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第38話

 ここでの毎日は刺激的で輝いていた。  すごい勢いで過去を遠ざけながら、瞬く間に時間が過ぎていった。今年の春に学校の正門をくぐった日が、もうずっと前のことのように思えた。  ましてやそれ以前のこととなると、何年も昔のことに思えるくらいだった。  それでも、玲衣が煌のことを考えない日はなかった。  煌の今日一日はどんな日だっただろうか。煌は自分のことを時々思い出してくれているだろうか。そんなことを考えながら、玲衣は毎晩ひとり眠りについた。  実は入学してすぐの休みの日に、煌のいる少年院まで行ったことがあった。  のどかな田園風景に囲まれたそこは、思った以上に敷地が広く、外からでは中の様子が全く分からなかった。それでも、玲衣は半日ほどそこで、煌が毎日目にしている景色を眺めて過ごした。  高校に入ってからも玲衣の身長は伸び続け、身体つきも以前より男らしくなったように思えた。  颯太に言わせれば、玲衣はまだまだ華奢らしいが、鏡の中の玲衣は、もう昔の玲衣ではなかった。  義兄に怯え、執拗に身体を洗わずにはおられなかった少年の面影は、今やどこにも見当たらない。  今や義兄との忌まわしい記憶は、完全に過去のものとなっていた。  それと同時に、煌と過ごしたあの夏も、少しずつ玲衣の中で懐かしい思い出となっていった。  決して煌を忘れたわけではなく、今でも煌の出院を心待ちにしているが、以前のように煌だけが玲衣の全てではなくなってきていた。  颯太や他の友人たち、部活や寮の先輩たち、今の玲衣には一緒に青春を謳歌し、未来を語り合うたくさんの仲間がいた。  煌は自由を奪われているのに、自分だけ高校生活を楽しんでいることに罪悪感を感じ流こともあったが、ネットで調べてみると、少年院はあくまで未成年者を更生させる施設であって、刑務所のように罰を与えるところではないと、どのサイトにも書いてあった。  規則は厳しいが食事もたくさん出て、学校と同じように教育を受け、出院後に困らないように職業訓練も行われるという。  少年院での生活の方が、以前の生活よりも良かったりする少年も少なくないらしい。  そして、煌の父親のことを考えると、煌もそのような少年の一人に思えた。  煌が出院した後、もし煌がまだ玲衣を友人として思ってくれているのなら、これからもずっと付き合っていきたいという思いは今も変わらない。  けれど、今思えば玲衣の煌への執着ぶりは、玲衣の特殊な家庭環境によるものだったように感じる。  そして、それは煌も同じだったはずだ。あの時、二人にはお互いしか理解者がいなかったのだ。  玲衣がこんなふうに思わせられるのは、颯太の存在も大きかった。  入学してから半年が過ぎた今、二人はもう親友のようになっていた。  颯太の祖父も昔国会議員だったこともあり、育ってきた環境がよく似ている。  夏休みには二人でアメリカを旅行した。  颯太は高校卒業後はハーバード大学に入学し、在学中に起業するのだと夢を語ってくれた。 「玲衣も一緒にアメリカに留学しようよ」  それも悪くないなと、玲衣は本気で思った。  中学の頃から英会話を習っていたという颯太は英語もペラペラで、旅行中すごく頼もしかった。  アメリカ留学はいつから考えていたのかと尋ねると、颯太は中一の時からだと答えた。  YouTuberや自給自足などと、本気で言っていた中学時代の自分があまりにも子どもで、恥ずかしく感じた。煌も乗り気だったが、きっとあれは、煌が玲衣に合わせてくれていたのだろうと思う。  颯太と煌は、頼もしい所や玲衣に対する優しさがよく似ていた。性格だけでなく、食べ物の好みや笑いのツボ、手の形、最近では顔立ちも似ているような気がしてきた。  不思議なほど二人は玲衣の中でピッタリと重なった。  旅行中、玲衣は十六歳の誕生日を迎えた。  颯太はアメリカサイズの特大バースデーケーキで玲衣を祝ってくれた。ホテルの人たちが二人のテーブルに集まり、玲衣にハッピーバースデーを歌ってくれた。  みんなでケーキを分け合って食べ、賑やかなバースデーになった。

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