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第66話 ぎこちないまま

 馬車の中で、ラーディーンは魔法薬士としての自衛方法についてレイに説いた。 「攻撃用魔法薬の携帯がご法度なのは、わざわざ語る必要もないだろうが……それを常時携帯可能にする方法が一つだけある」  レイはクラウスやタールマンの同行が無い久々の外出に、少々気を張りながらラーディーンの言葉に耳を傾けた。念のため認識阻害効果のあるチョーカーは巻いてきてあるが、ラーディーンは魔術師ではないものの、魔法使いとしてはおそらく自分よりも質の良い訓練を受けてきているためか、不思議と安心感があった。 「それが冒険者として登録しておくこと、か? しかし、資格には更新があるだろう? 期間内に一定の依頼を達成した実績が無ければ、容易に剥奪されると聞いたことがある」 「貴族が合法的に武器を所持するのによく使う手だ。剥奪されてもまた新たに取得する。剥奪・再取得に対する罰則すらない。むしろ再登録料をもらえる分、ギルドは有難い金づるぐらいにしか思っていないだろう」  ラーディーンの説明を聞いても、レイにとってはそんなものでいいのだろうか、としか思い至らなかった。  冒険者ギルドは、国際組織だ。ここで登録を受ければ、どの国を訪れても冒険者として扱われ、武器の持ち込みが可能となってしまう。逆に言えば、本来なら厳密な審査が無ければ登録などされてはいけないと思うのだが。 「登録にはどのような手順を踏む?」 「身元の保証人がついていればほぼ何もないに等しいが、初回だけは実力試験がある。通常、魔法使いの場合は初級攻撃魔法と中級結界の一定時間以上の行使になるが……魔法薬士の場合は、薬草の品質鑑定と初級攻撃用魔法薬の調合、投擲技術を見ることになる」 「……魔法薬士だけ多くない?」  レイが片眉だけ上げながらそう呟くと、ラーディーンも肩をすくめた。 「知らん。専門性が高いせいだと思うが……気になるなら自分で聞け」  敬語が外れたためか態度がやや不遜だが、レイにとってはそちらの方が有難かったので特に咎めることもなく頷いた。  レイはそのまま馬車の外を見ようと視線を動かした。しかし、防犯上の都合だろうが、馬車の窓にはカーテンがかけられており外の景色を楽しむことはできなかった。いつになったら、問題なく普通の暮らしを送れるのだろうか。いや、もしかしたら貴族の暮らしとはこういうものなのかもしれない。  クラウスは王城を辟易しつつ歩いていた。法廷プロポーズから今日に至るまで、好奇の目に晒される覚悟はしていた。しかしながら、婚約者がいるにも関わらず、貴族院に所属している高位貴族から娘の売り込みを受けることになるとは思ってもみなかった。仕事に来ているはずのない妙齢の娘が、着飾って王城に入り、父と共に声をかけてくる。今日だけで朝から五件も対応していたら、昼食すら取る時間もなかった。そして、視線が集まるため、諜報部の控室にも入ることができない。今も、誰かが後ろをつけてきていたのを、やっと撒いたところだった。 「大変そうですね」  不意に近くから聞こえるタールマンの声に、クラウスは表情を変えず視線を動かした。自分もタールマンのように隠密魔法を使用して諜報部に行くしかないのだろうか。別段魔術師であることを隠しているわけではないが、王城内での魔法の行使はタブー視されているため、それはなかなか難しかった。王城には魔術師がいる。開錠魔法や灯りを灯す程度の日常的に使われるような魔法ならまだしも、それ以上の魔法の行使が察知されれば、王に対する敵対行動と見なされかねない。タールマンが常時隠密魔法を使用しているのも、魔法を行使した瞬間が察知されないように結界内で行う必要があるためだ。  クラウスは小さく呟くように応えた。 「諜報部には迷惑をかけている」 「今は仕方ないですね。それに、後継者となれば、表立って動けなくなるのは想定内です。人員を増やす方向で動きます。そうなったら、貴方も先輩として指導をする立場となります。むしろ、レーヴェンシュタインが諜報部の隠れ蓑になってくれることを期待します」  感情の乗らない返答に、クラウスは小さくため息を吐いた。