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第19.5話 相互通行 ※

 脱衣所に普段は置いてないバスローブが2つ置いてあり、モートンの要らない気の回し方に目を覆った。洗面台の前でセリルから送られてきた洗髪剤をスプーン一杯分だけ掌に取り、本格的な解析魔法をかける。掌にとろりとした洗髪剤が宙に浮いて、歪な球体になりながら両掌の上をくるくるとゆっくり回り始める。球体だった洗髪剤がゆっくりと引き延ばされて、軌跡をなぞるように円を描く。その円がゆっくり縦回転と横回転を繰り返し、レイの魔力が掌の上に魔法陣を浮き上がらせ、詳細な情報を読み取っていく。 「洗浄剤としての有効成分は、ヴェリフィア・ルートエキス。濃縮率が少し甘いか? 代わりに補填されているのがルミエリド? 悪くない選択だが、香りを見るにターゲット層はどちらかといえば20代から30代の男性向けであることを考えると、ごわつきやすいルミエリドを使って頭皮の洗浄力を上げるより、サンフィラクトエマルジョンを使った方が頭皮ケアと香料の持続力がいいと思うが……香料に金かけて予算オーバーしたか?」 ぶつぶつ言いながら成分を分析しつくした頃には、魔力回路がうだるような熱を持った。そう言えば発熱抑制剤を飲んでなかったことを思い出し、解析魔法を解除して掌に落ちてきた洗髪剤を洗い流す。発熱抑制剤を取りに戻ろうと振り返ったら、そこにはクラウスが立っていた。手には発熱抑制剤が入っているケースが握られており、持ってきてくれたのかと手を出したがクラウスはケースを差し出したままこちらに渡してくれない。よく分からないが、クラウスの手の上でケースに開錠魔法をかけると、クラウスがケースを開いて発熱抑制剤を一粒取り出し、徐に自身の口に入れた。 「何を――!」 クラウスの唇がそのままレイに重なり、発熱抑制剤とクラウスの唾液が入ってくる。飲み込むには足りない水分量に錠剤を噛み砕きたくなるが、クラウスの舌がそれをさせてくれない。錠剤がゆっくりと溶け出した頃に、クラウスの唇が離れて行った。口の中にあるクラウスの唾液と錠剤を噛み合わるようにして飲み下し、レイはじっとりとクラウスを見た。 「他人の魔法薬を摂取する可能性がある行為は見過ごせないが?」 「それは悪かった。君の熱に浮かされた顔を見ると、どうしても意地悪をしたくなってしまった」 しれっと言うクラウスの言葉に先ほどの会話を思い出して、レイは口元を覆った。これぐらいの熱でもクラウスは看過できないと言うのだろうか。もう今度からマスクでもしながら調薬しようか。そう考えているレイを尻目に、クラウスがレイの額にキスを一つ落とす。 「魔法を使っているレイは、いつ見ても格好良くて見惚れてしまうな」 唇の感触が残る額を手で押さえて、レイは視線を逸らして「それはどーも」と呟くと、レイは髪を解いた。サスペンダーに手を伸ばすと、クラウスがその手をそっと制して代わりに取ろうとしてくる。面食らっている間にサスペンダーの前側が外されて、ズボンのボタンに手がかかる。流石に恥ずかしくなって自分でやろうとすると、クラウスの左手がレイの腰を抱き、深いキスをされる。クラウスの右手が器用にボタンを外してズボンが脱がされた。下着も降ろされて、レイは恥ずかしさのあまりクラウスの胸を押すがびくともしない。レイの細腕では、服越しも伝わるクラウスのしっかりした体は押し返せなかった。  キスの角度が変わる。クラウスの手が今度はシャツのボタンにかかり、一番上のボタンから順に降りていく手が、文字通りレイを丸裸にしていく。シャツと肌の間にクラウスの手が入り、シャツが肩からするりと落ちていった。やっと唇が離れて、自分だけが素っ裸な状態に羞恥で頬が染まる。  クラウスがレイの髪にキスを落とし、意地が悪そうに笑った。