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第76話 心を固める

「承服しかねる」  いち早く反応したのは、クラウスだった。その発言にケリーとコリントは目を丸くし、レイはため息を吐いた。三人からじっと見つめられても、クラウスの態度は変わらない。真剣な瞳がレイを射抜いていた。 「君を危険に晒せない」 「俺ができることなんて、呪われているかどうか判別するぐらいだ。別に現地に行ってどうこうするってわけじゃない。……そうだろう?」  レイがケリーを見ると、ケリーの目が逸らされる。その反応に、むしろレイが「は?」と声を上げた。 「いや、だってよ……俺の足、こんなんだし?」  そう言って折れた足をひょいと軽く持ち上げるケリーを、レイは目を細めて見つめた。そっと足を下ろした後も、ケリーの言い訳は続く。 「呪いの範囲がどれくらいか、ずっとなのか、時間帯によるものなのか……不確定要素が多すぎる。それすら分かるとしたら、お前さんの体質以外ねぇじゃねぇか」  いけしゃあしゃあと言ってのけるケリーに、レイはため息を吐いた。 「それは無理だ。俺は日中、教授に付いていなくてはいけない」 「私はその護衛として雇われている関係上、昼は動けない」  レイとクラウスが続けてそう言うと、今度はケリーが肩をすくめた。 「教授? 教授っていうのは?」  その言葉に、こちらの事情を全く話していないことに気付いたレイは、咳払いをしてから話し始めた。 「共に魔法薬学集会シーズンへ参加している恩師だ。俺は、その鞄持ちとして参加させてもらっている立場で、日中は教授から離れることができない」 「レイはザルハディア王国への渡航が禁止されている中で、唯一入国が許された人物だ。諜報部がしたレイへの依頼も、私をザルハディア王国へ連れてくることまでで、こちらの都合でこれ以上巻き込むのは道理が合わない」  レイとクラウスの話を聞きながら、ケリーとコリントが顔を見合わせた。コリントが眉根を寄せながら首を傾げる。 「……一介の鞄持ちが、唯一入国を許されるって、どういうこと?」  当然と言えば当然の質問だが、むしろレイとしてもどうしてそうなったのか理解できていなかった。事情を知っているクラウスの顔を見てから、レイは眼鏡のズレを直しつつ、どう言えば伝わるか思案した。 「ザルハディア王国には、俺の命の恩人とも言える先生がいらっしゃって、その人からのご厚意で……としか言えない」  レイの答えに、ケリーが呆れ顔で「おいおい」とため息を吐いた。 「国レベルで渡航が禁止されているにも関わらず、そこを曲げれるほどの大物と繋がってるってことじゃねぇか! いったい誰だ?」  レイは答えるか迷った。利用するつもりなら、正直名前を出したくない。ただ、確かに呪いを専門として魔法薬の開発に取り組んでいるあの人なら、何かこの状況を知っているかもしれない。それは諜報部の、敷いてはクラウスの役に立つことにもなるかもしれない。逡巡して、レイは深くため息を吐いた。 「――タイアーニ・ベイストン先生だ」  名前を出した瞬間、ケリーとコリントの表情が曇った。 「……タイアーニ」 「ベイストン……」  交互にそう呟いて、二人は押し黙った。今度はレイが訳が分からず、交互に二人の顔を見る番となった。しばらくの間、場を支配していた沈黙を破ったのは、クラウスだった。 「……何かあるのか」  問い質す言葉に、ケリーはコリントへ視線を向けた。コリントがレイの顔をちらりと視界に入れた後、言いづらそうに口火を切った。 「……カーレンの師にあたる人だ」  レイがいる手前、何かが隠されたことだけは分かった。何を隠しているのか分からなかったが、レイは眉を顰めて即座に口を挟んだ。 「カーレン? まさか、カーレン・フォーリォルか?」  レイの発した一言は、三人の視線をレイに釘付けにした。その反応に、レイは思わずたじろぐ。訳が分からず、「え?」と三人の顔を順に見た。 「何故知っている?」  クラウスの声が僅かに緊張感を孕んでおり、レイはそれに一瞬気圧されながらも、言葉を紡ぐ。 「数年前、ひょんなことで出会った。それに、さっきマディとサマンサが潜入していると言っていたのが、フォーリォル家と言っていただろう? だが、数年前の時点では、彼女はベイストン先生に師事していなかったはず――」 「ちょ、ちょっと待ってくれ!」  レイの言葉尻を奪うように、ケリーが興奮気味に割り込んだ。きょとんとした顔でケリーを見つめると、ケリーの目は期待に満ちて輝いているのが見えた。 「数年前ってこたぁ……お前さんか! カーレンの婚約破棄の立役者は!」  ケリーの言い方に、レイは自身の顔に熱が上がってくるのが分かった。口元を押さえ、羞恥に燃える頬を隠しながら訂正した。 「そんな大層なことはしていない! 恥ずかしいったらないことを、蒸し返さないでくれ!」  レイはクラウスの視線を気にしながらも、そちらに顔を向けることができなかった。カーレンを殴ろうとしていた婚約者を止めに入って殴られた挙句、問題にされたくなかったら言うことを聞けと脅し返すという、なんとも格好悪い黒歴史など、恋人に知られるには慙死(ざんし)しても余りある。  にやつくケリーの顔を睨めつけていると、コリントが平然とした態度で話を戻した。 「フォーリォル家がベイストンへ融資をし始めたのも、カーレンの婚約破棄のあとだ。