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第73話 性分

「その髪と瞳……お前、ルミアの孫か」  適当に見繕ってきた木箱とガラス瓶に洗浄魔法をかけたところで、ケリーが声をかけてきた。ゴミ捨て場から持ってきた木箱は全部で四つ。台にもなるし、椅子にもなる。横着したのか解体されずに捨てられており、大変有難い限りだ。こういった木箱がそのまま捨てられるということは、表通りの住民は薪が確保されているか、コンロが既にある家が多いのだろう。そういった意味では、表通りは治安が良さそうだ。――金回りがいいところは、どこも心も豊かだから。 「はい」  レイが端的に答えると、ケリーはじっとレイの顔を見始める。何を観察されているのかも分からず、レイは居心地悪くケリーの茶色の瞳を見つめ返した。 「……なんつーか、魔法使いらしくねぇな。何がどう違うか分かんねぇけど」  ケリーが何を以ってそう言ったのかは分からなかったが、レイは肩を落として力なく息を吐いた。  魔法使いと魔術師の違いは、正直見た目で判断できることではない。魔力に触れたところで、正直『勘』以外の何物でもない。一般的に魔力量が多い者は魔術師であることが多いので、その指標として使われることもあるが、レイのように魔力量があっても魔力回路に欠陥があるために魔術師にはなれない者もいるし、才能という点においても魔術師という壁は分厚い。 「『伝説の魔術師』の孫でも、ただの魔法使いで――」 「卑下するな。俺ぁ褒めてんだよ」  ケリーが何を言いたいのかさっぱり分からず、レイは怪訝な表情を浮かべた。ケリーは言葉を選ぶように後頭部をガシガシと強く掻いてから続ける。 「魔術師じゃねぇってのは分かる。だが、魔法使いとも言い難ぇ。ちょうど、狭間って感じだな」 「……勘ですか?」  自嘲気味に笑いながらそう言うと、ケリーは真顔で答えた。 「勘だ。でも、俺のこういう勘は外れたことがねぇ。相手の力量を推し量る勘ってのは大事だ。だから生きてこられたと言ってもおかしくねぇ」  自信満々に語るケリーの言葉に、レイは一度視線を下げた。同時に、貼り付けた笑みの口角が自然と下がる。攻撃魔法では初級魔法しか使うことができない自分に、魔術師との狭間と称されるだけの価値をどうしても見いだせない。同じ魔法使いであるラーディーンですら中級結界を張れるというのに、レイはそれすらリミッター解除薬を使わないと行使することはできない。 「過分な評価を受けるのは、荷が重いな」  独りごちるようにそう言うと、レイは立ち上がった。 「コリントが来るのはどれくらいになる?」 「夕飯時には来ると思う」 「分かった。なら、俺は少し出る。部外者に聞かれたくない話は、今のうちに済ませておいてくれると助かる」  そう言って部屋を出ようとすると、手首を掴まれた。振り返ってみると、厳しい目でレイを見つめるクラウスがいた。心配を滲ませる藍色の瞳に、レイは肩をすくめてみせる。 「こちらの音は聞こえるだろう? そちらの音は、こちらには漏れないようにしておいてくれ」  心配させないように笑顔を浮かべるが、クラウスの表情は晴れなかった。それでも、こちらの意思を尊重して手を離してくれたクラウスに微笑むと、レイはそのまま外へ出た。ドアを閉めて、肺いっぱいに空気を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。  近隣住人の家から食事の用意をしているような香りが周囲に漂っている。こういった家庭的な空気を、レイは異国の地で久々に味わっていた。リャンディン・タウンで感じた夜の飲み屋街とはまた違う、庶民的であたたかな空気に少し感傷的になる。――魔術師のなりそこないという言葉よりも、肯定的な言い方をされたのは初めてだった。だからこそ、自身の劣等感がより刺激されてしまったのだろう。特に、環境が整わないせいとはいえ、最近は自身の研究も思うように進んでいない現状も上乗せされている。自身の生きる目的すら、最近は身に余る幸せのせいで薄らいでいってしまっているように感じていたのを、見て見ぬふりしていたツケが回ってきている。  レイはあたたかい空気が漂う場所から目を背けるように、ドアからそっと離れ、あてもなく歩き出した。  閉められたドアを見つめながら、ケリーが自身の小型通信魔法機器についた小さなダイアルをカチカチと回し、音声が入らないようにしてから、呟くように言った。 