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第20章:君は、僕の“お母さん”だった
(俊介視点)
勇気は静かに、僕の髪を撫でていた。
その手の動きが、妙に丁寧で、ねっとりしていて――怖かった。
「俊介くん、こうしてると……お母さんみたいだね」
「僕を全部許してくれる優しさとか……あの人そっくりだ」
(え……?)
目の前の勇気の表情が変わる。
あの穏やかだった瞳が、どこか空虚な光を宿し始めていた。
「僕、もう一度、家族を作りたかったんだ」
「君と一緒にいたら、きっとまた“守ってもらえる”って……」
にこにこしながら、僕の肩をぎゅっと掴む。
「だから逃げちゃダメだよ。……お母さん、僕のこと捨てたりしないよね?」
(これは――歪んだ優しさじゃない。依存だ)
僕は後ずさる。けれど勇気は後を追い、ドアの鍵を閉めた。
「俊介くん、僕が“全部”するから。どこにも行かなくていい。
ご飯も、着替えも、寝るときも、一緒にいよう。……ね?」
手の中でスマホが震えた。
わずかに開いた通知には、「恵斗」「衆哉」の名があった。
⸻
(恵斗視点)
「この建物……GPSはこの部屋の中を示してる」
息を切らせながらアパートの前に立ち、ドアを見上げる。
「勇気が……俊介に、何かしようとしてるなら……」
言いかけた言葉を飲み込む。
それでも、横に立つ衆哉が静かに口を開いた。
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(衆哉視点)
「止めるしかないだろ。今度は――俺たちが、俊介を守る番だ」
ドアを迷いなく叩く。
「俊介! いるんだろ? 開けろ!」
「勇気、やめろ! 俊介はお前の“母親”じゃねぇんだ!」
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(俊介視点)
その声を聞いた瞬間、部屋の空気が凍りついた。
「……うるさいな」
「なんで、なんでまたみんな邪魔するの?」
勇気の手がドアノブにかかる。
僕の肩を押しながら、低く、呟いた。
「また、僕から“お母さん”を奪うつもりなんだ……また、僕をひとりにするのか……?」
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(衆哉視点)
ためらう暇もなかった。
ドアをこじ開け、室内に押し入る。
「勇気! やめろ!!」
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(恵斗視点)
「俊介は、誰のものでもねぇ! “お前の過去”の代わりじゃねぇんだよ!!」
勇気が倒れ込み、俊介がようやく自由になる。
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(俊介視点)
涙が溢れていた。
でもその奥に、これまでにはなかった決意があった。
「……僕は、誰の代わりにもならない。
誰のものにもならない。
僕は“俊介”として、生きていくんだ」
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(勇気視点)
その言葉が、僕を打ち抜いた。
呆然として、気づけば膝をついていた。
ぽろぽろと涙がこぼれていく。
「どうして……君まで、僕を捨てるの……?」
でも、もう誰にも届かない。
僕の声も、想いも、誰にも。
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(俊介視点)
夜が明ける。
恵斗も、衆哉も、僕のそばに立っていた。
でも僕は、どちらの手も取らずに前を向いた。
「ありがとう。でも……今は、誰の隣にもいられない。
自分を取り戻すまでは、誰とも恋はしない。
だって――僕は、僕を“選びたい”から」
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(恵斗視点)
俊介の言葉に、胸が痛んだ。
でも、それを拒むことはできなかった。
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(衆哉視点)
ようやくわかったんだ。
俊介が一番欲しかったものは、誰かの愛じゃない。
自分自身を、ちゃんと大事にすることだったんだ。
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(俊介視点)
「また会えるよな」
「……ちゃんと、前を向けたらな」
僕は小さくうなずき、歩き出した。
その背中は、ようやく“自分の意思で進む人間そのものだった。
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