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第29.5話 有言実行
クラウスという男は、独占欲に支配されている男だ。嫉妬にあふれ、愛されるとそれ以上に愛したくなってしまう男だ。そして、執拗に、粘着的に、どろどろに、ずぶずぶに、容赦がない男だ。
レイの意識が浮き上がると、視線を感じて薄く目を開けた。最初に目に入ったのはクラウスの白金髪が朝の柔らかな陽光を浴びながら光っている様だった。どうやらクラウスはレイの寝顔を見ていたらしく、目が合った瞬間、クラウスは微笑んだ。
「おはよう、レイ」
声をかけられると同時に、クラウスが防音・盗聴防止用の結界を張った。魔法を使われたことで一気に意識が覚醒する。おはよう、こちらがそう返す言葉すら待たずに、クラウスがレイの唇に吸い付いた。どうやら昨晩寝る前に言い放った一言の、有言実行らしい。
「ちょ、クラ――っ!」
抗議の声を上げようとしても、唇がすぐに塞がれる。侵入してきたクラウスの口からは歯を磨いたような清涼感を感じる。こちらも、せめてうがいだけでもさせてほしい。言葉を発したくて顔を背けても追いかけてくる唇に、いい加減イライラしてくる。覆いかぶさってきているクラウスの肩を手で押し返そうとするが、びくともしない。普段は譲歩してくれる男が、強い意思を持ってこのまま続けると主張してきている。レイはイライラを抑えながら、頭の中で構成を整え、口の中に洗浄魔法をかけた。汚れの判定が難しく、仕方なく少量の水分を口の中で素早く循環させ、固まりかけていた唾液とともにレイは飲み込んだ。魔法が行使されたのが分かったのか、クラウスが一瞬眉を動かし、不機嫌そうに唇を離した。――この男の性癖は大丈夫だろうか。自分が歪ませてしまっているわけじゃないと信じたい。
「……魔法が使えるぐらいは回復している、と分かったのは上々か」
自分を納得させるようにクラウスが呟き、また整った顔が近付いてくる。クラウスのキスを受けながら、いったい今何時なのかとそればかりが気になった。――この状況が、あと何分続くのかも含めて。
滑らかな生地の寝間着の上から体の輪郭を撫でるように肩から降りていくクラウスの掌が、脇腹辺りから今度は這いあがってくる。布越しの鈍さを伴う刺激が眠気を伴う体には煩わしく感じていたのに、クラウスの魔力が濃くなるのを感じて、レイは息をのんだ。手に取るように相手が興奮しているのが分かり、レイの魔力がそれにつられるように反応し始めた。体の芯が熱を持ち、じわりと汗が滲む。自分の体の反応に、レイは少し戸惑った。
寝間着の前ボタンを外され、開かれる。柔らかな布が胸の敏感な部分を掠め、レイはびくりと体を震わせた。そのままクラウスの大きな手がレイの肌を愛でるように撫で上げ始め、指先が滑るたび、レイは熱い吐息をはっと吐き出した。レイの体が反応を返すたびに、クラウスの魔力が喜んでいるように揺れ、それを感じ取ってレイの魔力が震えて体の感度を上げていく。――これは、まずい。レイの理性が警鐘を鳴らす。こんなことを繰り返されると、どこまでも溺れてしまいそうだ。
不意に、クラウスが不敵な目で見降ろしてくる。
「レイ、希望があれば君が示してくれ」
意図が分からず瞬きをしたが、クラウスはにこりと笑みを浮かべ、それ以上は言わなかった。レイの胸の飾りに舌を這わせ、甘噛みをする。痛みと快楽の塩梅が更に体の感度を上げていく。普段だったら赤い痕だらけになる体が、今日は一つもついていない。きちんとダメだと言ったことはしないクラウスの優しさなのか、ならばと手を変え品を変えやり込めようとしてくる罠なのか……レイはそんな想像をしてぞくりと震えた。
クラウスがじっとレイの目を覗き込む。慈愛に満ちた藍色の瞳がレイを射抜く。
「もらったオーナメントも綺麗だが、君の目の色が一番綺麗だ」
静かにそう呟かれ、レイは羞恥に目を瞑った。それを好機とレイの唇にクラウスが自身の唇を重ねてくる。――その瞬間だった。クラウスの興奮した魔力が一気にレイを包み込んだ。あまりの濃さに、レイは全身を大きくびくりと震わせた。足の先までピンと伸びて、弓なりにしなる。まるで食べられるかのような恐怖と、隈なく犯されているような感覚に、レイの思考が一瞬で麻痺した。何も考えられない。クラウスの魔力に堕ちていく感覚だけが刻まれていく。これは一体なんの魔法なんだろう。そんなわけないのは分かっているのに、心の中でそんな疑問を投げかけてしまう。
口内を堪能しようとするクラウスの舌を絡めようと、自然とレイの舌も動き始めた。レイが意思を持って反応を返したことが余程嬉しかったのか、クラウスの魔力が波打った。体が知らずに火照り始める。頬が上気し肌の奥に熱がじわじわと広がっていく。思考と一緒に気分も熱に浮かされようで、レイはクラウスの背に手を回した。
クラウスが喉を鳴らしながら意地が悪そうに笑い始める。
「そそられる顔をする……そんなに私の魔力は気持ちがいいか?」
そう言われて、レイははっとした。――コイツ、わざとか!
