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第87.5話 我慢比べ ※
自身の叫び声が反響する範囲が突然狭くなったのを、レイは沸騰した頭で感じ取っていた。一瞬の間にレイとクラウスの足元を四角く囲むように赤く光る線が浮かび上がっており、クラウスの手の中にある『結界のない防音機構装置 』の効果範囲を示すものだということは一目で分かった。
地団駄を踏む自分を見下ろすクラウスの瞳が嬉しそうなのが腹立たしい。いったい自分が何をしたというのだ。何故こんな辱めを受けなければならないのか。また、雰囲気 を大事にしている目の前の美形が、今回の暴挙に出てしまう程のことがきっとあったのだろうが、そのきっかけを自分が見逃していることにも悔しさを感じていた。――顔がいいのが余計に腹立たしい。
クラウスが暴れ回ろうとするレイの背に腕を回し、固い抱擁で動きを封じると、レイは完全に身動きが取れなくなった。
「ぅわっ!」
そのまま荷物を持ち上げるかのように肩に担がれ、ベッドにそっと静かに降ろされた。強引なくせに、こういうところだけやけに優しく扱うところも、こちらの神経を逆なでする。
ばしばしとクラウスの肩を叩いても、それすら楽しそうに笑って受けるクラウス。その手を取り、ベッドに押さえつけて艶やかな藍色の瞳で見下ろされてしまう。
「君がこうやって照れ隠しに攻撃してきた回数は過去八回。その中で一番多い攻撃箇所が腹、その次が肩。その次が足と手。……一度、頭を足で挟もうとしてきたことはあったが、あれは攻撃性が高いわけではなかったな」
いきなり何を言い始めるのかと思っていると、押さえつけていたレイの右手をそっと持ち上げ、自身の頬へ導き始める。
「……距離が近い分、顔への攻撃が一番楽なはずだが……しない理由は?」
突然の問いに、レイは何度も瞬きを繰り返しながらクラウスの整った顔を見つめた。理由など聞かれても分からない。確かにこうやって手が伸ばせる分、危害を加えようと思ったらここが一番楽なはずだ。一方で確実に防がれてしまうだろう。それが分かっているからだろうか。
「レイ、私の魔力と私の顔、どちらが好きなんだ?」
そっと下りてきた唇が耳元で囁く。その瞬間、濃いクラウスの魔力がレイを一気に包み込んだ。全身をどっぷり浸され、跳ね上がる体と頭が、相性の良い魔力の心地よさに痺れ始める。オーバーヒートには至らなかったものの、疲弊した魔力回路を流れるレイの魔力が、喜んでクラウスの魔力に群がっていく。
思わず熱い吐息が漏れる。わざとなのは分かっているのに、まるでクラウスの魔力に酔わされたかのように、全身の熱が上がっていくのが分かる。
「なるほど、魔力が優勢か」
そうクラウスが呟いた後、レイの首筋をそのまま唇が這う。過敏になった体が、その甘い感覚を受け入れていく。成す術なく流されるのが非常に悔しいのに、まるで期待していたかのように嬉しそうに反応する自身の魔力の節操のなさにも腹が立つ。――これでは、クラウスのことを何も言えないじゃないか!
レイは火照る体に毒つきながら、クラウスの頬に添えている手で優しく彼の頬を摘まんだ。頬の傷跡の感触が指に伝わり、レイはそのまますぐに指を離す。そんな行動にすら嬉しそうな顔をするクラウスに、目が眩みそうだった。
――とことん落ちている。改めてそう自覚すると、なんでも許してしまいそうになる己の自制心の無さに参ってしまう。
レイは頭の中で構成を整えると、そのまま素早く洗浄魔法を腹の中に行使した。本当なら、体全体にも通常の洗浄魔法を行使したかったが、結界が無い分、連続で生活魔法を行使すると何事かと思われるので、より重要な方だけに絞って行使した。
「悪いが、調合後だからな。魔物由来の素材 の臭気は結構すると思うぞ」
「風呂まで待てなかった私が悪い」
レイの眼鏡を外しながらクラウスが謝ってきて、思わず苦笑する。――この男、全く悪いと思っていない。
眼鏡をベッドサイドテーブルに置くと、レイの頭の横に手を着いて、ゆっくり唇が降りてきた。啄むような口付けを何度も角度を変えながら繰り返し、より深いものへと変わっていく。レイのベストにクラウスの指がかかり、丁寧に開かれていく。目を瞑っていても、クラウスの魔力がもどかしく揺らいでいるのが分かる。ならさっさと脱がしてしまえばいいのに、この男は自身が感じているもどかしさすら楽しんでいそうだ。
