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第95話 後始末
身体能力強化魔法を使わない魔術師が、近接戦もあり得ないぐらい強いなどと、誰が思うだろうか。
世界の倫理観に添うように、クラウスは魔法使いには魔法を、非魔法使いにはそのフィジカルを持って対処していた。魔法使いを戦闘不能にしたあとは、まるで消化試合であるかのように破落戸たちは次々と地に伏せていく。レイに掛けられた上級結界が解かれたのは、最後に立っていたガラの悪い男が、汚い悲鳴を上げながら地面に叩きつけられた後だった。
「……結局、俺の出番はほぼなかったなぁ」
レイは、やっと檻から出してもらえたと謂わんばかりに歩み出した。クラウスが心配顔でこちらに近寄ってくるが、恐らくこの男の心配顔も、他人から見たらただの鉄仮面なのかと思うと、レイは肩を落とした。
「ケガは?」
「ない」
「痛む個所も?」
「ない。レイは?」
「おかげ様で」
互いに端的に無事を確かめ合った後、残る一人に目を向けた。カーレンの元婚約者であり、違法薬物製造者でもあるゲーヴナー伯爵令息 は、蒼い顔をしながらも、笑う膝で器用に立っていた。
「さて、ゲーヴナー伯爵令息。三点ほど聞きたいことがある」
レイが男に近付くと、もちろんクラウスが後ろをついてくる。ゲーヴナー伯爵令息は、レイとクラウスの顔に視線をちらちらと動かしながら、一歩二歩と後ろへ下がっていく。
「一つ、地下に散布されている魔法薬について、レシピの危険性を熟知した上で調合・使用に至ったのか。二つ、緩和剤の準備はもちろんできているな? まさか、それを作ることもなく、麻薬を作り出したわけではあるまいな?」
じりじりと後ろへ下がっていたゲーヴナー伯爵令息が、ずれた玄関マットに足をとられ、その場に尻もちをついた。レイは大きく足を振り上げ、広がったゲーヴナー伯爵令息の股の間に力強く足を振り下ろした。ダンッと大きな音を床が奏で、ゲーヴナー伯爵令息の膝がびくりと跳ねあがる。
「――三つ、命乞いの準備はできているか?」
そう詰め寄った瞬間だった。ゲーヴナー伯爵令息の真後ろにある店のドアが、勢いよく開いた。
「全員動くな!」
正義感あふれる声と共に警察官が店に飛び込むように押し入ろうとした瞬間、ゴッという鈍い音を立てて、ドアがゲーヴナー伯爵令息の後頭部にクリティカルヒットした。
「げぶっ」
そのままの反動でレイの太ももに顎を打ち付けた男は、涙を湛えながら、そのままレイの脚にしがみついた。
「ぅぐっ……だ、だずげでぐだざい……」
直前のレイの問いに答えるように、泣きながら命乞いをする男を見下ろした後、レイはそっと視線を上げた。ドアの隙間から、「何かに当たった?」とこちらを覗き込んでいる警察官と目が合う。
気まずい沈黙の中で見つめ合い、動かせない脚をどうしたものかと頭を捻った。
「えっと……状況説明したいんですけど、ちょっとどかしますので、お待ちいただけます?」
しがみつかれてすすり泣く男の声と、レイの背後から男を視線で射殺さんと謂わんばかりのクラウスの気配に挟まれるレイは、困り顔で警察官を見た。
与えられた極度の緊張からかパニックからか、なかなかレイの脚から離れようとしない情けない首謀者を「分かったから落ち着け」と引き剥がすまでが大変だった。しびれを切らしたクラウスがレイを持ち上げるようにして引き剥がした時、申し訳なさそうに積まれたテーブルで作られたバリケードの隙間から、「私たちのことを忘れてない?」とカーレンと店員がこちらに声をかけてきた。確かにそのままでは可哀想かと浮遊魔法でバリケードを解体し、やっと話ができる段になった。
「えーっとつまり……アナタ方は、薬物中毒状態の客の介抱をしていた人で」