手に取った洗髪剤の小瓶をクラウスがレイに渡しながら、「すぐに行く」と一言添えてきて、レイは頷いて浴室に入った。洗髪剤と眼鏡を備え付けの棚に置いて、蛇口に刻まれていた魔法陣に触れる。冷えた水が降り注いで、緊張と羞恥で掻いた汗と熱を流した。発熱抑制剤が効いてきて、魔力回路の熱は下がったはずなのに、どうにも火照りが減らない。  シャワーを浴びながら、顔を擦って前髪を掻き上げる。しばらくすると浴びていた水がお湯に変わった。頭を入念にお湯で洗ってから、洗髪剤の小瓶を手に取る。シャワーを一度止めて、小瓶の蓋を開ける。香水のような重くて甘い香りがする。瓶を傾けて中身を出して泡立ちを確認し、また香りを嗅いで、思わず頬が緩んだ。泡立ちとともに立つ香りが、少し変化する。香りが少なくなるのではなく、柔らかくなった。こういうギミックを入れてくるとは思わなかった。なるほど、ルミエリドを採用した理由はこれか。確かにルミエリドは魔法による加工がしやすい。ヴェリフィア・ルートエキスの濃縮率を下げて補填する方向で入れ込んだか。もし自分がこういう加工をしようと思ったら何を採用するだろうか。 「レイ」 後ろから声をかけられて、濡れていない肌が背にぴったり張り付く。その熱さにどきりと心臓が跳ねた。クラウスの手がレイの胴に回って、レイは体を硬直させた。 「冷えてしまう。風邪をひく」 「あ、そう、だな。わかった」 慌ててシャワーが当たる場所から避けて、頭を洗う。洗っている間の香りの変化は特に感じなかった。洗浄力は解析魔法で見ていく。補填したルミエリドの洗浄力が強いか。などと考えていたら、クラウスがレイの手を取った。なんだろうと思って見上げると、クラウスが少し不機嫌そうにレイの頭を洗い始めた。やりたいのか? とそのまま放置していると、クラウスがレイの髪の先を持ち上げた。 「自分で切ったのか?」 「やっぱりわかるか」 「まるでナイフで切ったロープのような断面だ」 クラウスの指摘に、レイは内心でご名答、と呟いた。束にしてナイフで一気に切った。結んでしまえば問題ないかと思ったが、そんな顔をされると思わなかった。結ぶのに長すぎるのは面倒だったのだ。レイは少しだけ反省した。 「合理的なのもここまでくると、いっそ清々しいな」 その一言に、レイは苦笑する。褒められてないのだけはわかるが、別に誰に見せるということもなかったのだ。今までは。 クラウスは手についた泡を嗅いだのち、レイの頭を流しながら一言漏らした。 「レイは、この匂いが好きなのか」 「あぁ。リクエストしたつもりはなかったが。……うん、洗髪剤としては概ね及第点だが、香りに重きを置き過ぎて洗いあがりがごわつくのが難あり。短髪向けで香水を振るのが苦手な人には良いかもしれない。大学二年でこれなら、上出来だ」 レイが洗髪剤に対して下した評価をクラウスは複雑そうな顔で聞いていた。「使うか?」と洗髪剤の入った小瓶を渡すと、クラウスはため息をついて小瓶の中身を手に出して自身の頭を洗い始めた。身長差があるので、レイはクラウスの頭を洗ってあげられなかったため、体を洗う薬液を出してクラウスの体を洗い始めた。クラウスは少し驚いたようだったが、くすっと笑って受け入れてくれた。クラウスの鍛えられた体はどの角度から見ても洗練されていた。自分の体の貧相具合に少し泣きそうだった。 お返しとばかりに、レイもクラウスに体を洗われた。ことあるごとに「綺麗だ」とか「肌が滑らか」だとか過分な言葉で愛でられて、レイは赤面しっぱなしだった。褒められすぎて動けなくなったレイの代わりに、クラウスが面白そうに笑いながら、泡を丁寧に流していく。 とうとう、洗い終わってしまった。二人で脱衣所に出て、タオルで体を拭いていると、クラウスもタオルで体を拭き始めた。 「今までは魔法で乾かしていたが、魔法が使えない間にすっかりタオルの方で拭くことに馴染んでしまった」 「俺はもともとタオル派だ。タオル職人の技術力には脱帽するよ。