沈黙したまま、タールマンが声をかけてきた本題が切り出されるのを待った。なるべく人のいない方へ移動しようと、回廊を進んだ。 「ケリーが負傷しました」  耳に届いたタールマンの声に、クラウスは冷静に事実だけを受け止めた。  ケリーとは、現在ザルハディア王国へ派遣されている諜報員の一人だ。今年の春に呪いの浄化薬の大量発注を受けたオルディアス王国は、ザルハディア王国へ理由を問いただしたところ、自国で栽培されていた呪いの浄化薬に使用する材料が、不作のためとの回答を得た。しかしながら、呪われた魔法使いにとって生命線となる浄化薬の素の管理が杜撰であるはずがない。自国で賄えないレベルの事態が起こっているとみたオルディアス王国は、原因を調べるために内密にザルハディア王国へ諜報員を派遣した。 「状況から見て、こちらの動きが漏れているようです。計画を中止し、早急にケリーを回収しなければなりません。しかし、このタイミングでザルハディア王国への入国禁止令が発令されました。理由は、大規模爆破テロの犯行予告声明があったとのこと。解消されるまでは、観光などの延期可能な目的による入国が制限されます。声明については、虚偽であることは確認されています。こちらからの人員補充を絶つつもりでしょう」  淡々と語られる事柄に、クラウスが脳裏で考えていたのはレイのことだった。ザルハディア王国への入国が禁止されるなら、マルキオン教授との魔法薬学集会シーズンへの参加も不可能だ。浅ましいと思いつつも、内心ほっとしている自分がいる。  黙って聞いていると、タールマンが意外なことを口走った。 「何か良い案はありませんか? 社交会シーズンですし、あちらからレーヴェンシュタイン公爵家に招待などは?」 「ない」  即答しながら、クラウスは動揺した。タールマンがこちらに意見を求めてきたことなど今までなかった。余程焦っているのだろうか。 「そうですか」  何でもないようにタールマンは言った。ただ聞いてみただけの話だったのかもしれない。そう思い直し、クラウスは安堵しつつ問いかけた。 「情報がどこから漏れたのかは分かっているのか?」 「……可能性の域を出ていません」  タールマンの諦念が混じった一言に、クラウスは眉を顰めた。言い方として、こちら側の人間から漏れ出ている可能性を示唆されている。ザルハディア王国へ派遣されているメンバーはケリーを含めて四人。ザルハディア王国にいる協力者が下手を打ったのかもしれないし、本当に誰かが情報を横流ししたのかもしれない。身内を疑うのは気が重いが、そうも言ってられない状況ということなのだろう。  タールマンは「あぁ、そうだ」と突然取って付けたように言い出した。 「レイ君は、お元気ですか?」  その一言で、クラウスは歩みを止めた。心臓がぎしりと音を立てて軋んだようにすら感じる。努めて冷静に返そうとするが、どう返事をするべきか躊躇したところで、タールマンが続けた。 「今度、王城に連れてきていただけますか? お見せしたいものがあるので」 「何を?」  するりと口から出てきた言葉に、むしろタールマンが一瞬声を詰まらせた。どうやら、必死さが滲み出たようだ。 「……古代エルフ語で書かれた文献で、魔法回路の発熱に関する記述があったのを思い出しまして、気になるかと思ったのですが――」 「借り受けることはできないのか?」 「嫌ですね。特に貴方に渡すのは」  タールマンの言葉に、クラウスは奥歯を噛み締めた。歯ぎしりはせずとも、心に横たわるように暗雲がかかり始める。――よりにもよって何故このタイミングでタールマンからそんな話が出てくるのか。あの話をどこかで聞いていたのではないかと勘繰ってしまう。 「古代語と古代エルフ語はまた少し違いますからね。レイ君一人では荷が重いでしょう。……貴方がいないレーヴェンシュタイン家に私が行くのと、どちらがいいんです?」  選択肢のないも同然の問いかけに、クラウスは不機嫌を押し殺して「連れてくる」と答えた。  レイは手の中にある依頼書の束に一度目を落としてから、ラーディーンへ手渡した。苦笑しながら依頼書の束を受け取ったラーディーンが依頼内容に目を通しながら、面白そうに口を開いた。 「熱烈な歓迎具合だったじゃないか」 「こんなモテ方は想定外だよ」  レイはげんなりとしながら座席の背もたれに肘をつき、やれやれと首を振った。