事の顛末をかいつまんで話すと、警察官が確認するようにレイとクラウスとカーレンを順に指し示し、続けて椅子に座ってまだぐすぐす泣いているゲーヴナー伯爵令息に視線を向けた。
「こちらがこの店のオーナーで、危険薬物を調合して地下で提供していた、と。……で、店の中がめちゃくちゃになっていたのは?」
レイとクラウスが浮遊魔法を使ってテーブルや椅子等をもとあったとおりの場所に移動したが、やはりぶん投げたりしたことにより、ところどころ破損してしまっている。
「……えっと……ちょっとこちらのゲーヴナー伯爵令息は因縁の相手でして……言い争いになってですね」
しどろもどろになりながら答えると、警察はぽかんとした表情を浮かべた後、眉間に深い皺を刻んだ。
「つまり、喧嘩ですか」
「まぁ、平たく言うとそうなるんですけど……でも相手が多すぎて、こちらも出し惜しみするわけにもいかず」
「確かに多勢に無勢ですし、武器も所持していたみたいですしね。……貴方もですけど」
レイが腰のベルトに差した拳銃に目をやりながら、警察官が緊張感を持ってそう伝えてくる。確かに武装解除した方が快く対応してくれそうではあるが、警察官に冒険者登録証を提示すると、その必要はないと言ってくれた。
「魔法を使用してきた相手にしか使ってません」
「信じますよ。あの氷の柱に閉じ込められていたのは、確かに魔法使いでした。……というより、すごい品物ですね。どちらで購入を?」
本当に興味本位なのか、それとも今後の参考にするためなのか、聞いてきた警察官の目は真剣そのものだった。隠したところで仕方がないので、レイは正直に口を割った。
「銃弾は自作ですよ。拳銃についてはきちんと登録されているものです」
「自作、ですか」
「これ以上は企業秘密です。が、今のところは販売予定もありません」
そう答えると、警察官も「そうですか」とそれ以上の追及はしてこなかった。続いて警察官は、椅子に座っているゲーヴナー伯爵令息に向き直った。
「貴方は何故、こんなに人を雇って自分の店に来たのです?」
警察官がぐすぐすと鼻を鳴らしているゲーヴナー伯爵令息に事情を聴いたタイミングで、レイは店の奥に目を向けた。魔法使いの警察官や、恐らく刑事だろう人の姿で狭い通路はいっぱいになっていた。ちょうど結界を張った魔法使いが地下から戻ってきたところで、ぐったりとした女が引きずられるように階段を引っ張り上げられていた。意識が朦朧としているのか、女の唇からはうわ言が漏れ出ている。
「店の中にいる客の口止めと追い出すために。あと地下の薬の回収のために魔法使いを雇って……」
「ご自身でなさらないので?」
警察官がそう聞くと、ゲーヴナー伯爵令息はぱっと顔をあげ視線を彷徨わせると、口ごもりつつも話し始めた。
「あ、えー……その、ですね。……そう! あの薬は揮発性を高くしてあったんですよね。一回分を使っただけなら、恐らくこんなことにはなってなかったはずなんですけど、何かしらのアクシデントがあったと見て……念のために……人を、ですね……」
声が尻すぼみしていくのを聞いて、レイはゲーヴナー伯爵令息の方を見た。そう言えば、先日は身体能力強化魔法を使って攻撃してきたにもかかわらず、先ほどは魔法の行使を一度もしようとはしていなかったのを思い出し、レイははっとしてクラウスを見上げた。
クラウスはレイを一瞥すると、小さく頷き返してきた。こちらが思い至った推測に、同意したのだろう。――ゲーヴナー伯爵令息は、今、魔法が使えない。おそらく、そういうことなのだろう。
レイは大きくため息を吐いた。どいつもこいつも、呪われている。これは、貴族が住んでいる西エリアで、確実に呪いが広がっていることの証左でしかなかった。