クラウスの魔力の濃さが香るたびにレイの思考は鈍くなり、体の感覚だけは鋭敏となる。求めてやまないと謂わんばかりに、自分を組み敷き口内を嘗め尽くさんとしている男の興奮が伝播する。
シャツの前が開かれると、クラウスの唇は露わになった肌を開拓するように下へ降りていく。唇よりも先行する広い左手がレイの薄い脇腹を撫で上げ、しんがりの右手が首筋をなぞる。レイの形を確かめるように全身を撫で上げながら、ゆっくりと服を脱がしていく。時間を掛けてレイだけ丸裸にしていくくせに、自分は一切脱ごうとしないクラウスに、レイは体を丸めながら鋭い眼光を向けた。――分かっている。コイツは「脱げ」と言うのを待っている。そして言ったら決まって「次はどうしてほしい?」と聞いてくるのだ。これが全部終わるまで続く。そう、全部。
「言わないからな」
先手を打ってそう言うと、クラウスは一瞬細い目を見開いた。しかし、その後すぐに何かを考えるように宙へ視線を逸らし、またレイへ視線を戻したときには、にっこりと不敵な笑みが張り付いていた。
「わかった」
短く、まるで宣告するようにそう言うと、クラウスはレイの体を隠していた腕を取って、再び乾いたシーツの上へと押しつける。背筋に嫌な汗が流れる。掌の上で転がされるのが嫌で放った一言だったが、選択を間違えた気がしてならない。
「私は今着ている服に洗浄魔法はかけない」
「……は?」
意味の分からない宣言に、レイが短く聞き返すと、クラウスは笑みを深めた。
「レイの匂いも、熱も……しっかりと染み込ませて持って帰ろう。オルディアスへ」
シミコマセテ、カエル。一瞬にして頭の中でそのフレーズが三回は反芻された。――無理だ。
「ぬ――っ!」
脱げ。その一言を遮るように、クラウスの形のいい唇がレイの口を塞ぐ。同時に何故か左腕が解放されたので、慌ててクラウスの肩を押して塞がっている口を離そうとした。
「……っ!」
クラウスの右手が、無遠慮に下腹部に触れて腰が引ける。腰を逃がそうとしても、クラウスが足の上に跨っていて動かせない。慌ててクラウスの右手を押さえようとするが、体全体で下腹部までの行く手を遮られ、文字通り手も足も出ない。
クラウスの魔力がより濃度を増して、レイ自身を昂らせていく。全身を跳ね上げながら、なんとかせりあがる快感に耐えても、クラウスの手は止まろうとしない。
「むっ……は、む、んんっ!」
右へ左へ顔を振って、なんとか抗議の声を上げようとしても、すぐに唇が塞がれる。次第に息が上がり、心臓が強く脈打ち始め、限界で涙が滲み始めた時、レイは擦り切れそうな理性を研ぎ澄まして、頭の中で魔法の構成式を整えた。
熱を吐きだす瞬間、レイは自分自身とクラウスを包み込むぐらいの大きな範囲で洗浄魔法を行使した。おそらくやりすぎなぐらいの広範囲だが、それだけこちらが本気だということを分からせるのにも、充分効果的だっただろう。
吐き出した熱がすぐさま分解されて消えていく。それが分かったのか、クラウスが驚きに満ちた表情でこちらを見下ろしていた。既に唇は解放されていたが、レイは息も絶え絶えで、クラウスを睨みつけることしかできなかった。
「……今回は私の負けだな」
呆れたようにため息を吐きながらも、何がおかしいのかくっくと喉を鳴らしながら笑い始めるクラウスを、レイはより目を細めてじっと睨みつけた。その反応に「分かった分かった」と素直にジャケットを脱ぎ始めたのを確認して、レイはやっと視線をクラウスから逸らした。
「でもよかったのか? 洗浄魔法と言えど、連発は流石に疑問を持たれるかもしれない」
クラウスの言葉に、レイは視線だけを向けて答えた。
「広範囲だったから、“何かこぼした”ぐらいには思われただろうな」
「……なるほど? それを狙っての広範囲か。よく回る頭だ」
感心するように呟き、シャツを脱ぎ終わったクラウスがレイの頭をそっと撫でた。正直意図した結果ではなかったが、そう思われるなら良しとするか。そう思った矢先だった。
「ついでに調合の臭いも取れることだしな」
クラウスの一言に、レイは再び視線を逸らした。食えない奴め。分かった上で言ったな?
