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第106話 失われた計画

 額に指を当てながら、マルキオン教授は黙したままレイが語る話を聞いていた。途中全く反応が無かったので話すのをやめると、「続けて」と静かに促される。  レイは諜報部のことを避け、『昨日のお茶会後、カーレンを送る道中で、突然アースドラゴンが馬車に飛び込んできた』ということだけを話した。人懐っこい個体なのか、レイがぶっ放した攻撃用魔法薬のせいなのか、何故かレイについてくるようになってしまったという話では、流石にマルキオン教授も「魔法薬?」と反応を示した。アースドラゴンの仔の事よりも魔法薬に興味を示すところが、魔法薬士である。  氷属性の中級攻撃用魔法薬が入っている弾丸を見せると、マルキオン教授は噴き出した。 「これ、は。ふふっ! やばっ……いいね、レイ君。ほんと、君のそういう突拍子もない事し出すところ、本当にツボ」  マルキオン教授の面白いものを見つけた子供のような目がきらきらと輝いている。 「見ていい?」 「いいですよ。特許申請中なので他言無用で願います」  マルキオン教授は、レイの返答を得るや否や、すぐさま弾丸に微弱な魔力を通して解析を始めた。その瞬間だけは、魔法薬士らしい鋭い眼差しが弾丸に注がれる。 「……濃縮率はどうやって弾き出したの?」 「勘です」 「嘘。君の事だから、弾丸に封じ込める前に実験したでしょ」  マルキオン教授が呆れたようにこちらを見てくるので、レイは苦々しく笑いながら答えた。 「流石にバレますか。魔法薬士免許取得時に、長期休みを利用して祖母宅へ行った時に、ちょっとだけ」  攻撃用魔法薬の濃縮実験は、ルミア魔法薬店があるレーヴェンシュタイン公爵領の山で行った。野外で調合した後、完成させた魔法薬を瓶に詰めず、ぎりぎりまで調合魔法で状態を維持しながら移動して、離れたところで開放する。空気中に散布された魔法薬がどのような反応を示すかによって正しい発動結果といえる調整を繰り返す。空気と反応するぎりぎりの濃縮率と、空気との反応速度や拡散性を魔力加工を施すことで調整し、小さい瓶に詰めて携行しやすくするのが目的だった。しかし、魔法薬が濃くなったことで、今度は入れ物の耐久性が足りなくなってしまい、敢無く断念したのだ。  レイは乾いた笑みを浮かべながら、続けた。 「今年の夏にやっと完成したんですよ」 「夏? 君が行方不明になってた時?」 「あ」  マルキオン教授の呆れ声で、レイはしまったと視線を逸らした。何も言わないでいてくれたが、マルキオン教授は爆破テロに巻き込まれて入院していたとはいえ、公判のために弁護士と密に連携を取っていた。それだけではなく、レーヴェンシュタイン公爵の後継者の座を、クラウスがレイを見つけられるかどうかにかかっていたことも、新聞も読んで知っていただろう。  じっと横顔に刺さる視線を感じながら、レイは押し黙った。それに対し、マルキオン教授は深く息を吐く。 「君のことだから、大方誰かの研究所に転がり込んで研究三昧だったんだろうけど」 「うっ」  マルキオン教授の勘は(あた)らずと(いえど)も遠からず、正直充実した日々であった。身を置いたことのない夜の街という環境。初めて会った魔法薬士の祖父・デリン。クラウスの目から隠れ続けたあの一か月半の間、レイはデリンの隠れ家と、認識阻害の代役となってくれていたホノという男の部屋を行ったり来たりしながら過ごしていた。料理はホノが担当してくれていたが、それ以外の洗濯や部屋の掃除などはレイが担当していたし、ホノが作った料理をデリンのところへ届けたりもしていた。そして、デリンの隠れ家で調合三昧をしていたのは、事実だ。 「アースドラゴンは寒さに弱いから氷属性が有効だった……ね。