事件当時、地下室にいたのは既に搬送された薬物中毒状態の男と、先ほど助けられた女だけだったらしい。それは店員からの証言とも一致しており、他に薬 漬けになった人がいなかったことに、レイは安堵に胸をなでおろした。
地下室は広く、薄いパーテーションで区切られたスペースに大きなベッドと椅子があるだけの質素な造りになっており、薬が各スペースに一個ずつ置いてあったらしい。だが、今回あの男女が使用したスペースには、薬の包みが六つも落ちていたらしく、他のスペースに使用者がいないことを良い事に、わざわざかき集めて使用したと見られている。一気に揮発した濃い薬が幻覚作用を強め、幻覚から身を守ろうとした男が椅子を片手に暴れまわり、傷害事件に発展してしまった。
偶然が重なって露呈した悪事は、こうやって幕を閉じた。
激しく降る雨の中、雇われた破落戸たちとは別に移送されるゲーヴナー伯爵令息の姿を、カーレンが複雑な表情で見送りながらぽつりとこぼした言葉が、妙に鮮明にレイの耳に届いた。
「いつか天罰が下ればいいと思っていたけど、こんなにあっけなく終わっちゃうのね」
その言葉に込められた感情が、自身が苦しんだ長い時間に比べたら足りなすぎるというものなのか、それとも、悪事の片棒を担いでしまったことに対する自分への罰が、どのような形で下るのかという怯えなのか、レイには判断がつかなかった。
「さて、カーレン。俺たちは君の希望を叶えたつもりだけど」
事件現場から解放されたのは、夕食時も過ぎた頃。迎えに来てくれた馬車に乗り込んで、レイはカーレンに切り出した。カーレンは、走り出した馬車のカーテンを閉めて、静かに頷いた。
「話すわ。私が知っていること全て。でも、役に立てるかどうかは……自分の家でも、立ち入れない場所も多くて……」
カーレンの言葉に、レイは思わず隣の席に座るクラウスを見た。もしかしてレーヴェンシュタイン公爵家にも、そんな場所があったのだろうか。
「……フォーリォル家は、スパイ活動で生計を立てているのよ」
思いもよらない一言が飛び出て、レイは押し黙った。その様子を見て、カーレンは自嘲気味にふふっと笑った。
「といっても、そんな大それたことをしているわけじゃないの。血縁関係を広くして、その家の情報を抜く。その伝手を作るために、色々な分野に投資活動を行っているのよ。なのに、年々子供の数が減ってね。使える駒が足りないって、祖父が嘆いているわ。私の母なんか、私を生んだ時が難産だったせいで、私一人しか生まなかったことを今でも祖父にねちねちと……あ、そんなことはどうでもいいわね。ごめんなさい」
どろどろと語られるフォーリォル家の闇に、カーレン自身がはっとして切り上げた。
「だからね、逆もまた然りなの。『いつか出て行く駒に、家のことは教えない』。これがフォーリォル家の実態よ」
レイはカーレンから語られる言葉を冷静に受け止めようと努めた。駒として教育を受けながら、だからこそ外部に漏らされないように家の内情は教えてもらえない。そうやって生きてきた彼女が、婚約破棄に至ってしまったことにより、フォーリォル家でどのような扱いを受けてきたのか。頭の隅にちらつく疑念を脇に置いて、レイは口を開いた。
「……だから、役に立てるか分からない、と?」
「そういうこと。貴方が、どんなつもりでリーン叔母さんのことを聞こうと思っているのか分からないけど……もう、叔母さんは亡くなってしまったんでしょう?」
カーレンの言葉に、レイは頷いた。ディートリヒの一件を機に、レーヴェンシュタイン公爵の後妻であるリーンの死も公表された。もちろん、死因については病死となされた。前妻に引き続き後妻が病死したことにより、レーヴェンシュタイン公爵家の配偶者は、病死する運命にあるのかと揶揄されている。――もちろん、次の公爵配となるレイのことについてである。
