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最後の煙の嘆き

 梗介の真意を測りかね、僕は問うようにその眼を追った。  梗介は頓着ない様子で白棒からたなびく煙の行方を追うように、夕陽が照る街並に眼を向けた。  切れ長の眼の上で睫毛が翳る横顔は、あくまでもうつくしく、憂いているようにさえ見える。 「納得というか、なし得ねえだろ。あいつの面でも、お前の面でも」 「……」 「あいつの面。あいつはもう、救いようのないくらい堕ちた淫乱だ。今さら清く正しくの世界には帰れないね。……俺だけでは到底手に負えないから、今のこのざまだよ」  彼方を見ながら冷然と言ってのける彼に、怒りが込み上げそうになったが、抑えた。  違う。これはきっと、僕をいなすための悪言に過ぎない。  それが判ったから、抗いの言葉が口をついて出そうになったが、喉の奥に言葉を塞ぎ込んでそれに堪えた。 「もう一つの、お前の面。これが重要だよ。お前がここに来た理由も、そこにあるだろ」 「……」 「お前も、清く正しくは望んでない」 「……、え……」 「他の奴等と同じだよ。 お前も、隙あらばあいつに嵌めたいと思ってる」 「……っ……! 違っ……!」 「そうかよ。あれを見て、何も感じるものがなかったか。隣なら、思い出して余計何かむらるものがあるんじゃねえの。 ……排泄欲は、三大欲求のあれに含まれるらしいな。我慢は身体によくないぜ」 「違います……! 僕は……、僕はそんな……っ!」 「へえ。お前はその辺の俗物どもとは違い、お綺麗な柚弥君はあくまでお綺麗なままで、どんな破廉恥な雌犬みてえな腰振り見ても、お友達の恥ずかしいとしか映らなかったか。 一生縁ないまま終わりそうな化石みてえな童貞(オタク)とか、それなりに女嗜んで来た奴でも、初めて知ったキメたやつ並みの衝撃を受けるらしいけどなあ。あいつのあれ。 つい僕もお試し、なんて邪な催しはもっての外、お綺麗な柚弥君のお友達に相応しく、お綺麗な感情は崩れることはなかった、という訳だな」 「……っ」 「そうかよ。あいつの技量も、落ちたもんだな。へえ……。…………大したもんだ」  そう呟くと、梗介は燃え尽きそうな煙草を、下げた指を開いて緑のタイルの上に落とした。  火種を消し潰すことなく、燃やすべき場所をなくしたそれは、消え入りそうな煙を最後の嘆きのようにして立ち昇らせている。  新しい煙草を取り出し、梗介は眼を伏せ静かに着火した。  煙を嗜む訳でもなく、ただ酸素のように白煙を肺に取り入れ、また夕刻の陽のなかへと解き放っていく。  煙の流れが、そのまま穏やかな時の流れと重なるようで、思わず今まで繰り返されてきた辛辣な言葉を忘れそうになる。  空気に絡まる煙を指に挟みながら、梗介は静かな眼差しで僕を見た。  その眼も、揶揄も冷たさもなく、どこか穏やかに落ち着いた色合いをたたえているように見えた。 「その割には随分ご熱心に、長い間見てたじゃねえか」 「…………っ……!!」 ——気付かれてた……!?  愕然と梗介を見直すと、梗介は特別でも何でもない、僕を()とす頃合いを見計らっていた訳でもない、 ただ何気なく見かけた風景を口にしたかのように、その口角が微かに、優しくさえ見えるように緩んでいた。

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