こんなところにも、魔法薬士の人手不足が影響していると思ってもみなかった。  冒険者ギルドに着いて早々、受付で新規登録申請書に必要事項を記入して提出すると、受付嬢がぱっと顔を輝かせた。訳が分からずラーディーンと顔を見合わせていると、待っていた人の順番を抜かして実力試験が開始となった。理由は、魔法薬士は試験内容の幅が広いため時間がかかるからだと、順番を飛ばされた人へ説明しているのが漏れ聞こえ、貴族だからという理由じゃなかったことにも驚いた。建前なのかもしれないが。  実力試験のうち品質鑑定では、ラーディーンから聞いていた薬草だけでも五種類あり、それ以外に鉱物を三種類鑑定させられた。火魔法の初級攻撃用魔法薬に使う素材は、時間が惜しまれるためか、あとは調合するだけという段階まで測られたものが用意されていたが、レイは鉱物の砕き方が荒いからと、乳鉢と乳棒を出してもらい自ら砕き直した。その様子を見ながら、ラーディーンがぼそりと「楽しんでないか?」と呟いたのを、レイは聞き逃さなかった。――正直、楽しんでいた。  攻撃用魔法薬の調合は、魔法薬士免許試験の攻撃用魔法薬の実力試験で出題される量の倍量であったが、レイにとってはバレット型の薬瓶四本程度の量は、中級攻撃用魔法薬でもよく作っていた量で大した問題ではなかった。調合した魔法薬を、浮遊魔法でそのまま四つとも投擲しようとしたところ、「二つにして!」と試験官に待ったをかけられた時は、思わず「なんで!?」と聞き返してしまった。ちょうどギルドに卸されていた火属性の初級攻撃用魔法薬が在庫切れだったらしく、買取したいと申し出られ、これは買い取るつもりで試験に組み込んだな、と呆れつつも、渋々渡して技術料だけ受け取った。魔法薬を投擲し、綺麗に炎上した的へラーディーンが水魔法で消火を施した。ついでのように、さらりと中級結界魔法を五分ほど行使して、ラーディーンも問題なく冒険者として登録された。  問題はその後だった。ラーディーンは隣のブースで問題なく登録証の交付を受けたのに、合格と言い渡されたレイの分をなかなか交付してもらえなかった。そして、あろうことか受付嬢と上役と思われる人がカウンターの向こうから頭を下げ、懇願してきたのだ。 「お願いです。この依頼をこなしてもらえないでしょうか」  そう言ってふぁさりと軽い音を立てながら目の前に置かれた依頼書の束を見て、レイは固まった。レイが噂の『未来のレーヴェンシュタイン公爵配』というのは申請書でもちろん露見しており、魔法薬士としてレーヴェンシュタイン公爵家の後継者を治療していたということも含めて、腕は確かだろうと思われているようだ。依頼を見るに、中級攻撃用魔法薬の納品と素材の採集のようだが、この素材採集が面倒だった。ありふれた薬草ではあったが、A級品質指定が入っており、解析魔法を使える魔法薬士でないと達成困難な依頼であった。  立場上採集に行くのは難しく、他を当たってほしいことを伝えても、冒険者の魔法薬士不足により長く着手されていない依頼であると泣かれてしまった。こうなると、貴族としてのノブレスオブリージュの精神からして、やらざるを得なくなってくる。折衷案として、他の冒険者が採集してきたものに解析魔法をかけてA級品を選り分けるだけなら可能だと了承し、依頼を分けることになった。そして、今後は魔法薬士協会に依頼するように掛け合った結果、やっと登録証の交付をしてもらえたのだ。  馬車が石畳を走る音を聞きながら、ラーディーンが依頼書を流し読みしているのをレイは見ていた。羨ましい。何故馬車酔いせずに書類を見ることができるのだろうか。これがレーヴェンシュタイン公爵領を支えた男が身に着けたスキルなのかと思うと、目頭が熱くなってくる。 「帰りがすっかり遅くなってしまった」  馬車の窓に掛けられたカーテンの隙間から差し込む西日を見ながら、レイはそう呟いた。それでも、クラウスが帰ってくるのはもっと遅いだろう。今日からラーディーンもいるのだから、早く帰ってきて、兄弟二人で、久しぶりにテーブルを囲めたらいいのに、とレイは胸中で呟いた。

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