嬉しそうにクラウスの魔力がレイの肌を撫で始める。明らかにコントロールされている魔力が、首筋をぞくりとなでていく。腹立たしいのに、肌が期待に震える。そんな自分がまた腹立たしい。
上がってくる感覚の合間を縫ってクラウスの顔を見ると、楽しそうにこちらの反応を観察されているのが分かる。苦し紛れにレイは口を開く。
「その、濃さも……っ! わざと、か?」
「……濃さ?」
言われてクラウスが自身の魔力を観察し始める。掌に魔力を集めて見ている間すら、こちらを魔力で愛撫するのをやめない周到さを持っている。
「っ! ま、魔術師は、……~~~ッ 並行作業も、お手の物ってか! 腹の立つ!」
「……自分が魔法の同時行使を4つやってのけたことを忘れてないか?」
言いながら胸を這う魔力をそっと離して、器用に「?」の形を作って見せてくるクラウスの魔力を振り払うと、手首にくっついてまとわりついた。手を更に振って取ろうとするがもちろん取れない。
「同時発動は構成さえ混ざらなければできるだろ!」
「…………流石。言うことがルミアの孫だよ」
呆れ顔でそんなことを言われる。そもそも、レイは魔力回路のリミッター解除剤が無ければそんなことできないのだから、純粋にできるなんていう話ではない。魔力回路が整ったら覚えてろ、と強く決心した。
クラウスは自身の魔力を観察したうえで、掌に集めた魔力の密度を上げた。
「濃さとは、こういうことか?」
「いや、ちがっ! ~~~あぁもう! 変態か!」
せっかく密度を持たせたので、と言わんばかりに、密度を持った魔力がレイの胸の両先端に吸い付いて、舐り始める。密度を伴い形があるために触ることは可能だが、跳ねる体では力も入らない上、腕力ではどうにもできそうにない。クラウスが楽しそうに笑いながら「心外だ」と言うが、その表情は正直満更でもなさそうだった。そうだった。雑な言葉遣いをされると喜ぶ奴だったことを失念していた。
クラウスは魔力の濃さについて気になるようで、先を話してもらうために渋々魔力をレイの胸から離していく。体をびくかせていたレイが息を切らせながら恨めしそうにクラウスを見上げた。
「……わざとじゃないなら、きっとこちらの感覚的なものだと、思う」
「魔力を感覚的に察知する力か。私の魔力は今、濃いのか? 濃いとどうなる?」
魔法使いの探求心とは、調律中でも健在らしい。なんのムードもなく質問が始まったので、レイは火照る体で上半身を起き上がらせた。寝間着の前を簡単に閉じながらため息交じりに応える。
「知らん」
「分からないのか」
クラウスが残念そうな声を出す。レイは顎に手を当てながら考えた。
「まずクラウスのそんな濃い魔力を感じたのが初めてだ。前回、前々回も、多少はあったかもしれないが……むしろ何が違う?」
今度はレイが質問を返す。クラウスはしばし考えたようだったが、無言のまま人差し指をぴんっと立てた。刹那、手首が突然ぐっと後ろに引かれてレイはベッドに沈み込んだ。驚いて手首を見ると、先ほどまとわりついたクラウスの魔力がレイをベッドに引っ張ったらしい。
「誰もまだ終わりとは言っていないぞ? レイ」
真面目な話をし始めたから終わったとばかりに油断していたのは事実だが、突然そんなスイッチをON・OFFされても対応できない。むしろいつ終わるんだ。まだ後ろも触られていない――。
レイは気付いた。気付いたが気付きたくなかった。以前言われた言葉が不意に脳裏に蘇る。
――「私を受け入れるために、君が準備することに意味がある」
そしてさっき、クラウスは何と言っていた? 希望があれば教えろ、と。曰く、この男は言っている。強請るように、自分の意思で、受け入れる魔法をかけろ、と。
「~~~~っ! くそっ!」
