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第3章・後編:それでも、明日が来る

翌朝、教室に入ると、俊介はすでに自分の席に座っていた。相変わらずの無表情――のように見えるけど、恵斗にはわかる。その目が、どこか疲れていること。 (あのとき、何か答えてくれたわけじゃない。でも……逃げなかった) その事実だけが、今の恵斗の救いだった。けれど、もう一歩近づきたくて足を踏み出そうとした瞬間。 「おはよう、俊介くん」 勇気が、俊介の机に自分の荷物をドンと置いた。 「昨日、公園にいたよね。恵斗くんと。……話せた?」 その言葉に、俊介は少しだけ目を伏せた。返事はしない。でも、それが“図星”だと証明していた。 「……そうなんだ」 勇気は、わざとらしく笑ってみせた。笑顔の奥にあるのは――悔しさ、そして不安。 それを感じ取った恵斗は、言いようのない焦りに駆られて教室を出た。 • その夜。部屋の電気をつけないまま、ベッドに横たわる。 スマホの通知は静まり返っている。俊介からも、衆哉からも何もない。 「……ダメだな、俺」 指が、無意識にLINEを開く。『衆哉』の名前が出てきたとき、胸がざわついた。 連絡すればきっと、あいつは来る。 雑に抱きしめて、何も聞かずに受け入れてくれる。それがどれだけ空虚でも、寂しさを一時的に埋めるには充分だ。 「でも、それって……逃げてるだけだよな」 そう呟いて、スマホを投げる。まるで罪を手放すように。 (俺、本当に……俊介のこと、好きなんだ) 苦しいほどに。そのくせ、傷つけることしかできない自分が、心底嫌だった。 • 俊介はその頃、ノートに何かを書き殴っていた。字にならない線ばかり。 「なにしてんの?」 部屋に入ってきた勇気が、隣にちょこんと座った。彼は、俊介の家によく来る。理由は言わないけど、“寂しさ”を持て余しているのは俊介も知っていた。 「怒らないの?」 「何を?」 「恵斗くんと会ってたの、俺知ってるって言ったじゃん」 「ああ……怒っても仕方ないし」 俊介は苦笑いを浮かべた。けれど勇気は、それをまっすぐな目で否定した。 「仕方なくなんかないよ。怒ったっていい。嫌いになってもいい。でも、“受け入れる”ってことに逃げるのは、違うと思う」 その言葉に、俊介の手が止まった。 「……俺、強くないよ。何度でも許しちゃう。許せる自分が、嫌いじゃないと思ってた」 「それって、“許せる自分”を演じてるだけじゃない?」 図星だった。ずっと「優しい自分」でいたかった。誰にも嫌われたくなくて、ただ、“いい子”でいたかった。 「俊介くん、好きな人のこと、本当に信じてる? それとも、自分の優しさにすがってるだけ?」 勇気の声は柔らかい。でもその言葉は、鋭く胸に刺さった。 俊介は答えられなかった。ただ、ぽつりと呟いた。 「……分かんなくなってきた」 • そして、また夜が更けていく。 恵斗はスマホを見つめながら、俊介に「会いたい」とは打てなかった。 俊介はノートを閉じながら、勇気の視線を避けた。 勇気は、“母親に愛されたときと同じ顔”で、俊介を見ていた。 この四角形の関係に、まだ出口は見えそうになかった。

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