70 / 72
番外編1 親友の話 前編
魔力の相性の良い相手を求めるというのが魔法使いの性というのなら、どうやらそれは俺にはない仕様なのかもしれない。もしくは、なんらかのバグによってそれがうまく機能していないのかもしれない。あまりそういう機会に恵まれたことが無かった。もちろん調律の経験はあるし、確かに相性の有無はあるんだろうなっていうのもなんとなくは分かる。でも、だからってそこまでいいものかなぁとも思うし、きちんと食って寝て、体調管理を整えてた方が、疲れもしないしめんどくさくもないし、いいような気がしてしまう。
あ、かわいい子は好きだし、美人にだって声はかけたくなる。それは男の性という奴なので、勘弁してほしい。
俺は自分の周りがギスギスするのは好きじゃないし、自分がちょっと手を入れて円滑に回るのであれば、その努力を惜しまない。俺のそういうところを、人は『優しい』と形容する。そのおかげか、彼女なんて者もいたことはあったけど、なんか男として見られないとかで、振られることの方が多い。――そもそも、前提が間違っている。本当に優しい奴っていうのは、俺みたいな奴のことじゃない。
そんなことを考えながら、目の前で大泣きしている後輩達を俺は慰めていた。
「ふえぇん……レイ先輩、大学辞めちゃうって……ホントですかぁ」
「婚約は喜ばしいことですけど、ずっといてくれると思ってました」
「ていうか、婚約したんですよね……誰のものにもならないと思ってたのに……」
「俺、来年受験なのに……なんでレイ先輩いなくなっちゃうんですか……俺の訓練付き合ってくれるって言ってたのに」
「お前な、俺なんて今年だったんだぞ……見てもらえなかったから、俺……俺……うぅ……」
口々に泣きべそかきながらレイを惜しむ声を垂れ流す後輩達に、流石にため息が出そうだった。――そう、本当に優しい奴っていうのは、わざわざ相手に関わりに行かなくっても、こうやってちゃんと慕われているのである。
俺がレイ・ヴェルノットという人物と出会ったのは、オルディアス国立魔法大学四年生の春。大学三年生で特定のゼミに所属することになるうちの大学では、ゼミ担当の教授が直接声をかけることもあるが、基本的には学生側から教授へ願書を出して面接を受け、採用されればそのゼミに所属できるシステムとなっている。もちろん落とされれば人気のない教授のゼミに拾ってもらうしかない。
俺が所属しているマルキオン・ゼミは、非常に倍率の高いゼミナールだ。その担当教授であるウィルザック・マルキオンは、オルディアス王国の魔法薬士界ではその名を知らぬ者などいないぐらい、若くして第一人者となった経歴の持ち主である。頭も良くてつかみどころが無くて、そして何より顔がいい。
“マルキオン・ゼミは、優秀な学生が集められる”。そんな噂が立つぐらい、マルキオン・ゼミから巣立っていった魔法薬士は、卒業後にとてもいい就職先に入るか、起業してめきめきと頭角を現す者が多いと聞く。だからこそ、学生の腕試しのように使われるマルキオン・ゼミは、願書の出願倍率が大変なことになる。――俺もその中の一人だった。
だから、レイ・ヴェルノットという人物の特異性は、皆が一目を置くのは仕方のないことだった。彼は、マルキオン教授から直々に声を掛けられた人物だったから。
彼は噂の絶えない男だった。伸ばしっぱなしの銀灰色の髪を後ろで一つに結び、容姿に全く頓着しないくせに、美人であったことも注目される理由だっただろう。入学試験で首席合格というのも、もちろんそうだ。――だが、残念ながら喧嘩っ早かったのだ。
おそらく平均身長より十センチは下だろうこの男は、その素敵な相貌も相まって、口説かれるか舐められるかすることが多かった。そして、それに本人がいちいち噛みついて回っており、そのために敵が多かった。
そんなことを入学当時からしていれば、「魔法オタク」だとか、優秀なのに魔力量が少ないことを揶揄されて「魔術師のなりそこない」などと言われてしまうのは仕方のないことなのかもしれない。それも本当は魔力量が少ないことが原因ではなかったんだが、それをその時は誰も知らなかったのというのもあるだろう。……いや、レイの噛みつき方が、先輩に対しても「ご教授願えますかね?」と青筋を立てながら声をかけ、授業内容や月刊魔法薬に載っている内容のディベートに持ち込んで論破するという方法で、相手の自尊心を傷つける行為だったからだとも思うが。