心の中で思いっきりクラウスを罵倒しながら、レイは以前教えてもらった改変された洗浄魔法の構成を頭に思い浮かべ、すんなりと言うことを聞く魔力を練り上げ、自身の腹に行使した。もぞもぞと動く腹の中の違和感に顔が歪むのと裏腹に、クラウスの目が嬉しそうにより細くなる。まるで、得物が手の中に落ちてきた捕食者のように。
クラウスの手が寝間着の中に入ってくる。つぷりと、後ろに感じる異物感に、レイは小さく呻き声を上げた。
「一人では、しなかったのか?」
「……は?」
中をまさぐる指の感覚に、レイは全身に緊張が走る。クラウスが残念そうな顔をして、「そうか」と一言ぽつりと呟いた。
「まぁ、私に触ってほしいのであれば、それでもかまわないのだが」
「お、まえの、その、ポジティブさ、は、どっから、く、る!」
余裕なく呻きながら言うレイに、クラウスは笑い声をあげた。結界の中で響くクラウスの楽しそうな声に、レイは少しだけ心が温かくなった。
「だって、私は……君に愛されているからな」
そういって、自分の腹の中の圧迫感が増えていく。クラウスの指先から抽入される、以前より濃い魔力の圧に、体が、魔力が、喜び勇んで跳ねまわる。前回のように中を探るでもなく、一直線にレイの敏感な部分へすり寄っていき、レイは思わず声を上げた。
「これ、やだって……ッ、ぁ、ぐ……っ、言っただろ……っ!」
その講義の声にすらもクラウスはにこにこと笑みを浮かべながら、レイの目尻に溜まる涙にキスを落とした。
「そうだ、君の誤解を一つ解いておかねばいけないな。レイ、君は以前『自分ひとりが気持ちいい行為をもらってばかりは嫌だ』と言っていたと思うが、それは違う」
クラウスが、何度も腰を跳ね上げるレイの顔をじっと見降ろしながら続けた。
「君がそうやって、私の手でよがって、快楽に堕ちていく様を見るのは、最高に気持ちがいい。もっと、見ていたい」
――ド変態め。そう言ってやりたかったのに、口から漏れる自身の甘く震える嬌声に上書きされた。足をばたつかせ、なんとか腰から上がってくる快感を逃がそうとするが、まるで意味を成さない。
クラウスが充分に魔力をレイの腹の中へ抽入すると、指を抜いた。遠隔で腹の中から摺り上げられる感覚に、レイは頭を振って懇願した。
「これっ! ァああっ! や、だ……っ!……た、のむっ……から! 抜い――っ!」
手首はまだクラウスの魔力によって、ベッドへ縫い付けられたかのように動かせない。レイは息を何度も短く吐きながらそうクラウスに伝えるも、クラウスはにこりと笑って、レイに唇を塞ぐ。深いキスに抗議の声も嬌声も上げることもできず、クラウスの口から流れてくる唾液を飲みながら、頭の芯が鈍くなっていくのを感じた。濃いクラウスの魔力に、体が舞い上がって理性が溶けそうだ。
唇を、舌を、吸われながら、駆け上がってくる快感に悶えているのに、クラウスがそっとレイの下半身に手を添える。レイは小さく「ひっ」と声を上げた。
「まえ、……っ、ぅ、さわ、っ、るなって……!」
「一度、楽になっておけばいいのに」
何故? と言わんばかりのクラウスの反応に、レイは息も絶え絶えになりながら、頭を振って拒否をする。クラウスは不満を隠そうともせず、レイの中に入っている魔力をゆっくり回転させた。悲鳴に近い嬌声を上げ、全身震わせながら悶絶するレイに一言、
「言ってもらわなければ分からない」
そう言うクラウスに、レイは言葉を発することもできなかった。声を発そうとしても、喉に力が入って声が出ない。息もうまくできない。全身がびりびりとして、内側から征服されていくのを必死に耐えることしかできなかった。
仕方なくクラウスがレイの中の魔力の動きを止めた。感覚の余韻が冷めずびくつく体を持て余しながら、レイはなんとか息を整えた。
「くらう、す……これ、といて……」
視線で手首にまとわりついているクラウスの魔力を示す。クラウスがため息をつくと同時に、手首の拘束力が減った感じがしたが、まだ手首にクラウスの魔力は滞留している。
