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神さまへの願い

<side月坂蓮> 神殿長との話を終え、とうとう結婚の儀が始まるらしい。 一気に緊張が高まる。 ルーファスさんに支えられながら冷んやりとした神殿の奥へと足を進めると、誰かが壁に並んでいるのが目に留まった。 同じような白い衣装に身を包んだ人が僕たちを見つめている。 その眼差しに何となく懐かしいものを感じて、じっと目を見つめるとその人の口元が『れ、ん』と動いたのが見えた。 えっ……今、僕の名前を呼んだのは……うそっ……。 頭に浮かんだ名を言う前に僕の目から涙がぼろぼろと溢れ落ちてしまっていた。 隣でいきなり涙を流した僕を見てルーファスさんが驚くのも無理はない。 心配そうに僕を抱き上げ、どうしたんだと尋ねてくれる。 でも、あまりにも驚きすぎて言葉が出ない。 これ以上心配かけたくないのに……。 焦って声を出そうとすると、大丈夫、無理しないで良いと優しい言葉をかけてくれる。 その言葉がどれだけ僕を落ち着かせてくれるか、ルーファスさんは知らないだろうな。 ルーファスさんのおかげで落ち着きを取り戻し、ようやく口にできた。 「あそこに……父さんと、母さんがいます……」 今度はルーファスさんが驚く番だった。 涙こそ出さないまでも、目を大きく見開いて何度も僕と父さんたちをみている。 「レン、今、あの者……いや、あの方達が父上と……母上だと、そう言ったか?」 「はい。あそこに居るのは、父さんと母さんに間違いありません」 「だが……レンは、違う世界から……」 「はい。でも……確かに僕の名前を呼んでくれました」 「神殿長……これは、どういうことなのだ?」 驚愕の表情を浮かべながら、ルーファスさんが尋ねると神殿長さんはにっこりと微笑み、ゆっくりと口を開いた。 「レンさまがこの世界に留まると決意なさったその瞬間、神によってお二人はここに呼び寄せられたのです」 僕がこの世界に留まると決めた時……それは…… ――僕は元の世界には帰らない。ルーファスさんのそばで一緒にいたい。 ルーファスさんとイシュメルさんの前で宣言した時だ……。 「レンさまが指輪の力によってこの世界に来られたあと、お二人の前に神が現れたのだそうです」 「神が……?」 「はい。そして神はお二人にこう仰ったのです。 『レンは遠い世界の国王の伴侶として選ばれた。其方たちにはその伴侶に選ばれし息子を慈しみ育てた褒美としてなんでも欲しいものをやろう。永遠の命か? 金銀財宝か? それともこの世界の王となるか? なんでも欲しいものを言え』と。陛下……お二人は何を神に願ったと思いますか?」 「もしや……」 ルーファスさんは何かわかったんだろう。 そして、それは僕と同じ答えなのかもしれない。 ごくりと息を呑みながら、続きの言葉を待つ。 「ふふっ。お二人は考える間もなく、すぐに『蓮の元に連れていってください』と即答されたのですよ」 「――っ、父さんっ!! 母さんっ!!」 僕はもう我慢ができなくて、父さんと母さんのそばに駆け寄った。 「蓮っ!!」 二人にギュッと抱きしめられて、懐かしい匂いに包まれる。 本当に本物の父さんと母さんなんだ……。 「ねぇ、僕のせいで、ここまで来てくれたの?」 「ふふっ。違うわよ。母さんたちが蓮がいないと生きていけないと思っただけ。だからお願いしたの。お金も命も何もいらない。蓮のそばにいられたらそれでいい。どんな世界だって、蓮さえいてくれたらそれでいいって、そう思ったの」 「母さん……」 「父さんもだ。蓮がいない世界で王になって何が楽しいんだ? 蓮がいないのに金があって何を楽しめるんだ? 父さんはずっと言っていただろう? 貧乏でもいい、家族が一緒に居られたらそれだけで楽しいんだって……」 「父さん……」 母さんと父さんからの言葉にもう涙が止まらない。 「ここに来られてよかった。蓮の幸せな姿が見られたんだもんね。その衣装もすごくよく似合ってるわ」 母さんにそう言われて、自分が婚礼衣装を着ていることを思い出した。 母さんに褒められて照れるけど、嫌な気はしない。 だってルーファスさんとの大切な婚礼衣装だもん。 「でも、蓮……お前、相当悩んだのだろう?」 「えっ? なんでそれを……?」 「さっき、神殿長さまが仰っていただろう? お前がこの世界に留まると決めた時、私たちが呼び寄せられたって……」 「あっ、そうだ」 僕がこの世界に来て留まると決めるまで数日あった。 父さんたちが僕がいなくなってすぐに即答したなら、もっと早くこの世界に来てないとおかしいんだ。 「気づいたか?」 「うん、でもどうして?」 「神さまが仰ったんだ。蓮が国王さまとの結婚を悩んでいるとな。だから、父さんたちはずっと蓮のことを見守っていたんだ。蓮の決断を待とうって。蓮は優しい子だから、もしかしたら自分の幸せより父さんたちを心配して戻ってくるんじゃないかって、母さんと緊張していたが、お前がこの世界に留まると決断したと知らせが来て嬉しかったよ。やっとお前は自分の幸せを願ってくれたんだなって」 「父さん……ありがとう」 「あのお方がこの国の王さまか?」 「うん、ルーファスさんだよ」 僕が振り向くと、ルーファスさんは僕のところに駆け寄ってきてくれた。 きっとずっとタイミングを伺っていたんだろう。 せっかくの親子の対面を邪魔しないように気遣ってくれていたのかもしれない。 「レン……お父上とお母上に会えてよかったな」 「はい……僕、とっても幸せです」 僕が笑顔を見せると、ルーファスさんも嬉しそうに笑っていて、その綺麗な瞳に涙が潤んでいたのが印象的だった。

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