レイは寡黙な印象だった。というより、いつもくたびれていて不健康で、話す元気もなさそうな感じだった。なのに、いざ調合を始めると、目の煌めきが増して、何より楽しそうだった。新しくできることが増えるたびに、達成感を噛み締める姿を見ると、それだけで魅力的に見える。
それも奴が大学三年の間の話で、四年に進学してからは喜びに震える姿はあまり見なくなった。もちろん、調合中の姿は楽しそうであるのは変わらないが、できるようになることより、できないことが目に見えて増えたことが原因だろう。でも、俺にしてみれば、レイにできないことはこのゼミにいる者全員にできないのだから、そこまで自分を卑下する必要はないと思っている。
例えそれが、自身の魔力回路の欠陥によるオーバーヒートが原因だったとしても、それは誰も悪くないんだから。
「まぁまぁ、そう言うなって。とりあえず、折を見て来るとは連絡が来たから、な?」
大学に来る理由が、退学手続きだということは伏せて、俺はそう言った。すると、皆の視線がいきなり自分に向いてきて、一瞬たじろいだ。
「いつですか」
「その日、レイ先輩すぐ帰ります?」
「飲みに行きましょう。店予約します」
「俺、調合見てもらいたい」
「おい、俺が先だ! 俺を優先させろ俺をォ!」
次々にレイをどうやって引き留めるか策を練り始める後輩達を見ると、思わずため息が出る。こんなに慕われてるのに、レイがそれを分かってないのが悔やまれる。というのも、レイは高嶺の花すぎて、皆声を掛けられなかっただけというのだから、こればっかりは仕方ないかもしれない。あと、レイの話し方も問題だ。大学一・二年の間に売られる喧嘩を全部買ってきたおかげで、舐められたくないという意識が強くなりすぎてしまい、少々言葉尻が固い話し方をする。その上、レイの芯の強さを宿した、あの綺麗な淡い青緑色の目で見られたら、話しかける方が怖気づいてしまうのも仕方ないかもしれない。俺だって最初はそうだった。
「レイ先輩が大学辞めても、連絡はフォルトン先輩を経由した方がいいんですか?」
後輩の一人がそんなことを言い始め、流石の俺も驚いた。
「うん? どういうこと?」
訳が分からずそう聞くと、後輩達が一同きょとんとした顔をしながらこちらを見てきた。
「だって、フォルトン先輩はレイ先輩の受付窓口ってもっぱらの噂ですよ」
「俺はアイツの秘書か!」
勢いよくそう言うと、後輩達がけらけらと笑い始める。
まさか、後輩達の中で、レイとのコンタクトは俺を通すことが当たり前になっているとは思ってもみなかった。いや、しかし、残念ながら『レイの秘書』としての自覚が少々あったのは確かだ。
まず、レイに好意を持った子が俺に相談してくるのは日常茶飯事だったし、振られた後のアフターフォローも俺がやってた。レイと一緒にマルキオン・ゼミの院生として残ったのは、留年生を除けば俺一人だったし、数年間ほぼ毎日顔を合わせていれば、人見知りするアイツも多少心は開いてくれるもんだ。ちょっと席を外す時も必ず俺に声をかけていくし、俺もレイに声をかけた。
俺はうーんと唸りながらも、後ろ頭をがしがしと掻きながら考えた。正直、自分も今年いっぱいで卒業だ。平凡極まりない自分が、マルキオン・ゼミに入れたのも奇跡だと思ったけど、何故か国安保への就職まで斡旋してもらえたんだから、本当に有難い。
「んじゃ、一回しか言わないからな? まずレイに通信魔法機器で連絡を取るとしたら――」
「わー! 先輩ストップストップ!」
突然慌ててメモを出し始めた後輩達に、「そこまでするのか」とツッコミを入れながら、コイツらは俺の卒業も惜しんでくれたりするだろうか、なんてことをちょっと考えたりした。
