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14:こうして、物語は冒頭に戻る——というパターンのお話
目を覚ましたとき、俺は病院にいた。
白い天井と、嗅ぎ慣れない薬品の匂いをぼんやりと感じながら、ベッドの脇に心配そうなマスターの顔を見た瞬間、俺は「やらかした」ことに気づいた。
まぁ、目が覚めてすぐに病院を出ることはできたものの医者からは「しばらく無理せず安静に」と言われたことで、マスターから衝撃の通達をくらってしまった。
『直樹君、しばらくバイトは禁止』
『えっ?』
耳を疑った。なんで?俺はもう普通に元気なのに、と。
それに倒れたのも、熱中症じゃない。余生先生からのコメントが嬉しすぎて、興奮して倒れただけだ。
『あの、俺……熱中症じゃなくて、あの、好きな人の言葉に溺れてただけっていうか。だから、その……』
『うん、確かに君は本当に文学に愛された子だ。うちの店に直樹君みたいな子がバイトに入ってくれて、本当に嬉しく思うよ』
『じゃあ……!』
『でも、ダメ。ちなみに、お客さんとしてお店に来るのも禁止だよ。最低でも、テスト期間中はしっかり勉強と休息に当てなさい』
『えーーーーっ!?』
どんなに俺が「熱中症じゃない、大丈夫だ」って訴えても、この時ばかりは優しいマスターも頑として譲ってくれなかった。
『テストが終わったら、またおいで』
『……はい』
俺だって分かっている。マスターは俺を心配してくれているのだ。
だって、あの日は途中で店を閉めさせてしまったうえ、病院でもずっと俺に付き添ってくれていた。だから、俺だってこれ以上強く出るわけにはいかない。
でも、せっかくコメントの主が「余生先生」だと分かったのに……!
『余生先生と話したいのに……!』
でも、店に行けないんじゃ無理だ。
だから俺は、店を出禁になってから、余生先生と会えない分、たくさん更新した。更新すれば会えなくても彼からの言葉が貰えるから。すると、どうだ。
『あれ、余生先生。また更新してる?』
俺の更新頻度に呼応するように、余生先生の更新も日に日に激しさを増していった。一日二回だった更新が、いつの間にか三回に増え【ダレハカ】が終わった次の日には、息吐く間もなく新連載まで始まっていた。
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1位:『矢くらい経費でオトせ!~転生した那須与一は勇者パーティを抜け、ソロでまったり狩人生活!~』
作者:余生
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もちろん、当たり前みたいな顔で、投稿初日からランキングは一位。一頁目から最高に面白くて【ダレハカ】のロスを感じている暇なんて欠片もなかった。
『余生先生、すご……!』
余生先生の筆の速さに目を剥いていると、それまで新刊情報しか発信していなかった彼のSNSに〝そうでないモノ〟がポツポツと混じり始めた。
≪良い作品読むと、書きたくなる≫
≪マジであの人は神≫
≪文豪の生まれ変わり説濃厚≫
≪今日も生きてて良かった≫
などなどなど。
これまで機械的な発信しかしなかった人気作家のアカウントが、突然、人格を持ち、「謎の神作家」について熱く語り始めたのだ。
それは、多くの読者、そして投稿作家たちに衝撃を与えた。
そりゃあそうだ。好きな作家の「好きな作家」は、得てして〝当たり〟が多い。それに、そんな理屈は抜きにしても、皆めちゃくちゃ気になるだろう。
ツク・ヨム始まって以来の、不動の連戦連作・一位独占作家。
投稿した小説はすべて書籍化され、発売と同時に重版。
デビュー作は異常な完成度と中毒性を持ち、わずか数ヶ月でラノベ売上ランキング一位を独走。その後も多くのシリーズで驚異的な反響を呼び、出版不況のなかでは異例のヒットを記録した。
――と、異様な執筆スピードで、作品を量産し続ける「余生」が、神とまでのたまう正体不明のツクヨム作家。
≪余生の推し作家は誰だ!≫
ラノベ界隈のSNSは、毎日その話題で持ち切りだった。
でも、俺は……俺だけは、知っている!
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しゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅき!!
ノキ先生、文豪の生まれ変わりでしょ絶対そうでしょ!!!!
ノキ先生マジ神ィ!!
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余生先生の「推し作家」は、「俺」だ。
俺が更新すれば、余生先生もたくさん更新してくれる。喜んでくれる。それになにより——
『……きもちぃ』
俺は、余生先生からのコメントを、何度も何度も読み返しては天を仰いだ。
彼だけは、俺が書きたかったこと。伝えたかったこと。感動して悶えてほしかった部分。全部、全部、分かってくれる。
まるで、「俺」が読んで「俺」がコメントしてるみたいに。
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ノキ先生、マジでおまおれ過ぎる……。
いや、すみません。調子に乗りました。ノキ先生は唯一無二の絶対神です。
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『おまおれ?』
最初は意味が分からなかった。
だから、ネットで調べてみると、すぐに意味が出てきた。
『〝お前は俺か〟……!』
どうやら、余生先生も俺と同じような事を思ってくれていたらしい。それが嬉しくて嬉しくて。もう、そこからは、どんなアンチコメントがきても、全く気にならなくなった。
『もっと、書こ。たくさん、たくさん。もっと、もっと!』
こうして、ブルーマンデーに通えなかった一週間。
テスト勉強……に励むことは一切なく、俺は爆速で更新し続け、それに伴って余生先生の更新回数も増え続けた。
あぁ、堪らない。書いて幸福、読んで幸福。もう、最高!
ただ、唯一困っていることがあるとすれば——。
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蝿が文字読んでんじゃねぇ!キモいわ!お前ら、全員〇ね!!!!
投稿者:ログイン外ユーザー
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↑コメント絶対、作者が別アカで自画自賛してんだろ!お前がキモいんだよ!
投稿者:ふくつのトーマス
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↑俺がノキ先生なワケねぇだろ!?なれるモンならなりてぇわ!ノキ先生のあの筆致、読むたび魂ごと内臓がえぐられる快楽!!
最初、フォークナーが転生してWeb小説書いてんのかと思った!!もしくは、太宰とウエルベックとジャン=ジュネを混ぜて産んだ何か!!!
はぁぁぁ、だいしゅき……あぁ、ほんと……人間国宝しゅきすぎる。ノキ先生、ほんと……もうしゅき(語彙喪失)
あ、キモい蝿共の退治は俺に任せて、先生は執筆に励んでください♡
投稿者:ログイン外ユーザー
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「……うわ」
余生先生VS他の読者が勃発し、コメント欄が大荒れしていることだ。
そのせいで、俺の作品はブックマーク数よりもコメントのほうが圧倒的に多くなってしまった。
「あーーーー、クソクソクソクソ」
「こら、コウ。あんまり汚い言葉を使わない」
「……だって」
やっとのことでバイトに復帰したブルーマンデーの奥で、余生先生は今日も、俺の作品のコメント欄で「しゅき」と「キモい」を交互に連発している。
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