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第85話 余計な事

 拘束するにもロープはなく、クラウスの得意分野である魔力による拘束をするとなると、魔術師であることをわざわざ教えることになる。水牢魔法を使ってもよいが、今日のような寒い日に水牢魔法で長時間拘束するとなると、肺炎を起こしかねない。  仕方なく、クラウスは一番分厚いジャケットを着ていた男のシャツを脱がせ、先ほど奪ったナイフで割いてひも状にすると、そのまま男たちの手足を縛り上げた。もちろん、途中抵抗を見せた者は、クラウスの容赦のない蹴りが鳩尾に食い込んだ。手伝おうかと声をかけても、もちろんクラウスは首を縦には振らない。  寒空の下、冷たい地面に並べられるように座らされている男たちは、“返り討ちにあった”というのが非常に分かりやすく顔にケガを負っており、見ていて可哀想に思えるほどだ。 「寒い」  マルキオン教授が、震えながらぼそりと呟いた。レイは一瞬、男たちを見ていて寒くなったのかと思ったが、マルキオン教授の表情が凍り始めており、これは単純に限界に達したのだと察した。 「教授、結界張っていいですよ」 「ん」  レイの言葉に短く答えて、マルキオン教授は襲撃してきた男達も含めて結界を張った。むしろ先ほどの襲撃時にも張ってくれればよかったのにと思わなくもなかったが、それでは確かにクラウスの立つ瀬がないか、と思い直した。  朝、行使したものと同じ空調魔法を結界の中にかけると、マルキオン教授の表情が一気に和らいだ。 「ご自分でかければいいのに」 「疲れるじゃん。同時に行使するの」  平然とそう言ってのけるマルキオン教授を横目に、魔術師のくせに何を言っているのやらと思いながら、クラウスの隣にそっと立つ。 「尋問は?」 「あまり派手にやると過剰防衛になりかねないが、するか?」  その言葉が聞こえたのだろう、男達の顔に余裕の表情が見え始める。レイはそれを気にせず小首を傾げて見せた。 「派手にしなければいいんだろう? 記憶を遡って見ればいい。宣誓魔法の行使が無いかどうかだけ、ひん剥いて調べる必要があるが」 「……この寒空の下、全裸にするのか?」  クラウスがそう言うと、今度はゾッとした顔でびくりと体を震わせた男達が縋るような視線をレイに向ける。それに気付きながらも、敢えて視線はそちらに向けず、レイは片眉を跳ね上げながらクラウスに言った。 「慈悲とかいるか? 警備が到着するまでの間に風邪をひかない事だけを祈ってもらおう」  ヒッと小さく声を上げる男が、止めてほしいと謂わんばかりにクラウスを見上げる。それを無視しながら、クラウスは眉を顰めた。 「社会的な死もありそうだが」 「小金欲しさに他人を襲うような連中に、尊厳も何もなさそうだけどなぁ」 「そんなものか」  クラウスが納得したことで、男達の視線はマルキオン教授の方に向いた。最後の希望とばかりに突き刺さる視線に対し、この麗しき魔術師(ナイスミドル)は憐みの目を向けるだけで助けようとは一切しない。  レイは絶望に染まる男達を見下ろしながら、薄く笑みを浮かべた。 「で、誰からやってほしい? 俺は自主性を重んじるタイプだ。どうせ口を割ったりしないんだから、依頼人の情報なんて聞くだけ無駄だろ?」  その一言を皮切りに、男達は一斉に喚き始めた。 「話す!」 「全部言う!」 「頼むからやめてくれぇ!」  結界内に男達の慈悲を求める情けない声が響き渡った。  帰りの馬車の中で、レイは窓の向こうを流れる景色を見ながら、湿ったため息を溢した。それに気付いていながらも、同乗しているクラウスとマルキオン教授も、敢えて口には出さなかった。  薬草市場にレイ達が向かったことをどうやって知ったのかは分からない。むしろそれは、ほんの偶然の話だったのかもしれない。あの破落戸(ゴロツキ)は、カーレンの元婚約者にして現ストーカー、存在そのものが害悪なるド腐れ蛆虫短小男の仕業だった。  男達が短小男の名前を知っていたわけではないが、話す特徴から嫌な予感がした。レイが自身の記憶を投影する魔法で宙に同じような特徴の他の男も映し出してみたが、男たちの反応は芳しくなかった。