10 / 12

Dr.Hooのサイコロジカルイリュージョン⑤

「劇場の名前も一新したんだって!」  こまめな小敏は、文維の話を聞きながらも素早くネットで検索していた。 「そうよね~この前までの劇場は、主に観光客向けで、雑技ばっかり上演していてつまらなかったわ。それよりもっと前は、劇場じゃなくて、ダンスホールだったのよ」  恭安楽は往時を懐かしむように言い、同意を求めるように包教授に視線を送り、教授は紳士的で温厚な笑みで頷いた。 「今度の劇場は『金煌麗都劇場(ゴールデン・リド・シアター)』になったんだって」 「まあ、『金煌』って、昔のダンスホールの名前よ!まるで昔に戻ったみたい。ステキね~」  文革後、上海の文化的回復の象徴だったダンスホールは、北京から押しかけるように包教授のもとに嫁いできた恭安楽にとって、当時唯一の娯楽だった。清貧の大学教授の妻として、日頃は慎ましく暮らしていたが、週末の土曜の夜だけは、包教授のエスコートでダンスホールに通ったのだ。  その夜の数時間だけ、何不自由なく、ただ楽しく暮らした北京での娘時代に戻れた。  包教授もまた、たった1人で何もかもを捨てて上海まで来てくれた、若い恭安楽が寂しくないようにと、せめて華やかなダンスホールでの夜だけは心から楽しんで欲しかった。  その後すぐに文維が産まれ、甥の小敏を引き取り、週末のダンスホールでのデートなど出来るはずもなく、そうするうちに劇場は、海外からの観光客向けの雑技中心の大型劇場に改装され、恭安楽が懐かしい劇場に足を運ぶことは無くなった。 「わあ、今度の客席は、普通の劇場っぽい客席の他に、ラスベガス風のテーブル席や、パリのオペラ座風の桟敷席もあるんだって。カッコイイな~」  劇場の見取り図までも確認していた小敏の言葉に、煜瑾はアッと思い出したようにチケットを取り出した。 「これ、お兄さまにいただいた招待券ですよ。桟敷席って書いてあります」 「え!本当?」 「私と煜瑾は、招待席なので、前の客席の中央ですね。舞台が良く見える位置ですよ」  文維の言葉に、煜瑾は嬉しくて子供のようにニコニコしている。 「私たちは…後方のテーブル席のようだね」  包教授も、先ほどDr.Hooから直接受け取ったチケットを確認してそう言った。 「え~、じゃあ、ステージに上がれないわね、きっと」  時間的に、ステージに上がるのは、前方の客席からだと恭安楽は思っていた。 「みんな、それぞれ違う角度からマジックが観られるね。誰かがマジックのネタを見抜くことが出来るかもよ」  小敏がそう言っていたずらっ子のように笑うと、煜瑾も好奇心いっぱいに目を輝かせた。 「お食事は、ショーの後にしましょう!終わってから、みんなで食卓を囲みながら、マジックのネタについて、みんなのご意見が聞きたいです」 「そしてもちろん、『専門家』である文維のご意見を拝聴するんだね」  小敏がちょっぴり皮肉を込めて言うが、煜瑾はそれすら気付かぬ心の清らかさだ。 「そうですね!何より文維の意見が楽しみです!」  無垢な煜瑾に、誰もが頬を緩める。  その心の純真さで、周囲の者を癒す力を、煜瑾は確かに持っていた。 「家族みんなで、揃って同じショーを見て、一緒に食卓を囲んで…。これ以上に完璧な清明節はないわよ」  包夫人が勝ち誇ったように言うと、みんな一斉に声を上げて笑った。  美味しい物に囲まれ、愛する人たちがそこに居て、ただ、楽しくて…。  これ以上は無いほどの幸せな食卓に、気持ちが抑えきれずに煜瑾は文維に抱き付き、文維は優しく口づけをした。  こうして、家族団欒の中、今年の清明節は終わりを告げようとしていた。 《おしまい》 …そして、本編の「黄色花束」に続きます。 本編は、シリーズ初の長編サスペンス調!事件に巻き込まれる、文維と煜瑾、それをサポートするお馴染みメンバー。30年前の中国の混乱期を背景にした根深い事件を掘り起こす、意外と壮大なお話になりそうです(笑) そんな感じなので、完結がいつになるか分からないので、コチラではなく、個人サイトで公開します。完結したら、こちらでも公開できるかもしれませんが、いつになることやら…。 気長にお待ちいただくか、個人サイトまで覗きに来ていただけると嬉しいです。 荷蓮花より

ともだちにシェアしよう!