視線を合わせようとしないレイの頬に、クラウスはそっとキスを落とした。機嫌を直してくれと謂わんばかりに見下ろしてくるクラウスに、レイはそのままそっぽを向き続けた。
仕方なくクラウスは、そのままレイの体を撫で続けた。頭の先から足先までゆっくりと全身にキスを降らしていく。レイの片足を持ち上げ爪先から唇を滑らせるように足の付け根まで降ろすと、やっとレイの視線がクラウスを向いた。羞恥に震えながら頬を赤らめ、顔を隠してしまう恋人を見ながら、いまだにそんな初心な反応をされると、こちらももっといじめたくなってしまうのが、当の本人には分からないらしい。
ゆっくりとレイの足を下ろして、クラウスはレイの胸を指でなぞるように撫で上げると、途端にひくつくレイの体に、自然と頬が緩む。
本当に、最初の頃と比べると反応が良くなったと思う。それに、まだ体にそこまで肉はついていないが、肌の色が健康的になった。最近では隈もないし、荒れていたわけではないが肌の感触もより滑らかになっている。
レーヴェンシュタイン公爵家で暮らすようになってから明らかに顔色は良くなっているが、もし研究室をつくったら、前のレイに戻ってしまうのではないか。その疑問が払しょくできず、レイの研究室の案件が進んでいないのも確かだった。
そっと舌先で先端を転がすと、ピンク色の先端が途端に硬く主張をし始める。小さく漏れるレイの吐息に、簡単に理性が揺れた。クラウスの左手はレイの右手とそっと繋ぎ合わせ、右手はそのままレイの下腹部へと下がる。
「なっ! 無理だ。さっきもう――」
レイが抗議の声を上げる。だが、クラウスは止まらなかった。過敏になっている先端ではなく、根元をそっと撫で上げる。それでも熱を持っているレイの芯が、頭を擡げるのにはそう時間はかからなかった。
レイの弾む吐息と体が、クラウスの右手を動かし続けた。それを見ているだけで、クラウスの体も熱くなってくる。でも、我慢だ。もっと彼を快楽の海に沈めたい。もっと自分の手で乱れた彼を見たい。
「く、ら……ッ!」
苦しそうに我慢するレイから絞り出すように自分を呼ぶ声がする。
「今日は、何回イけるかな?」
クラウスがそっと呟くと、レイが一度恨めしそうにクラウスを見て、目を瞑った。
「~~~ぁっ!」
小さく掠れた声が上がると同時に、レイの腹に熱が吐き出された。呼吸を整えようと上下するレイの薄い胸が、かわいい。こんな感情が自身の中に芽生えたのも、人生でレイが初めてだった。
クラウスはレイの上に吐き出された熱を指で掬い取ると、そのままレイの腰を持ち上げた。何をされるのか分かったのか、レイの目が切なそうにこちらを見ている。
「……こっちの方が寂しかったか?」
レイの反応に、思わず漏れてしまった声。それにレイの頬が蒸気して、またそっぽを向かれてしまった。相変わらずの負けず嫌いで、にやけてしまう。
掬い取ったレイの熱が冷めないうちに、クラウスはレイの後ろ側へ手を伸ばした。唯一肉がついていると言ってもいい双丘の間に指を滑り込ませて塗りたくる。触れるたびに眉を寄せながらこちらに視線を送ってくるレイの期待に応えるように、クラウスは指を入れ込んだ。
逃げようとする腰を追いかけて、ゆっくりと挿入する。きつくすぼまった口を解すように、そっと指を動かす。レイの体が緊張で強張るのを感じ、指はそのままに、クラウスは上半身をレイに寄せてきゅっと結ばれた唇にキスを落とした。とろりとした青緑色が静かに瞑られる。こちらのキスを受け入れながら、レイの意識が下半身にあるのがよく分かる。指を動かすたびに体がもどかしく震えて、鼻から漏れるレイの甘い声が脳を揺らす。
「レイ」
唇を離して語り掛けるようにそう言うと、レイの長い睫毛がそっと持ち上がった。
「……腰が動いている」
そっと伝えると、レイの瞼が一度完全にもちあがる。それを見た瞬間に指をわずかに動かすと、レイの腰がぴくりと跳ねた。自覚したことで、レイの顔が羞恥に歪む。
「おま、え、がっ!」
抗議の声も腰と一緒に跳ね上がり、悔しそうに唇を噛むレイに、クラウスは入れる指を一本増やした。分かりやすいぐらいにレイの体が弓なりにしなって、甘い嬌声が響く。毎度のことながら、この感度の良さが演技でないのだから困ったものだ。こんなによがるのに、彼の後ろの経験の少なさが不思議でならない。しかしながら、“調律の年”で肌を重ねた回数は聞いた者を慄かせるというのだから、もともと彼の嗜好はこちら ではなかったのだろう。
レイが好きなところを刺激してやると、それだけで高い声が飛び出す。強い刺激ではなく、指の腹で撫で上げるように擦る。それだけで美味しい反応が返ってくる。
