代の同僚。  今は晴人の実家の病院の院長をしている。  医師は検査結果を見ながら瑞稀の前にある椅子に座った。 「瑞稀くん、おめでとうございます。妊娠12週目です」  先ほど撮ったエコー写真を瑞稀の前に差し出す。 「赤ちゃんの心音しっかり聞こえましたし、エコー写真を見ても順調に成長していますよ。千景くんおめでとう、もうお兄ちゃんだね」  にこやかに微笑みながら、医師が千景の頭を撫でると、「僕、お兄ちゃん」と照れながらも胸を張る。 「それにしても、晴人が二児の父親になるなんてな。おめでとう、今まで以上にしっかり育児するんだぞ」  医師が晴人に話しかけるが、晴人は目をぱちくりさせるだけで反応がない。 「晴人、大丈夫か~?話し、聞いてたか~?」  お~いと医師が目の前で手を振るが、晴人には見えてなさそうだ。 「晴人さん、大丈夫ですか?」  瑞稀も声をかけるが無反応。 「晴人さん?」  晴人の顔を瑞稀が覗き込むと、晴人の目に涙が浮かぶ。 「え?え?晴人さん?大丈夫ですか?どこか痛いんですか?」  瑞稀がより晴人の顔を覗き込むと、 「わっ!」  晴人にぎゅっと抱きしめられる。 「ありがとう。ありがとう瑞稀!本当にありがとう。嬉しいよ、本当に嬉しい」  さらに力を入れられて抱きしめられ少し体が痛かったが、晴人の喜びが抱きしめる力となっているような気がして嬉しくもあった。 「晴人、そんなに抱きしめて、瑞稀くん困ってるじゃないか」  医師に注意され、晴人は慌てて瑞稀を抱きしめる力を弱め、体を離した。 「瑞稀ごめん!体は大丈夫か?お腹は痛くない?」  力をこめ抱きしめすぎたことで、瑞稀の体調が悪くなっていないか、晴人はオロオロする。 「安心してください。これぐらい大丈夫ですよ。それに晴人さんに、こんなに喜んでもらえて本当に嬉しいです」 「そんなの嬉しいに決まってる。なぁ千景」  晴人が千景に話をふると、千景は力強くウンウンと頷いた。 「もう少ししたら悪阻が始まるかもしれないから、食べられるものを食べて、その他のことは全部、晴人にさせておくんだよ」  医師が言うと、 「任せてくれ」  と晴人は胸を叩く。 「任せてくれ」  千景も晴人の真似をして胸を叩く。  そっくりな二人が同じことを言い、同じポーズ。 「あはは、頼もしい」  親子そろってのやる気満々な姿を見て、瑞稀は笑ってしまった。  千景の妊娠時にはもうすでに始まっていた悪阻。  だが今回は体調不良もなく、とても元気で妊娠しているだなんて微塵にも思っていなかった。  晴人と肌を重ねることはあったが、番になった時の突発的なヒートの時以降、ヒートがきていないのは周期が不安定だと思っていたので、特に妊娠検査薬など何もしていなかった。  なのに早い段階で妊娠がわかったのは、瑞稀と晴人と千景と一緒に行った夏祭りの帰り道。  千景が突然「僕、お兄ちゃんになるんだね」と言ったからだ。  よくよく千景の話を聞くと「ママのお腹に小さな赤ちゃんがいる」と言い出し、まさかと思いながら検査薬をしてみると、結果は陽性。  陽性だとわかった次の日、晴人と瑞稀は有給をとり、千景は保育園を休み、家族みんなで朝イチで病院に向かったのだった。

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