レイは散々いじめられて重い体を何とか起こした。まだ腹の中にあるクラウスの魔力の存在感を感じながら四つん這いになって、自身の隣で横になっていたクラウスの腰に移動した。
「……レイ?」
呼ばれようが構わず、レイはクラウスの下着を降ろして、そそり立って先端からよだれを垂らしていたそれに軽くキスを落とした。びくりと震えるそれを、クラウスの顔を見ながら口に含むと、それだけでクラウスの腰が震えた。小さくクラウスが息を漏らす。のどの奥まで入れても根元までは入らないクラウスの凶器じみた長さのそれに、レイは目いっぱい口を広げながら扱きあげた。切なそうに眉根を寄せるクラウスの瞳が、熱を帯びてこちらを見ている。レイは彼の根元を指で扱きながら、顎の骨がだるくなるまで口を動かした。クラウスの魔力が更に濃くなってレイの全身を包み始める。そこにクラウスの操作性を感じず、これは彼の無意識下の望みなのが分かった。唯一まだ解かれないレイの腹の中にとどまり続ける魔力だけは、コントロールを失っていない。
レイの魔力がクラウスの魔力の濃さに酔い始めた。もっともっと欲しい。欲しくてたまらない。その欲望がふつふつと沸きあがってくるのを、なけなしの理性で抑える。
「レ、イ……だめだ。離して、くれ。君の中で、イキたい」
クラウスのかわいいおねだりを聞くか迷いながら扱き続けると、クラウスが上半身を少し起き上がらせて、レイの方に手をかざす。その瞬間、レイの腹の中でクラウスの魔力が動き始め、レイはまた動けなくなった。手が震え、全身の力が抜ける。包まれた魔力のあまりの濃さに、レイの理性はふっつりときれた。
あっあと小さく声を上げながら、レイはまるでとろけるようにクラウスの腰の隣に転がった。全身をひくりひくりと痙攣させながら、クラウスを求めて両手を差し出す。クラウスがそんなレイを見降ろしながら、満足そうにつぶやいた。
「その顔を、他の男に見せてくれるなよ」
クラウスは仰向けになって手を伸ばしてくるレイの腰を持ち上げた。その腕にレイはそっと手を添えた。まるで、早く欲しいと懇願するように。下の口に自身の先をあてがってから、クラウスはレイの中の魔力を回収した。レイの体の緊張が解けると同時に、クラウス自身が侵入を開始する。
レイの大きく長い嬌声があがる。艶やかな声に、クラウスの魔力が喜んで揺れている。レイの魔力もクラウスの魔力にすり寄って行って、絡みついていくのを無意識に見ていた。互いの魔力が、制御を失って、好き勝手まぐあうように絡み続ける。クラウスがゆっくりと腰を打ち付けるたびに、レイの嬌声があがる。結界の中にはお互いの弾む息遣いと、ベッドがきしむ音と嬌声、水気を帯びた肉体がぶつかり合う音だけが響いていた。
腰を持っていたクラウスの手が、レイの両脇につかれ、より深く挿入しようと全身を使って侵入してくる。レイの足先がピンと伸びて、苦しそうな嬌声があがる。
「ふ、か……っ! ふか、いぃぃっ! くら、う……ぁ、やめ、ぁ、ぁ、こわ、れる!」
「っ! レ、イ……力を、抜いてくれ」
「む、りぃっ!」
そんなやりとりをしながら、いったいどれぐらい長い時間挿入されていたかわからない。上になったり下になったりしながら、レイが声を上げ続けるだけの体力もなくなった頃、クラウスがやっと満足したように言い始めた。
「レイ、イ、くぞ。全部、受け止めて、くれ」
レイはクラウスの背に腕を回して、静かに大きく頷いた。ぎらりと光るクラウスの瞳が、レイを射抜く。大きく腰を何度か打ち付けて、クラウスはレイの中に熱を放った。まぐあっていたクラウスとレイの魔力が激しく固く結びあって、高く澄んだ共鳴音を響かせて解けた。
――やっと終わった。調律後のつやつやした自分の魔力が淀みなく循環しているのを見ながら、レイは思った。
