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俺の初恋がいつまでも終わらない【前編】
「そうか! うまくいったのか、良かったな!!」
酒の席で、俺の率いる三番隊の若い隊員の婚約報告を聞いたルストックは、力強くその肩を叩いて喜んだ。
人の嬉しい報告聞いて、ルスはほんっとに嬉しそうな顔するよな。自分の隊の奴でもねーのにさ。
笑うルストックは、実直そうな太い眉がゆるりと下がって、小さな黒い目は細められて見えなくなっている。
ルストック率いる九番隊が前日から続けていた戦闘に俺の三番隊が救援に駆け付ける形で、夕暮れまでに討伐を終えた二隊は今、合同で宿の酒場を貸し切って夕食をとっていた。
負傷者はちらほらあったが重症者や死者はなく、皆の表情は明るい。
久しぶりに合流した三番と九番の隊員達も、混ざり合うようにしてテーブルについているようだ。
「しかし初恋を実らせるとは、中々できる事ではないな。見上げた根性だ」
ルストックは後ろへ全て撫で付けてある黒髪からハラリと落ちた髪を、片手で撫で付け直しながら感心した様子で頷いている。
あー、やっぱルスかっこいいよなぁ……。
俺、ルスのその仕草すげぇ好きだわ。
勝利の乾杯からしばらく飲んで、俺はすっかり酒の回ったふわふわの頭で隣に座るルストックを見上げていた。
俺はルストックの茶色がかった黒髪とは対照的な、明るい金髪を後ろで一つに括っている。長く顔にかかった左の前髪をたわませて頬杖をつけば、俺の視界はルスの横顔でいっぱいになった。
今、俺の青い瞳には、幸せそうな顔のルストックが映ってるんだよな……。
そう思うと、たまらなく幸せな気持ちになる。
ルスに肩を叩かれて「へへへ」と照れた様子の隊員の後ろから、九番隊の隊員が声を上げる。
「ルストック隊長の初恋はどんなだったんすかー?」
突然の問いに、思わずガクンと頬杖から落ちかける。
ル、ルスの、初恋……!? 聞いたことねーな……。一体どんなんだ??
内心焦る俺に気付く様子もなく、ルストックは声をかけた隊員へ椅子ごと振り返ると、鷹揚に答える。
「うーん……? 俺の初恋なぁ……」
ルストックは、骨張った太い指先で顎を擦るように撫でつつ、遠くを見るように酒場の窓へ視線を投げた。
「村にいた頃、俺がうっかり逃した雛を捕まえてくれたお姉さんがいてな」
そういや、ルストックの実家は乗用鳥も扱う鳥農家だったよな。
「長い髪で……優しく美しく、働き者で、村で憧れない男は居ないような人だったな……」
ルスが口を閉じれば、「へー」とか「ほー」とか「ふーん」という声がちらほら聞こえる。
いつの間にか、隊長の初恋話に耳を傾ける者が増えていたらしい。
うん『働き者』ってとこが、ルスらしいよな。
村一番の気量良しで長い髪の綺麗なお姉さん、か……。
俺はチラリと背中まで伸ばした自分の金髪を見る。ルスに褒められて以降毎日手入れをしている金髪は、なかなかの艶だと思う。
俺もなぁ……外見だけならそこそこ自信あんだけどなぁ。
てか、ルスが村にいた頃……って、だいぶ小さい頃だよな。六つか七つ……くらいか?
俺が回らない頭でぼんやり計算していると、さっきの隊員が尋ねる。
「そのおねーさんに、隊長は告白したんすか?」
「……いや」
ルストックの声から温度が失われて、俺はハッと隣を見上げる。
ルストックはこちらに背を向けていて、表情はうかがえない。
だがその向こうでルストックを見る隊員達の顔から察するに、おそらくルストックは穏やかに笑ってるんだろう。
……いつも、そうだもんな……。
「その前に、皆魔物に食われてしまったよ」
ルストックの声は、相変わらず穏やかに聞こえた。
「あ……」「そうか……」とさざめく隊員達の中で「すいません……」とさっきの隊員が謝る。
「皆知っている事だ。気にすることはない」
ルストックが笑って答える。
「俺こそ、場を盛り下げてしまったようで悪いな。ああそうだ。レインズはどうなんだ?」
「……はぁ?」
突然話を振られて、思わず聞き返す。
なんだ?
感想? いや、俺の初恋について聞いてんのか? ルスが?????
っ、そんなの、お前に言えるわけねーだろ!?
俺は、お前にずっと昔っから惚れたままだなんて!!!!!
ざわり、と酒場が騒めいた。
興味津々な者、心配そうな者、憐れむような視線を向けている者まで様々だ。
つーか、もう気付いてる奴もこんだけいんのに、なんでお前だけが気付かねーんだよ!!
「初恋だよ。お前はどんな初恋だったんだ?」
やはり何一つ気付いてなさそうなルストックが、俺にカケラの悪気もなく尋ねる。
「………………っ」
なんて言やいいんだよ!
ルスに嘘なんか吐きたくねーけど、正直に話すわけにもいかねーだろ!?
引き攣った顔で視線を彷徨わせる俺に、ルスがハッと一瞬固まる。
「……すまん。言いにくい話だったか。忘れてくれ」
待て待て待て待て、今お前、何勘違いした??
違うぞ? お前の彼女とか俺は全然全く興味ないからな??
俺が世話焼いてたのは、あれだぞ、お前が仕事で手一杯だったからで。
じゃなきゃなんだ、あれか?
こないだ大量に花束送ってくれた奥さんか?
とにかく違う、違うぞルス!!
「おっ、俺は、中等部の頃……だよ」
ひとまず時期だけは伝えておこう。それで勘違いはあらかた倒せるだろうからな。
純粋に驚いたような顔で「そうなのか」と呟くルスにホッとしたところへ、続きを促される。
「どんな人なんだ?」
小さな黒い瞳を大きく開いて、ルスは俺の話に興味を示している。
俺の初恋の人が、どんな人かを知りたがってる。
……なんだよそれ。
俺の事、知ろうとしてくれるのはめちゃくちゃ嬉しいけどさぁ……。ほんとに……なんて言えばいいんだよ……。
俺は頭を抱えたくなるのをグッと堪えつつ、必死に言葉を探す。
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