「触れられたくねぇことだった……ってことだよな? こういうところが、俺の良くねぇとこだな」  クラウスはそれを聞きながら、自身の通信機器のダイアルも回して耳に付けた。  レイの事情を知らない人にしてみれば、洗練された魔力の質と量を持っているが故に、何とも不思議な印象を受けてしまうのは分からなくもない。諜報部の中でも人当たりが良く、豪快に笑い、懐にすんなり入っていく性格の持ち主が、素直に反省している姿を見ると、コミュニケーション能力の長けた人でも間違いを犯すのかと不思議に思えてしまう。 「時間が惜しい。状況は?」  クラウスがそう言うと、ケリーは肩をすくめて答え始めた。 「コリントと俺は平民街で情報収集。マディとサマンサはフォーリォル侯爵家に入り込んでる。お前の母親の実家だよ」  ケリーの一言に、クラウスは一瞬眉を顰め、レイがこの場にいなくてよかったと心底思った。  クラウスは、レイにレーヴェンシュタイン公爵家を案内した日のことを思い出した。母の部屋で膝をつき、誰に言われるでもなく追悼の祈りを捧げてくれた恋人の姿が脳裏に蘇る。  亡き母・リーンは、売国奴だ。内密に処理されたとはいえ、国を支える諜報部員は、全員その事実を知っている。それを知ってもなお、寄り添ってくれた彼を、フォーリォル家(母方の実家)に関わらせたくない気持ちが強かった。 「俺の怪我は、マディと接触した矢先の話だ。フォーリォル家のセキュリティを搔い潜って出てくるのは容易じゃねぇが、あそこで小型通信魔法機器を使用するのもリスキーすぎる。西のエリアで夜中に情報交換をして、その帰りだ。追跡者を振り切ろうと隠密魔法と身体能力強化魔法で屋根伝いに逃げてた時に、急に魔力が不安定になってな。屋根から落っこちた」 「目撃されている可能性は?」 「おそらくない、としか言えねぇな。時間も時間だったし、振り切って油断してた時だ。……受け身を取り損ねるなんて、年は食いたくねぇなぁ」  盛大にため息を吐いて折れた足を持ち上げるケリーを、クラウスは一瞥するだけに留めた。  魔力の扱いが長けた者は、老化が遅い。それは、魔力が洗練されることによる副次的な恩恵のようなものだ。純血のエルフが人間の十倍ほどの寿命を持つのは、そのためだとされている。だが近年では、統計的に人間の寿命は延びる傾向にあり、エルフの寿命は短くなっているらしい。おそらく、エルフの暮らしに人間の技術力が加わることによって、昔ほど魔法を行使しなくなり、魔力が衰えたせいではないかと言われている。逆に人間の寿命が長くなったのは、単純に昔と比べて生活が豊かになったことにある。――諜報部の中でも卓越した魔術師であるケリーが、クラウスより十年長く生きている程度で老いを感じるとは、到底思えない。  茶化すように話していたケリーが、スッと真面目な表情を浮かべた。 「フォーリォル侯爵家は、表向きは医療魔法家系だが、きな臭い研究に投資している可能性が出てきたらしい。まだその研究がどんなものなのかは把握できちゃいねぇが、“人体実験”が絡んでるんじゃねぇかとマディは見ているようだ」  クラウスは表通りに面した壁に背を預けて、ケリーの話を聞いていた。人体実験ということは、公的に認められた治験などではなく、違法なものなのだろう。 「根拠は?」 「フォーリォル侯爵家が融資していた魔法使いや魔術師が、ここ数年で何人も姿を消している」 「魔術師もか」  ザルハディア王国の魔術師は、肩身の狭い思いをしているのは確かだ。そのため、事業を起こそうとしても迫害され、研究費を賄うことが難しい。パトロンが付いたとしても、研究結果が魔法使いに横取りされることもあるという。しかしながら、魔術師が魔法使いの手に落ちるというのは、罠に掛けられでもしない限り難しい。ましてや、フォーリォル家に関わって人が消えるなんてことがまかり通っているならば、それなりに噂になっていてもおかしくない。それでも魔術師が罠にかかるほど自衛ができないというのは、どうにも得心がいかなかった。  不意に、レイの声が左耳に付けている小型通信魔法機器から流れてきた。「あのボールは、直してもいいものか?」――どうやら、誰かに声をかけているらしい。小さく子供の声も聞こえてくる。お節介にも近所の子供の世話をしているようだ。 「フォーリォル家が投資しているというのは、金銭面だけか? それとも、フォーリォル家の誰かも人的投入されているのか?」  クラウスの質問に、ケリーが肩を丸めた。 「お前の従姉妹にあたる、カーレンという娘を知っているか?」 