クラウスという男は、独占欲に支配されている男だ。嫉妬にあふれ、愛されるとそれ以上に愛したくなってしまう男だ。そして、執拗に、粘着的に、どろどろに、ずぶずぶに、容赦がない男だ。――だが、そんな男を愛してしまった自分が、レイにとっては一番厄介だった。
「結局、教えてはもらえなかった」
背後からレイを抱きしめるようにして湯船に浸かっているクラウスが、そうぽつりとこぼした。
皆が起き始めるような時間帯に、レイとクラウスは二人で湯船に浸かっていた。クラウスの有言実行により、寝起きでいきなりおっぱじまった調律に、レイは正直、へとへとだった。朝日が昇った頃から前戯が始まり、今の時間を考えると、普通よりもかなり長い間、情事にふけっていた計算となる。「立てない」というレイを横抱きにして、まだ誰もいないから見られないと言い放ち、さっさと廊下を歩いて浴室に連れ込まれた。湯船の端に刻まれている魔法陣に魔力を流し込むと、ものの数秒で広い湯船に湯が張られるのを見て、レイは目を輝かせた。どんな魔法機工なのか、もう一度見たい、自分の魔力でもできるのか、非魔法使いでも魔力を流せば使えるものか、と質問攻めにすると、クラウスは呆れ顔で返し、レイの眼鏡を奪って口を塞いだ。
部屋を出る前に洗浄魔法を軽くかけられているため、あまり体の気持ち悪さはなかったが、やはり実際に体を洗った方が気持ちは良い。調律前の洗浄はレイにさせようとするくせに、調律後の洗浄は頑なに自分でしようとしてくるのだから、クラウスという男はやはりよく分からない。
頭から足先まですっかり洗われて、湯船に入って、今に至る。背後で呟かれた言葉の意味が分からなくて、レイはもたれかかるように背後のクラウスの肩に頭を置いて顔を見た。
「何を?」
質問すると、じっとこちらの顔を見ながら、クラウスが真面目な顔で言ってきた。
「君が先にイきたがらない理由」
聞かなければよかった。レイは心底そう思った。この脳内どピンクな国宝級の美形がたまにこういう阿呆なことを言ってしまうのは、ぜひとも自分の前だけであってほしいと思う。残念なギャップに倒れる人が出てこないか心配だ。
しかし、レイは言う訳にはいかなかった。たぶんこいつは言ったら気にするタイプだ。絶対やりたいようにさせてやらないと、ストレスで変な方向にひん曲がりそうだ。
単純な話なのだ。レイはそこまで体力がある方ではない。先に達してしまうと、そのあとのクラウスの体力についていけなくなる。ただそれだけだった。――そう、レイは自分に言い聞かせた。
さて、もっともらしい理由がすぐには思い浮かばないが、どうしたものか。思案しながら、クラウスから視線を逸らす。
「そっちのほうが、いい……から……聞くなよ、そんなこと」
間違ってもいないが、何ともふわふわとした返し方になった。すると、突然クラウスがレイの背中を少し前に押しやってきた。広い湯船の中にくっついて座っていたので、別段壁にぶつかるとかそういったことはなかったが、いきなりの行動が不思議で、レイはもう一度クラウスの顔を見た。珍しく、クラウスの顔がほんのり色付いて、羞恥に歪んでいるのが見える。
「……いきなり、そんな、可愛いことを言われると、困る」
クラウスの主張の意味が分からなくてレイは困惑したが、ふと視線を下に落として理解した。きっとクラウスは何か勘違いをしている上に、その何かが彼の男たるところに刺さってしまったらしい。
気まずい沈黙が流れて、レイは湯船から勢いよく飛び出した。
「先に、あがる!」
ここで第二回戦が始まってしまっては体がもたない。ちらりと振り返ると、湯気の中で、クラウスが顔を隠して頷いたのが見えた。
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