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「俺がもし先に死んだら……」(2/3)
「……そんな事。言わないでくれ……」
いつもはっきりと言葉を紡ぐルスから予想外に弱々しい声が漏れて、俺は大いに焦った。
「うえぇ!? そっ、そんな深刻な話じゃねーんだけどさ。ルスが嫌ならもうこの話はしねーよ。えと……ごめんな」
慌ててルスの頬を撫でると、不服そうな顔をしたままの男が半眼でこちらを見る。
つーかルスの目ちっこいのによくそんな器用に半分にできるよな。
「……深刻じゃないなら、なんだ」
なんだよ。結局気になんのかよ。
いやまあ俺でも途中で話止められたら気になるよな。
って止めたのルスだろ?
よく見れば、半分になった小さな瞳にはまだどこか暗い色が滲んでいる。
あ、そっか、これ続きが聞きたいんじゃなくて、俺に我慢させたくないと思ってくれてんのか。
「別に気にすることねーよ。ちょっとした噂話なだけだしな」
「噂話……?」
くり、と小さく首を傾げるルスの姿は、いくつになっても愛らしい。俺は緩む頬に合わせてニッと笑うと、頷いて答える。
「ん、噂話だよ」
「……どんな?」
少しホッとした様子のルスがめちゃくちゃ可愛い。
「んじゃ言うけどさ。俺ら、魔物にやられた仲間の骨とか、一欠片も残さねーよーにって、めっちゃ探すだろ?」
「……ああ」
ルスの表情が強張る。
あー……、この話もルスにはキツかったか。
「あれって、まあ理由はいくつかあるんだけどさ、噂話の中に骨が揃わねーと成仏できねーって話があるらしくてさ」
「ふむ……?」
えっ……と、とりあえず、ルスの奥さんと息子の骨は全部揃ってたよな、うん。
俺も一緒に数えたしな。
いや俺これ結構、ルスのボーダーギリギリトークじゃねぇ!?
たどった記憶と共に蘇ってしまったのは、葬式の後に泣き崩れる傷だらけのルスの姿だった。
ま、あの頃は俺も大怪我してたけどな……。
じくりと疼いた後頭部に思わず手を伸ばすも、触れれば痛むそこを撫でるわけにもいかず、俺はただやるせなく手をおろしながら話を進める。
「だから、さ」
「ああ」
「もし俺が、先に……その……。したら、さ」
「伏せても一緒だ」
苦笑が混じったルスの声に、俺はホッとする。
「そしたらさ、ルスが俺の骨、ちょっとだけでも持っててくんねーかなって思ってさ」
なんとなく照れくさくてそらしてしまった視線をそっとルスに戻せば、大きく開かれた瞳で、何か信じられないものでも見ているように俺を見つめるルスがいた。
俺と目が合った途端、ルスの持ち上がっていた眉が苦しげに寄せられる。
も、もしかして、ドン引かれたか……?
「……それではお前が成仏できないだろう」
ルスはそう言いながら、もう一歩俺に近付く。
ルスの手が杖をテーブルにかける。
次の瞬間、俺の顔はルスの胸に埋まっていた。
「お前は……死んでも俺のそばにいてくれると言うのか?」
俺の頭を抱え込んだルスの低い声が、耳元で囁くように尋ねる。
……っ、んな耳に息かけながら喋んなよ。耳が蕩けるっつーの。
俺は、ゾクゾクと甘い感覚が背筋をのぼるのを必死で堪えながら口を開く。
「いや、まぁ……、できることなら、っ、俺の方が長生きするつもりで……っ、いるけどな」
ルスは、俺が話す間も俺の首筋を温かな指でゆっくりなぞる。おかげで俺の言葉は情けないほど途切れ途切れだ。
「お前は……」
ルスの言葉が不意に途切れる。
ん? 俺は何もしてないぞ?
「ルス……?」
「お前は……、俺を、見送れるのか?」
躊躇いの滲むルスの言葉に苦笑する。
俺が平気でいられるかって話なら、そんなの無理に決まってるけどさ。
仕方ないだろ?
永遠に生きてるやつなんかいないんだし。
俺だってルスだって、いずれ死ぬのは間違いない。
だったら、せめて……。
「俺が泣く方が、ルスが泣くよりずっといーよ」
苦笑して答えれば、ルスが小さく俺の名を呼ぶ。
「……レイ……」
まるで縋るような、求めるような、切実さの篭った声。
そんな風に呼ばれると、ダメなんだよな。俺はルスに、もう何でもしてやりたくなっちまうんだ。
「それに、ルスの葬式を人に任せんのって嫌だしさ。ルスのことは全部、最後まで、俺がちゃんとしたいんだよ」
まだどこか不安そうなルスを元気付けたくて、俺はなるべく明るく笑ってみせた。
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