諦めて短小男の顔を映し出すと、破落戸共は間違いなくコイツだと示した。  ここまでされるほど、レイはあの短小男に恨まれるようなことをしただろうか。そもそも、カーレンとの婚約破棄については、身から出た錆以上のことはない。その後、レイとクラウスに返り討ちにあった一件に関しても、元を辿れば、奴が暴言を吐いてきたことが理由だ。納得がいかない。 「ま、そうだよね」  マルキオン教授が突然そんなことを言って、レイは視線を動かした。マルキオン教授の顔が「え?」と疑問符を浮かべながらレイを見ている。 「……あれ、口に出てました?」 「出てたよ。『納得がいかない』って」 「あ、すみません」  レイは目を擦りながら、自身にしっかりしろ、と言い聞かせた。あんな奴のせいで心を乱されてたまるか。 「尾を引いてるのかもねぇ、彼の中で」  マルキオン教授が足を組みなおしながら、そんなことを言うので、レイは怪訝な顔でマルキオン教授を見据えた。 「何故です? 少なくとも昨日の一件は、あっちが喧嘩を吹っ掛けてきたんですよ?」 「だとしても、彼の中では一発も入ってないわけだよ。逆に粘液まみれにされた挙句、背中には踏んで歩いた君の足跡がくっきり残ってた。婚約破棄の一件にしたって、君は“殴られた”って思ってるかもしれないけど、彼の中で実際に拳を振るいたかった相手はカーレン嬢な訳でしょう? やりたかったことは阻止されて、婚約破棄までさせられた。鬱憤はたまるよね」  そう言われると、確かに筋は通っている。だから納得できるかと言われるとそうではないが。どこまで行っても自業自得ではないか。  マルキオン教授は温かい馬車の中で欠伸をかみ殺しながら、尚も続ける。 「今日のならず者達の件だって、結果としてみれば失敗に終わってるわけだし。依頼をしたっていう事実が明るみに出るかは分からないけど、相手がどうとらえるかなぁ」  伸びをした後、この話題に興味を失ったのか「ちょっと寝る」と言うと、マルキオン教授は腕を組みながら頭を垂れ始めてしまった。教授のこういう貴族らしからぬ気ままなところをレイは気に入っていたが、問題提起だけして放っておかれるのは釈然としない。  レイは再び窓の外へ視線を移した。夕焼けに照らされる建物を見ながら、昨日の一件を振り返る。マルキオン教授の指摘をそのまま受け入れるなら、奴が昨日こちらに喧嘩を吹っ掛けてきた理由はただの腹いせだ。であるなら、やはりレイは昨日、相手の溜飲が下がる程度までは、うまく負けてやるべきだったのかもしれない。 「……やっぱり、殴られておくべきだったか」 「レイ」  ぼそりと呟いた言葉に、鋭く諫めるようにクラウスの声が飛んできた。その声色に一瞬体が震え、窓の外から隣に座るクラウスに目を向けると、細い藍色の瞳は鋭さを増してレイを射抜かんとしていた。心配と呆れと「まさか本気ではないな?」という脅しの視線。  レイは肩をすくめて、再度窓の外へ視線を向けようとした。しかし、光の速さでレイの顎は広い手に捕まれ、乱暴にクラウスの方を向けられる。普段では見られないクラウスの行動に、レイは驚きを隠せなかった。  クラウスの瞳が至近距離でこちらを覗き込んでくる。レイは視線を外せず、ただそのまま怒りを秘めた藍色を見つめることしかできなかった。 「撤回を」  短くそう呟かれ、レイは一つ瞬きをしてから「撤回する」と答えた。それでもじっくりと本当か見定めるような視線は続き、レイが体勢の辛さに眉を寄せた途端、顎から手が離れた。解放されても尚残るクラウスの指の感触に、レイは自身の顎に手を添えると、先ほどまでレイの顎を掴んでいた手を見つめながら、クラウスが独り言ちた。 「万一奴の手が、レイに触れようものなら」  小さい音量なのに、クラウスから発せられる低音に、レイの魔力がびくりと震えた。 「私はあの男の手を切り落とすだろう」  先ほどまでの鋭さは無くても、クラウスの言葉と魔力に込められた本気度が窺えて、レイは再びため息を吐いた。 「冗談も言えやしない」 「冗談ではなかったのによく言う」  追撃の言葉を聞きながら、レイは再び窓の外を見た。  一番効率が良く、費用対効果もいい方法なのに。