レイが居ない研究室は、張り合いがない。そして、仕事が多い。アイツと分担してやっていた備品のチェックも、後輩の指導も、全部今は俺が一人でやっている。というのも、そもそもこういうのは院生の仕事ではないが、マルキオン教授が助手を取ってないせいでこんなことになっている。ゼミにだって受け持ちの授業がある日にちょろっと顔を出す程度で、むしろその受け持ち授業すらも、やれ出張だやれ講演だと、休みの日によく振替補講が入っている。卒業必修科目を受け持っている人間のやることではないと思う。……こんな愚痴をアイツにこぼしたところで、「同感です」と笑いながら言うだけで、あまり気にしたりはしないんだろうな、とも思った。
秋の気配がし始めた道を、空を見上げながら歩いた。見上げる空の色も違えば、当たる日の光すら色が違うように見える。大学と寮は、街を見下ろせる高さの山にあり、乾燥した空気が頬を撫でる。空から徐々に視線を下ろして、薄い雲を割るように差す陽光が、眼下に広がる街に降り注いでいるのが目に入った。それでも温かさが足りないと謂わんばかりに、煙突から白い煙をあげている家がちらほら見える。
「下界も寒そうだなぁ」
「下界って……」
一緒に歩いていたゼミの後輩が、自分のつぶやきにツッコミを入れてきた。俺は笑いながら後輩の方に目を向ける。
そもそもこの景色を見ながら、下界と称したのはレイだった。「お前もその下界に今から帰るんだろ?」「そうですよ。ではまた明日、天上の人」なんて話をしながら校門で別れたのも、今では懐かしい記憶だ。そうやって軽口を言い合える奴が、もうゼミにはいない。
呆れたようにこちらを見ている後輩も、以前はレイに首ったけだった奴だ。そして、相談を受けた俺は、きちんと現実を突きつけた。
――「アイツはたぶん、振り向いてはくれないぞ。同じゼミにそんな奴はごまんといる。もう既に卒業していない奴も含めてな。それでも俺は、その気持ちを伝えることをお勧めする。アイツはバッサリと振るだろうけど、だからといってそれを鼻に掛けたり吹聴したりなんかしない。そして、明日以降も今までと変わらずにお前と接するだろう。だから、安心して伝えてこい」
そうやって送り出して、その日のうちに泣いて帰ってきたこの後輩と飲みに行ったのは、いつのことだったか。レイに振られた奴に奢った金額を数えるのも、途中で馬鹿らしくなってからやめて久しい。
「先輩」
「ん?」
突然、後輩が真面目なトーンで切り出すもんだから、こちらも背筋が伸びた。寒い中、わざわざ歩みを止めるぐらいの大事な話なのだろうか。
「先輩は、言わなくてよかったんですか?」
「……何を?」
見当がつかなくて、思わず聞き返す。皆に言ってないことといったら、今年度で自分も卒業することぐらいだろうか。でも、それはこの後輩にもまだ伝えてないはずだ。こう推測ができない話が出ると、なんだか落ち着かない。
「レイ先輩に」
「レイに?」
余計に何がなんだか分からない。レイにはこの前、オーナメントに入れるための魔力染色についてのレシピのお礼にと、裁判の祝勝会に招かれている時に会っている。なんだか、まるで知らないレイを見ているようで、少し寂しく感じたのは記憶に新しい。
後輩がむぅっとふくれっ面になるのを見ながら、全く見当がつかない俺は、腕組みをしながら頭を捻った。それでも答えは出てこない。焦れた後輩が口を開く。
「好きだったんですよね?」
あまりにも予想斜め上の言葉が飛んできて、俺は言葉を失った。あんぐりと開けた口に、乾いた風が吹き込んで、思わず咽る。
「マッテクダサイ。どうしてそんなことになったんデスカ?」
思わず敬語で語りかけてしまうほどに、動揺していた。俺はいつレイを好きになった? 好きになったことになっていた?
俺の動揺を、意を得たりと謂わんばかりに後輩がにんまりと笑い始める。
「先輩が言ったんですよ? 『レイを知ったら、レイを好きにならない奴はいない』って。それって、一番レイ先輩を知ってる人がそれを言ってたら、もうそういうことじゃないですか!」
したり顔で言いきった後輩の言葉に、記憶を遡る。確かに、言った気がする。でもそれは、目の前のコイツが「なんで好きになっちゃったんだろう」とか言ったから、慰めるために言っただけなのに!