「俺たちは、君の叔母さんがレーヴェンシュタイン公爵家で何を探っていたのかを調べている。その情報が他国に渡るというのは、やはりオルディアス王国としても看過できない」
「確かに、尤もな話だわ。……リーン叔母さんと私の母が手紙のやり取りをしていたのは知っている。その中に貴方が欲しい情報があるかは分からないけど……あとは祖父の部屋ね。ただ、あそこに入るのは苦労しそう」
カーレンがぼやいたあとに、ぎゅっと自身の袖を掴んだ。
「でも……やるなら一番いいタイミングかもしれない。私の母も、祖父も……恐らく魔力が……」
言葉尻を濁して俯くカーレンに、レイは身を乗り出して聞いた。
「カーレン。君の魔力の呪いはいつから?」
「今年の春よ。もう半年になるわ」
「君のご家族も同時期に発症?」
「おそらく」
カーレンが答えながら、頭を抱え始める。レイはクラウスの方を見た。クラウスが呪いを患ったのは今年の初め。春の終わりに解呪となったが、呪われていた約三か月の間で、精神的にも肉体的にも追い詰められていたとはいえ、体はボロボロだった。それに比べると、カーレンはまだ健康そうに見える。おそらく、きちんと呪いの浄化薬を服用できているのだろう。
「呪われていることについて、国に報告はしているのか?」
その問いに、カーレンは静かに首を振った。ということは、ザルハディア王国の呪いの浄化薬事業に関わっているどこかが、横流しをしていることになる。しかしながら、春からずっと横流しが続いているということは、レイが春に関わったザルハディア王国への呪いの浄化薬の大量輸出案件にも、関わっていることになる。
呪いの浄化薬の輸出入は国の事業として行うため、個数の管理は国が行っているはずだ。国内の在庫が足りなくなった場合において、輸出入が行われる。――つまり、ザルハディア王国は、呪いの浄化薬がどこからか流出していることを把握していることになる。そしてなお、今に至るまで改善がなされていない。
ここから導き出される答えは、ザルハディア王国の管理が杜撰であるか、もしくは、この呪いの案件に、国自体が絡んでいるためにお目こぼしをしているか――そのどちらかである可能性が高い。
「……フォーリォル家の客は」
突然、隣にいるクラウスが口を開いた。レイもカーレンも驚いてクラウスの方に目をやる。藍色の瞳は、真っ直ぐにカーレンを見つめており、その視線には、覚悟が灯っていた。
「どういった分野のものに多いか分かるか? 情報を集めるだけ集めて活用しないなどということはあるまい。需要があるから情報を収集するのだろう」
クラウスの言葉に、カーレンがそっとレイに視線を送った。雇われた者としてレイに付き従い、恐らく耳にしたものは口外しないだけの契約をしていると思っていただろう相手から、まさか話しかけられると思っていなかったのだろう。――今更ながら話していい相手なのか。そう視線で聞いてきている。
レイは笑った。クラウスが口を開いたということは、つまり、こういうことなのだろう。
「紹介が遅れてしまってすまない。こちらは――」
レイが笑みを噛み殺しながらクラウスを見ると、クラウスは自身の首に巻かれた認識阻害機構が施されたチョーカーを外した。
「次期レーヴェンシュタイン公爵であり、俺の婚約者、クラウス・フォン・レーヴェンシュタイン。君の従兄だよ」
カーレンの目が丸くなったまま固まっている。むしろ呼吸まで止まっているかもしれない。その様子が、気持ちが分かる分おかしくてたまらない。
「…………レイ、ちょっとだけ……恨みそうよ」
絞り出すようにそう言ったカーレンの言葉に、レイは我慢しきれずに噴き出した。
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