自分の下半身が苦しい。早く繋がりたい。その欲を抑えられず、レイの可愛い反応を浴びながら、見えないように自身の昂りに手を添える。レイの喘ぐ声がクラウスの芯を熱し、自然と息が上がる。中に入れたい欲を慰めるだけの左手を、緩く動かした。
反応していた自身に刺激を与えていると、既に硬度を帯びていたものが、より頑強になったように熱くなる。息を荒げるクラウスの脳裏にふと先日の言葉が頭をよぎった。
おそらくモノの大きさの話に比喩されているのだろう、カーレンの元婚約者とレイが継智の塔の玄関ホールで言い合っていた時だ。レイの婚約者は「さぞかし大きいのだろう」と言ったあの男に対し、レイが答えた「困るぐらいには」という言葉。別段、自身のサイズが大きいと思ったことはなかったが、もしかしたらレイの体には大きいのかもしれない。
「……く、らう、す?」
掠れた声で呼ばれハッと顔を上げると、レイの涙が滲んで蕩けた視線がこちらを見ていた。指を入れたまま動かさなかったことで不思議に思ったのだろう、上半身をゆるゆると持ち上げて首を傾げてきた。
どう答えるのがいいか戸惑っていると、レイが腰を持ち上げて膝立ちになり、そのままクラウスの首に手を回して唇を重ねた。それに応えるようにクラウスが目を閉じると、レイがそっとクラウスの足の上に跨った。
驚いて目を開けても、レイの瞼はしっかりと閉じられていた。ゆっくりとレイの腰が降りていく。クラウスの先が、湿った暖かい感触に徐々に包まれていくのを感じながら、その気持ち良さに思わず呻いた。
「ん、んん……っ!」
レイが眉を寄せて吐息を漏らす。少し苦しそうに震える体が愛おしい。
「レイ、待て」
クラウスが止めても、レイの腰はそのまま動きを止めずに下がっていき、とうとう根元までレイの暖かさに包まれた。頭の芯が痺れるほどに気持ちがいい。そのまま腰を振りたくなる衝動を必死に抑えながら、何度も大きく呼吸をした。そのたびに、自身に体を預けているレイの香りが鼻孔を擽り、胸がいっぱいになる。
「ふか……く、て……いきが……っ」
耳元で囁くレイの細かい呼吸が聴覚を刺激する。ここで理性を保てている自分を褒めて欲しい。
「レ、イ……」
腰が溶けそうなほどの快楽に震えながら、クラウスはレイを抱きしめた。
「今更、なんだが」
クラウスがそのまま続けると、レイがクラウスの肩に乗せた顔を動かして頷いたのが分かった。だが、クラウスはそのあとどう続ければいいか分からなかった。
「その……困っていたのか?」
「……何が?」
レイがクラウスの首にそっと唇を寄せて、聞いてくる。何故こうもレイはいちいちこちらの理性を崩そうとしくるのだろうか。
「私の、その……大きさが……。いや、売り言葉に買い言葉で言ったのは分かるんだが」
しどろもどろになりながらそう言うと、しばらく沈黙が下りた。突然腕の中のレイが震え始めて、クラウスはレイの顔を覗こうと腕を緩めると、レイがそっと頭を擡げた。覗き見たレイの顔は、必死に込み上げる笑いをかみ殺そうとしており、さっきまで快感で滲んでいた涙とは別の涙が目に浮かんでいた。
「今更過ぎる!」
笑いながらレイが後ろに倒れ始め、慌てて追いかけるようにそのまま一緒に倒れ込んだ。ひとしきり笑ったレイが、大きく息を吐きながら、クラウスの腰に足を絡めた。
「俺、前に言っただろ。大きいって」
平然と言ってのけるレイの言葉に、首から汗が滲む。
「言っていた、が……別段比べたことなどないから」
そう言うと、レイはふーん? と片眉を跳ね上げながら面白そうに笑みを浮かべた。
「リップサービスだと思ったのか?」
「……少し」
遠慮がちにそう言うと、レイは心外だと謂わんばかりにぐっと足に力を入れてクラウスの腰を引き寄せた。抜けかけた根元がぐっとレイの中に入ると、レイは顎を上げて小さく嬌声を上げたあと、潤んだ瞳でクラウスを見上げた。
「責任、とれよ……お前じゃなきゃ、満足できない体にさせられたんだからな」
にやりと楽しそうに笑う青緑色の瞳に、全身の熱が熱く駆け回った。途端にレイの目が丸くなり、視線が下腹部へそろりと移った。
「おま、なんで……なか、おっき……」
体をひくつかせながら、レイの視線が再びクラウスの視線と交わる。
「あぁ、取るとも……だが、その前に……火をつけた責任は、取ってもらえるんだろう?」
自身でも驚くほど低く鳴った声に、レイの顔が引きつった――。
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