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その青色に触れたい(1/4)
「ルスー、上がったぞー」
少し高めの明るい声は、俺と同じ四十越えの男性とは思えない、張りのある若々しい響きで俺の耳に届く。
俺の名を短く呼び、気安く声をかけてきたのは、俺のパートナーとなる男だった。
こいつの声は心地良い。いくらでも聞いていたくなる。
特に、俺の腕の中で喘ぐ時の声は甘く蕩けるようで、ついつい時間を忘れて没頭してしまう。
「ああ」
短く答えて振り返れば、風呂場から出てきたレインズは、まだしっとりと濡れた鮮やかな金色の髪を、その背に下ろしていた。
金髪と言っても様々な色があるが、レインズの強く明るい鮮やかな金色は、濡れているせいで透明感を増し、まるで黄金のように高貴な輝きを放っている。どこか神々しさすら感じるほどに美しい色だと、俺は思う。
レインズはベッドに腰を下ろすと、首を傾げるようにして長い金髪を片側に寄せ、首に掛けていた布で拭き始めた。
そんな仕草も、まるで絵画の一枚のようで実にサマになる男だ。
俺の視線を感じたのか、不意に青い瞳がこちらを見た。
俺をじっと見つめる、透き通った青い宝石が、動揺に大きく揺れる。
「なっ、……何見てんだよ……」
淡い色をした薄い唇をほんの少し尖らせて、秀麗な眉を不服そうに顰めて、レインズは言う。
けれど、その頬にはほんのりと赤みが差して、青い瞳には喜びが滲んでいる。
まったくもって、照れ隠しにもなっていない。
そんな姿が、またどうしようもなく可愛いと俺は思う。
俺は口元に浮かぶ笑みをそのままに、同じ部屋で息をする、この美しい男に問う。
「お前、俺に会ってなかったら、今頃いいとこのお嬢さんに見初められて良い暮らしをしてたんじゃないか?」
俺の言葉に、青い瞳が不思議そうに揺れる。なんだ、その全くピンと来てない様子は。
「ルスに会わなかったら……かぁ。……うーん……。全然想像できねーや」
そう言って、金色の髪を揺らして男は苦笑する。
「ルスを知らない俺なんて、今の俺とは違い過ぎてさ」
……なんだそれは。
お前は、俺がいない世界は、想像すらできないのか……?
まるで、俺がいないと今のレインズは微塵も存在しないとでも言われたような気がして、俺は小さく息を呑む。
レインズは、なんの気もなさそうに、へらっと笑うとまた髪を拭き始める。
俺が次の言葉を見つけきれず静かに動揺を続けていると、レインズが振り返った。
「ルスはさ、まだやっぱ、魔物が憎いのか?」
不意に出された『魔物』という言葉に、ヒヤリと腹の底が冷える。
もう何十年と経ったのに、俺はまだ、その言葉を心穏やかには聞けなかった。
それでも、こちらを見つめてくる青い瞳が心配しないよう、表面上は穏やかに答える。
「魔物を前にすれば、どうしても……な」
復讐心に呑まれそうになることはある。
息絶えて地に沈むその肉塊ですら、切り刻みたくなる程の憎しみ。
けれど、そんな暗い自分の衝動にも、もう随分と慣れてきた。
「……だが、そうでない時は、少しは思う部分もできたよ」
いつまでも憎しみを消せない狭量な自身への自嘲を浮かべつつ俺が告げれば、レインズは青い瞳に驚きを浮かべて言った。
「へ? そうなのか!?」
「俺が、お前に逢えたのは、魔物が俺の故郷を潰したから……だからな」
魔物の姿を胸に浮かべていても、それでも愛しく見えてしまう金髪碧眼の男を見つめながら、俺は答える。
男はやはり、その宝石のような青い瞳を揺らして、あっという間に顔を耳まで赤く染めて、恥ずかしげにじわりと俺から視線を逸らすと、どこか拗ねるように言った。
「……ルス、お前……それじゃあ、無くしたものと手に入れたものが、つり合わねえだろ」
「そうか?」
お前は、自分がいかに美しく健気で価値のある存在なのか、まるで分かっていないな。
俺は内心で苦笑しながらも、そんなところも、また謙虚で好ましいと思う。
「剣も、学びも、騎士の仲間も、あの村にいては手に入らなかったものだろう」
俺が言えば、レインズは少しだけ遠くに視線を投げて、何かを思い出しているような顔をする。
「ルスは、あのまま村にいたら鳥飼いになってたって言ってたな」
「そんな昔の話、よく覚えてるな」
俺がその記憶力に感心すれば、レインズは少し照れ臭そうに笑って言った。
「お前の言葉は、俺にとってはずっと特別だったからな!」
ほんのり頬を染めて、俺に褒められたのが嬉しいのか。ちょっとだけ誇らしげな顔が、どこか子供っぽく映って、愛らしい。
そろそろ髪は乾いただろうか?
俺はおもむろにソファから立ち上がると、レインズの元へと足を進めつつ答える。
「俺の家はあの村で代々鳥を育てていたからな。食用だけじゃなく、乗用の飼育もしていた。物心つく頃には、俺も世話を手伝っていたよ」
「ルスは鳥の世話うまいもんな」
へらっと笑って、レインズが言う。
その頬に流れる金の髪を指先でそっとすくって、形の良い柔らかな耳にかけてやると、レインズは嬉しそうに青い目を細めた。
「慣れていただけだ」と答えて、レインズの隣に腰掛ける。
レインズの、まだしっとり潤んだ金髪をゆっくり撫でると、レインズの薄く柔らかな唇がむにゅむにゅと不思議な動きをした。
口元が緩むのを堪えようとしているのか、その淡く色付いた唇は、引き結ぼうとする努力と、滲む幸せの間で翻弄されているようだ。
「で、でもお前、鳥好きだろ?」
「まあな」
問われて即答する。
鳥の世話をする事は、今も変わらず好きだ。
ふかふかした鳥の首を撫でている間は、嫌な事を全て忘れられそうな気がした。
「鳥飼いの人生も、悪くなかったんじゃないか?」
「……そうだな」
毎日、朝から晩まで鳥の世話をして過ごす一生も、それはそれで幸せだったんだろう。
俺は、ぼんやりとそんな自分を想像して苦笑した。
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