そう思う反面、クラウスがレイ自身の心配をしていることが分かって、少し心がむず痒い。そして、こうやって試すようにクラウスの好意を感じている自分に対する嫌悪感。  いつから自分はこんなふうになってしまったんだろうか。クラウスと出会う前は、あまりこんな感情に溺れることもなかったのに。そんなことを考えながらも、今と昔の自分を比べた時に、今の自分の方が好きだと思う自分がいることが、どうにもままならなかった。  タウンハウスに着くと、ブラックヘモホッグの肝臓が入った保管箱は、クラウスに奪われた。確かにここでは護衛の心配はないかもしれないが、超がつくほどの過保護っぷりに、レイはこめかみを押さえながら首を振った。  タウンハウスを管理している家令に調合をさせてもらいたいことを伝えると、二つ返事で了解を得られた。だからといって、ペリスコット公爵家の家屋に傷をつけるわけにいかないので、魔法を行使するこちらとしても緊張する。可能ならケリーのところに行って調合したいが、流石に保管箱を持って移動するのは無理がある。 「……連絡は?」  クラウスが保管箱を持ってレイが使っている部屋に入っていった。その後ろをレイが続いて入り、ドアを閉めたところでそう聞くと、クラウスはローテーブルに保管箱をそっと置きながら首を横に振った。その拍子に、クラウスの染めた横髪が揺れ、左耳に装着されている小型通信魔法機器がちらりと見えた。  明日、カーレンと会う約束をしている店を調べると言っていたコリントからの連絡がない。何も出てこなかったのか、それとも何かあったのか。少々不安になるところだが、他の仕事の合間に調べているのであれば、すぐに連絡を寄こせない状況の可能性だってある。  場所ぐらいはこちらも地図で調べることはできた。中央エリアのやや北東側、商業地区よりの店だ。タウンハウスの執事に聞くと、その店自体を知っているわけではないが、食事処が多く立ち並ぶところにあるという。治安も悪くなく、信用がものをいう商業地区と行政地区が、ちょうど目を光らせるように挟んでいる界隈で、表立って差別的な人はいない、という。  わざわざそんなところを選んだ意図は計りかねるが、こちらの同行者に魔術師がいることを加味すると、あまり差別的なところを見せないようにするための配慮かもしれない。  レイは鞄から発熱抑制剤を取り出した。久々の魔物由来の素材の取り扱いとなる。本当なら、マルキオン教授に成分の抽出を依頼すれば、簡易調合台でも難なくできるだろう。しかし、レイはそれをしようとは思わなかった。提案されたとはいえ、最善の調合をすることを決めたのはレイだ。そして、ましてや自身の婚約者の魔力へのアプローチとなる魔法薬だ。例えマルキオン教授でも、レイはその手を借りたくはなかった。――それは、恋人としての矜持なのか、魔法使いとしての本能なのか、レイの中で判断がつかなかった。  ザルハディア王国に降り立った日、パトロンに捨てられた男を助けた。その彼と話をしてみて、魔力の相性の良い相手に捨てられるという怖さを身近に感じた。誰にでも起こりうること。それは、自分達にとっても例外ではない。  万一、クラウスに自身よりも魔力の相性がいい人間が見つかってしまったら……?  胸がぎしりと軋むような感覚に襲われ、レイはよぎった考えを振り払うように頭を振った。発熱抑制剤を噛み砕きながら気を引き締め直し、調合の準備のために部屋を出る。  タウンハウスのハウスメイドから、綺麗に洗ってあるけど捨てても良いようなタオルを一枚用意してもらった。新品ではないにしろ、ほぼ未使用品のような綺麗な分厚いタオルを渡され、レイは「最終的に焼却処分しますけど、いいんですか!?」と驚愕して問いかけた。その反応にハウスメイドはにっこりと微笑んで肯定してきたものだから、レイは余計に驚きを隠せなかった。 「……金持ちはすごいなぁ」  レイは、レーヴェンシュタイン公爵家のハウスメイドに同じことを聞いても、きっと同じような品を出されるんだろうなと考え、自身の貧乏性が少し嫌になった。

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