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甘い匂いと答え

「気付かれないとでも思ったかよ。隠れて見てる割には、熱く見過ぎだぜ。 あいつらはお取り込み中だから、その後もプレイに全集中で、絶賛大盛り上がりだったがな。どっちかが一回抜くくらいまでは見てただろ。……観覧料徴収するところだ」 「……っ……、」 「否定するなら退()けばいい。諌めるならとっとと首の根捕まえりゃいい。 おいたの内容を確認するには、随分長い時間だったな。 どうだったよ。それでも余計な催しは一切なしか。その割には熱い視線だったな。そのまま一人で始めるかと思ったぜ」 「違……っ、違います……っ」 「何が違う。一人の(くだ)りか。別に何も責めちゃいねえよ。 お前は他の奴等とは違う、綺麗な柚弥君のことが心配で、お綺麗な世界に引き戻さなきゃならない。その割には随分な視線が熱を帯びてたんで、確認したまでだ」  がらがらと脚許が瓦解するような音が聞こえる気がする。  元から僕の言葉なんて、荒くもぎ取った感情ばかりで、何の意味も成していなかった。  そこへ、あれだけ狂ったように柚弥の『本当』を訴えていたところで、その梗介に、僕のが見破られていた今、僕が携えていた答えは、完全に一切のかたちを失っていた。  いくら柚弥の尊さ、気高さを説いたところで、何の力も説得も持たない。  さっきとは違う、温度のしない汗に全身が縛り付けられている感覚がする。  顔を覆う温度や色も、熱いのか寒いのか判らない。ただ、こごえそうで、羞恥にふるえるようで、足を支えていた地盤が、とうに崩れ去っているのを知らないまま、(ちゅう)に浮かされている事に気付いたのにどうする術も持っていない。  茫然自失と歪みそうな自我との間で、揺れ動いて脚許がふらつきそうな僕の先で、白く薄い煙がたなびいている。  その霧に透けて、梗介の眼は、変わらず『公正』に、研ぎ澄まされた冴えを持って僕を捕らえている。   「もう一度確認する。『本当の柚弥君』だけでなく、お前も、"あっち"の柚弥君のことが欲しいんじゃないのか。 別にそっちも、んだぜ。 協力してやろうか。俺がぶち込まずにいたら、二日も待たずにあいつは縋りついて来るだろうよ」 「……」 「俺から引き離そうが何だろうが、いずれあいつの淫乱さは身体から()み出してくる。 尻が疼いて仕方ねえから、咥えさせてくれ。そう強請(ねだ)られたら、どうする」 「……っ……」 「別に何の枷もないぜ。お前の自由だよ。お前のの問題だ。素直に自分に聞いてみろよ」  そう、結び終わる前から、蓋をして、長く目を背けていた、昨日の放課後の柚弥の姿が、胸のうちで既に呼び覚まされていた。  彼の匂い、もう覚えてる。  甘くて品があるのに、そっと華奢な身体と一緒に絡んで抱きついてくるようで、思わず我を忘れて、 抱きしめ返したくなる。  その匂いが濃縮された身体が、絹糸(シルク)のように白く艶が滲む髪と肌が、惹き込んで離れない潤うおおきな瞳が、紅いみだらないきものみたいな唇が、 せつないと、苦しげに喘いだら、 梗介が言ったことを目の前で再現したら、一体僕は、どうなるのか。  昨晩、僕は彼のことを全く考えずに、清廉な気持ちでベッドに横たわっていたのか。  少しでも彼のことを、自分がそうありたいと(もと)めていた対象から外して、 彼のことを想っていたんじゃないのか。——扱ったんじゃないのか。  あれだけ自分は違う、柚弥の"友達"でありたいと強固として主張し続けていたつもりなのに、それは本当に、本当なのか。  震えるように僕は『答え』を確認する。  柚弥から、を希められたら、僕をそれを、拒むことが出来るのか。  『友達』だから駄目だと、その絡みついて来た柔らかい腕を、振り解くことが出来るのか。  答えは、僕は、 ——"    "。

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