おそらく、そういった関係もあるんだろうね」  コリントの推測に、レイは心を落ち着かせてから、腑に落ちない部分を探った。彼女の研究分野とベイストン先生の研究分野は似ているようで完全に相反する。そんな二人が、家がパトロンだからというだけの理由で、共に学びを深めるようなことをするだろうか。 「レイ。ベイストン氏に会うのは、いつだ?」  クラウスの問いに、レイは思考を止めて彼の方を見た。 「六日後だ。継智の塔でお会いして、その後、共にお茶をすることになっている」  本当は食事でも、と誘われていたが、ベイストン先生は魔術師であるため外食はほぼされない。流石にベイストン先生の家で食事を振る舞われるのは、テロの犯行声明が出ていることもあり、申し訳ないと丁重に断った。本当は、食事マナーに自信が無いので極力避けたかったのというのは、言うまでもない。 「二週間後にお前らに混ざって帰国するとなると、六日間もロスできねぇ」  焦りを隠さないケリーに、レイは眉を寄せて聞いた。 「そもそも部外者の俺が詳しい話を聞くわけにもいかないのは充分承知しているが……フォーリォル家を探っている理由は、カーレンなのか?」  まるで時が止まったかのように、空気が凍り付いた。どうやら、ここから先は話せないということらしい。レイはどうしたものかと俯いて、眼鏡を押さえた。 「……私の」  突然口を開いたクラウスに、レイの視線が向く。その表情は対外的に見せている鉄仮面を纏ったままだったが、藍色の瞳が少し揺れたのが見えた。 「私の、母の実家だ」  返ってきた答えに、レイは静かに息を止めて、吐き出した。ザルハディア王国の呪いの浄化薬大量輸入についての話だけかと思っていたが、全て合点がいった。――諜報部は、クラウスの母親が何を探り、何のためにレーヴェンシュタイン公爵を害そうとしたのかを確認するために、派遣されたのだということを。  結局、全ての事情をすっかり聞いたレイは、ベイストン先生に会うまでの六日間で、なんとかカーレンと接触し、呪いを受けているかどうかを探ってほしいと依頼を受けた。もし呪われているのであれば、それを理由に、脅してでもマディとサマンサを手助けするよう仕向けろ、とも――。  レイとクラウスは、平民居住区から抜けたところで、馬車を調達した。レイたちが滞在する予定のペリスコット公爵家のタウンハウスへ移動する際も、互いに終始無言だった。ペリスコット公爵家は北にある行政区の端にある。平民居住区よりも道がきちんと整備されており、馬車が奏でる車輪の音はとても静かだったが、沈黙が落ちた車内では、それすらもやけに響いていた。  自分の知り合いを疑うような行為は、精神的に疲弊する。こういうことを、諜報部は当然のように続けてきたのかと思うと、どうにも煮え切らない気持ちになった。  目的地へ到着する頃合いを見計らうように、斜め向かいに座っていたクラウスがレイの隣の席に移動してきた。突然の行動に、レイの視線がクラウスへ向く。不意に落ちてきた唇に、レイは戸惑いながらもそれを受け入れた。 「……なんで?」  短く繰り返されるキスの合間を縫うように、レイはそう問いかけた。徐々に深くなるキスに、質問に答えろ、という意思をもって一度頭を引くと、それすらも問題ではないかのように、引いた分の距離を詰めて深い口付けを贈られる。そっと背に回った手の広さに体を震わせると、鼻から吐息が漏れた。唇が名残惜しそうに離れて、レイは藍色の瞳を覗き込んだ。艶やかな色の瞳とクラウスの魔力の香りが、まるで心に寄り添おうとしているようで見入ってしまう。 「理由は、二つ」  静かに語られるクラウスの低音が、車輪の音を上書きするように鼓膜を震わせる。 「一つ目は、我々はデートという名目で外出した。それなのに、浮かない表情の恋人と共に帰るわけにはいかない」  淡々とした口調で語られる内容を、レイはそのまま冷静に咀嚼した。そんなに自分の表情は暗かっただろうか。もしそうだったなら、確かに納得ではある。諜報部として、そういったところまで気を回さねばならない恋人に、少々同情してしまう。 「二つ目は、君を少しでも安心させたくて……」  クラウスの声が、少しだけ甘さを帯びた。諜報部としてではなく、こちらは恋人としての言葉なのがよく分かった。 「諜報部に所属しているわけでもないレイに、余計な重荷を背負わせてしまった。不甲斐ない自分に反吐が出る……だが、きっとレイは聞いてしまった以上、全力で取り組んでしまうんだろう? だから、私が付いているということを、ちゃんと認識してほしかった。――安心してほしい、必ず君は守るから」  静かに抱き寄せられ、クラウスの体温がじんわりと伝わってくる。それに追随するように、彼の魔力がレイの周りを包み込んできた。レイはゆっくり息を吐いた。自然と体の緊張が解れていく。 「……クラウス。君が傷つくようなことも、俺は望んでいないということは――」 「もちろん、承知している」  レイの問いかけに、クラウスが即答した。頼もしい返答に、レイは思わず笑みをこぼした。 「無事にオルディアスへ帰ろう。皆で」  レイのその言葉を待っていたかのように、クラウスは頷いた。馬車が停車するまでの僅かな時間を、二人は肩を寄せ合い過ごした。明日から緊張感のある忙しい日が続く。せめて今夜だけでも、心休まる時間を過ごしたい。――隣にいる恋人と。

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