しっかりとため息を吐いて、俺は諭すように後輩を見つめた。
「俺は、レイの婚約を、心から喜んでるよ」
俺の返答に煮え切らない顔をする後輩に、更に言葉を続けようとした瞬間だった。
「フォルトン先輩!」
背後から声がかかる。なんだよこの忙しい時に。そう思いながら振り返った先から、セリル・グランディールが走ってくるのが見える。魔法薬士にしてはがっちりとした体形のこの男も、そういえばレイに心を奪われた男の一人だった。だが、コイツの良くないところは、人の言うことに聞く耳を持たずに、暴走するところだ。こういう手合いは、慰めてやろうとも思えない。
しかし、レイがクラウス卿の好い人だと露呈した際に、命を狙われた場面に偶然立ち合い、襲撃者から命を救った恩人でもある。さすが、軍人家系の出身といったところか。そんな人物が何故魔法薬士を目指したのかは分からないが、その場に居合わせたにも関わらず、レイを守れなかった俺としては、好かん奴でも、一定の敬意は払うべきだろう。
「どうしたセリル」
「どうしたじゃないですよ!」
体力馬鹿のセリルが息を切らしながら詰め寄ってくる。余程急いできたのだろう。何かしらに緊急事態なのかと神経を研ぎ澄ませ、耳を傾けた。
「レイ先輩、大学辞めるんですか!?」
聞いて損した。もう今日は厄日だ。絶対帰ったら冷えたビールを飲もう。寒くったって関係ない。こういう時は風呂上りにビールに限る。
俺はがっくりと肩を落としながら、セリルに「そうだよ」と呟くように答えた。
「なんでですか!」
まるでこちらを非難するかのように詰め寄ってくるセリルの体は、湯気が出そうな勢いで熱くなっており、目もキッと吊り上がっている。
レイが大学をやめる本当の理由。それは、他を巻き込まないための措置だった。
レーヴェンシュタイン公爵家の後継者にクラウス卿が正式に指名される前、この大学ではある爆破テロが起こった。命を狙われたのは、マルキオン教授である。
当時、レーヴェンシュタイン公爵家の後継者であった、クラウス卿の兄・ディートリヒ卿が起こした事件により開かれた裁判で、レイとマルキオン教授は原告側として争っていた。裁判はもつれにもつれ、一時中断となり、再開日は未定。そんな折、マルキオン教授の教授室に届いた荷物が、爆発した。
マルキオン教授は一時生死を彷徨い、レイの護衛として派遣されていたバネッサさんと、現場となったマルキオン教授の教授室の向かい側に教授室があるサルベルト教授の応急処置のおかげで、一命をとりとめた。
爆発物には、致死量の毒物が塗り込められており、その分析・解毒薬の調合を、レイがその場で行った。マルキオン教授は、そのすべての奇跡が重なったことで、後遺症もなく今も元気に過ごせている。
マルキオン教授が狙われた理由は、レイと共に原告側として裁判に立っていたということだけではない。あれは、あくまで見せしめだ。レイが狙えないなら、レイの周りの人間を狙う。そういう敵側の意思表示。――レイが大学をやめる決意をしたのも、その悪意が、裁判に勝利しても尚レイの心に影を落とした結果だった。
「……結婚するんだ。当たり前だろ? レーヴェンシュタイン公爵配となるお方が、呑気に大学なんて通うかよ」
俺は、あくまでも表向きの理由だけを口にした。本当の理由を知っているのは、レイと共にマルキオン教授の見舞いに行った俺ぐらいだ。他の奴に言う必要のないことは、言わないに限る。
そもそも、レイが大学に残っていた理由は、自力では研究が続けられないからだ。マルキオン教授の手伝いを行いながら、学びを深め、研究ができる環境が整っている大学の研究室は、魔力回路に欠陥のあるレイとしては、最高の研究環境だったに違いない。しかし、レーヴェンシュタイン公爵家に入るとなったら、話は別だ。自分のバックに金持ちが着くのである。なら、婿入り先に研究環境を整えてもらえば、それでいいだけの話だ。
ぐぅ、と唸り声を上げながら唇を引き結ぶセリルに、俺は思わず呆れ顔で聞いた。
「お前、まさかまだ諦めてないとか、言わねぇよな?」
その一言に、セリルは俺と一瞬視線を交えて、そのまま逸らした。……あ、コイツ。まだ諦めてやがらねぇ。
ともだちにシェアしよう!