「名前だけは知っている」  そう答えると、ケリーは「あー」と声を上げながら額に手を当てた。 「燃えるような赤い髪の女で、顔も悪くない。……くそ、俺が投影魔法が使えりゃ、情報共有しやすいんだが」  ケリーの手がびくりと跳ねる。魔力を練り上げようとして体に痛みが走ったのか、舌打ちしながら力なくベッドに手を下ろした。 「魔力の呪いを侮るな。物も食べられなくなる」  クラウスの言葉に、ケリーが口角を片方だけ上げて笑った。 「……お前も、呪われてたんだってな。今のは経験上の話か?」 「そうだ」 「こりゃ、先輩の言うことは聞いとかにゃな」  臆面も見せず答えると、乾いた笑みを浮かべながらケリーが自嘲気味にそう返してきた。  左耳に流れるレイの声が集中力を乱す。ケリーもそれを分かってか、話の続きをしようとしない。――レイが声をかけた子供たちの中に、体調不良者がいるようだ。レイの声が少し緊張感を帯びている。 「大丈夫か?」  ケリーが心配して声をかけてくるが、クラウスはレイの声を聞きながらも静かに頷いて、ケリーに話の続きを促した。ケリーは一度片眉を跳ね上げたが、促されるまま話を続けた。 「カーレンは、お前の母親の妹の子だ。魔法薬士をしているが、そんなに特筆してすごい成果を出しているってわけじゃあねぇ。勤勉で、性格は内気。熱心に研究をしているようだが、どんな研究をしているのかは探ってもさっぱり出てこねぇ。婚約者ならなんか知ってるかと思いきや、もう何年も前に婚約が破棄されていた。表向きは婚約者からも捨てられたってことになってるが、実はカーレンの方から破棄を申し出たって話だ」  クラウスは、レイの声に集中しながらも、ケリーの言葉を分析していた。母の妹の子ならば、恐らく自分よりも五歳は下になるだろう。それでも何年も前に婚約を破棄するとなると、周囲の反対も強かっただろう。  ケリーもクラウスの様子を見ながら、話を続けた。 「蛇足になるが、その元婚約者も魔法薬士だ。結構やんちゃな奴だったらしくてな。いい噂は全く聞かねぇ。カーレンも暴力に怯えてたらしいしな。だが、数年前に魔法薬の学会に参加してたオルディアス王国から来てた学生が助けに入って、その元婚約者に殴られたらしい。その被害者の学生が、“問題にしない代わりに、彼女の自由意思を尊重しろ”って条件を出したってんで、カーレンは婚約破棄を申し出たってわけ。聞いた時にゃ、オルディアスにも体張って女を守れる男前がいるもんだなって、なんだか誇らしかったぜ」  意気揚々と話すケリーの話は、本当に足しになるような情報はなかった。その一文を聞き流しながら、クラウスは通信魔法機器から流れるレイの会話を聞いていた。どうやら体調不良の子供を送り届ける算段を立てているらしい。クラウスは流石に手伝いに行った方がいいと判断して、背を預けていた壁から体を離した。 「ま、カーレンが人的投入されている可能性があるってことぐらいだな。そこから探りたいところではあるが、ガードが固すぎて進展がねぇ。その話を聞いた後に追跡者が来たんだ。もしかしたらマディもサマンサもちょっと危ねぇ橋渡ってるかもしれねぇ。王弟陛下であらせられたケイデン様を経由してじゃないと、オルディアス王国にある本部と連絡も取れねぇ上、ケイデン様も立場上頻繁に連絡が取れるわけでもねぇ。今どういう方向で動くことになっている?」  ケリーの言葉に、クラウスはドアに向かって歩いていた足を止めた。振り返って、真剣な表情で聞いてくるケリーに向かってきっぱりと言い放つ。 「続行不能。情報が漏れている可能性あり。撤退」 「……妥当な線だな。マディとサマンサが心配だ」  そうこうしている間に、体調不良の子の家はどうやら近かったらしく、レイは子供を家まで送り届けた上、その父親の体調も診始めているようだった。ここまでくれば、もう手助けは必要ないかもしれない。 「お前の婚約者、お節介が過ぎねぇか?」  ケリーの一言に、クラウスは無表情のまま一言呟くように言った。 「そういう性分なんだ。だからこそ、私は今生きている」  その言葉に、ケリーは一度目を丸くしてから、朗らかな笑みを浮かべた。 「なら、大事にしてやらにゃならんな」  言われるまでもない。そう応えようとした瞬間、小型通信魔法機器から、子供の家を出たのだろうレイの緊張感のある声が響いた。 「――クラウス。これは思ったよりも、深刻な状況にあるかもしれないぞ」

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