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第5章・後編:君が壊れる瞬間が見たかった

衆哉は、自分でも驚くほど自然に俊介のそばへ近づいていた。 最初の接点は、偶然を装った「忘れ物の届け」だった。 「これ、落としただろ。図書室で」 俊介は少し驚いた顔をしてから、ふっと微笑んだ。 「ありがとう、助かった」 その瞬間、衆哉の心にざらりとしたものが走った。 (……やっぱ、本当に“優しい”んだな) 恵斗が言ってた“優しすぎて苦しい”という意味が、少しだけわかった気がした。 俊介は、壁を作らない。誰にでも微笑む。 でもそのせいで、どこまでも近づけない。 まるで「自分は傷つかない場所」にいるようだった。 (本当にそうか? 本当に、お前は傷つかないのか?) 衆哉は、それを確かめたくなった。 • 「俊介ってさ、誰にでも優しいよな」 放課後、たまたま――を装って同じ帰り道になったとき、衆哉は軽く言ってみた。 「そんなことないよ。好きな人には、ちゃんと特別な態度とる」 「……恵斗には?」 俊介は、少しだけ歩く速度を緩めた。 「してたつもり。……でも、それで彼が幸せになってたかは、分からない」 (ああ、そういう顔するんだな) その一瞬の、ほんの小さな陰り。 衆哉はそれを見逃さなかった。 (もっと見てみたい、お前のそういう“人間臭い”部分) そして、自分でも気づかないうちに―― その“表情”に、妙に心を引っ張られている自分がいた。 (……なんだこれ) ただ壊したかっただけ。恵斗を、俊介を、優しさを。 でも今は違う。俊介の中にある“傷”を、もっと近くで見たい。 できるなら、自分だけに見せてほしい。 (恵斗よりも、俺に) • それから数日。衆哉は少しずつ距離を詰めていった。 朝、教室で声をかける。 昼、廊下で飲み物を差し入れる。 放課後、理由もなく同じタイミングで靴箱へ。 俊介は最初こそ少し不思議そうにしていたが、拒否はしなかった。 それが、逆に衆哉を苦しめた。 (なんで、俺には壁を作らない?) 恵斗のときと同じように。 もしかしたら、俊介は“誰にでも”この距離で接しているのかもしれない。 (……俺だけに、しろよ) そう思った瞬間、自分の中にあるものが、ただの“嫉妬”ではないと気づいた。 • その日の夜。スマホに恵斗からの通知が来た。 「俊介に、近づいてるの……気づいてるよ」 衆哉は笑った。 「お前が手放したもんだろ」 ほんの少し、指が震えていた。 それが怒りなのか、喜びなのか――自分でも分からなかった。

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