まぁ、髪だけは魔法で乾かしてしまうが」 苦笑して同意するクラウスを見て、レイは体を拭いて腰にタオルを巻くと、髪の毛を魔法で乾かした。乾かした後に髪の香りを嗅いでいると、クラウスに後ろからバスローブをかけられた。肩越しに礼を言おうと顔を向けると、クラウスの唇がレイの口元を塞いだ。 突然の深いキスによろけそうになると、すかさず腰を支えられる。驚いて仰け反ると、逃がさないという強い意思を持ってクラウスの唇が追いかけてきた。呼吸を奪うような深さと体勢の辛さにレイはクラウスの肩を叩いた。足が浮きそうな体勢のまま、レイの唇からクラウスの唇が離れた。 「分析は終わったか?」 クラウスの鋭い目がレイを射抜く。何に怒られているのかわからなくて、レイはそのまま頷いた。クラウスがレイの髪に顔を摺り寄せ、匂いを嗅いだ。 「優しくしたいのは山々だが、他の男が作った香りを纏う君に、優しくできる気がしない。……了承してくれ」 言われた瞬間、かけられたバスローブが肩から落ちた。背に回された手は熱く、噛みつくような深い口付けがレイの唇を塞ぐ。クラウスの手がないと転んでしまいそうな体勢が落ち着かなくて、レイはクラウスの首に腕を回した。まるでその行為を受け入れるような仕草を皮切りに、クラウスの舌が口内に入ってきた。滑らかで肉厚な舌がレイの舌を絡めとろうとする。レイの背中をそっとなぞる手に、鼻から息が漏れる。クラウスの上がる息が頬にあたり、その息遣いがレイの胸を昂らせた。はっと息を吐くと、クラウスの唇はそのまま首筋へと降りていく。ちりりと痛みを残しながら、レイの華奢な鎖骨に辿りついて、終着点とでもいうかのように強く吸いついて、やっと唇が離れた。 クラウスの藍色の瞳が熱を帯びて、レイの瞳を覗いていた。クラウスの魔力が放したくないとでも言うようにレイの全身を包む。下腹部に当たる固い感触に、レイの頬が朱に染まった。そのままクラウスがレイを抱きかかえて脱衣所の広い洗面台に乗せはじめ、運ばれた先に驚いて思わずレイは声を上げた。 「ま、待て、待て! クラウス、落ち着け」 「最後まではしない。ここでは」 そう言いながら、クラウスはレイの股を開いてタオルを解き、屈んで半分勃ちあがったレイのそれを口に含み始めた。突然感じる口内の温かさと粘度のある唾液を纏った舌の感触に思わず腰が跳ねる。クラウスの手が太ももを撫で上げ、股関節を親指で刺激する。一方的な快感に思わず声が漏れそうになるのを、レイは必死に押し殺した。最後まではしない、とは、どこまではするつもりなのか。時々聞こえる湿り気を帯びた音が、吸われる感触が、レイの腰と足を跳ねさせる。思わず足を閉じようとしてしまうのを、クラウスの手が許さなかった。上る快感から逃げようと腰が引けるのを、逃がすまいと腰を持たれる。クラウスの口の中で跳ねるレイ自身を執拗に扱き続けられる。体の反応とは裏腹に、レイの魔力がクラウスの頭にすり寄っていく。まるでその先を期待するように。レイの羞恥はもう限界だった。 「もう、無理、だ! くらう、す! 出る、から! 放せ! 放せって!」 クラウスの頭を何とか離そうと手を伸ばすが、クラウスはレイの腰を抱えて、より深く吸い始めてしまう。力が入らなくなり、さらりとしたクラウスの髪を梳くだけとなった指先は、そのままクラウスの頭に添えられた。情けない声がレイの口から零れて、とうとうクラウスの口の中に熱を吐きだした。心臓が低い音で強く早く脈打つ。せっかくシャワーを浴びたのに、すでに汗だくだ。全身から緊張が解けてくたりと壁に頭を付けると、クラウスはゆっくりと優しく吸い上げるようにレイの先端から口を離した。立ち上がったクラウスが満足気にレイを見下ろし、ごくりと口の中の白濁を飲み下したのが見えた。

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