筋は通ってるか」 「嘘はついてないですよ」  マルキオン教授の言い草に、レイは肩をすくめた。 「いや、僕だって疑ってるわけじゃないよ。でも、突拍子もなさ過ぎてさ……違法飼育されてたアースドラゴンを保護したって言われた方がまだ納得できたよ」  背もたれに体を預けながら、マルキオン教授は宙を仰いだ。 「で? なんでか分からないけど、カーレン嬢に敵意がむき出しで、声を出しただけで威嚇されるわけね」 「そういうことです」  カーレンが呪われていることは、マルキオン教授には伏せた。万一ザルハディア王国の市場へ卸されるはずの薬草が貴族により買占めをされている案件や、浄化薬の横流しの横行を知れば、この魔法薬士としての矜持が高いこの魔術師が、どのような行動に出るか分からない。こういうときだけは、面白そうだからという理由では動かないのが、この教授の尊敬できるところであり、今に関して言えば面倒なところだ。  マルキオン教授は腕を組み、しばし考え込んだ。指で唇をとんとんと叩いたあと、すぐに腕を解いてカーレンに向き直った。 「事情を知らなかったといえ、礼を欠いた行動をとったことをお詫びします」  魔術師が非を認め詫びる姿を目の当たりにして、カーレンは目を丸くした。加えて、先ほどザルハディア王国の差別的な部分について刺してきた張本人である。ザルハディア王国ので生まれ育ったカーレンにとっては、互いに忌み嫌う存在である相手からそんなことをされるとは思っても見なかっただろう。 「いやぁ、正直に言うとね。貴女の元婚約者の件で、レイ君は今回二回も危ない目に遭ってるんだよね」  マルキオン教授が突然そんなことを暴露し始めたため、カーレンの視線がレイに向く。何故黙っていたのかという視線から逃げるように、レイは膝の上のアースドラゴンを撫でた。  敢えて言わなかったを、マルキオン教授は見越してカーレンに伝えている。それが分かるからこそ、レイは何も言えなかった。――昨日のお茶会の件を含めると、危ない目に遭っているのは計三回になるわけだが、そこは伏せておくことにする。 「僕の中で貴女の心象が悪かったとはいえ、危険に晒したかったわけじゃない。分かってくれると助かる」  マルキオン教授が素直にそう述べたことで、カーレンはレイに申し訳なさそうに視線を投げた。むしろ面と向かって心象が悪いなどと言えてしまうのが流石のマルキオン教授ではある。  カーレンの視線を無視するわけにもいかず、かといって謝ってほしいわけでもなかったレイは、ただ口角を上げて微笑み返すだけに留めた。  くぅっと、かわいらしい鳴声が膝の上から聞こえて、レイは再び膝の上のアースドラゴンに視線を落とした。不思議そうな顔をしてこちらを観察している仔に、レイは困り顔で語りかける。 「……お前はなんでカーレンを目の敵みたいにするんだ? カーレンは、お前に危害を加えたりしないよ」  くりくりとした目のアースドラゴンは、首を捻るだけで答えない。 「レ――」  カーレンが呼びかけた瞬間、アースドラゴンの顔が瞬時にカーレンを向き、ギャオッ! と威嚇音を発する。今にも飛びかかろうと身を乗り出すアースドラゴンの体を、レイが素早く抱え込んだ。  実際に目の当たりにしたことで、マルキオン教授が固まってしまった。なんとかレイが「よしよし」と声を掛けながらアースドラゴンを撫でまわして落ち着かせると、小さく息を吐いて緊張を解いた。 「……本当にごめん」  マルキオン教授の謝罪に、カーレンは小さく首を振った。  夜に来るときはノックはいらないとは確かに言ったが、事前に「今から行く」と連絡を寄こすぐらいはしてくれてもいいのではないだろうか。何も言わずにさっとドアを開閉し、隠密魔法を解いたクラウスを見ながら、ケリーは肩をすくめた。また調律中だったらどうするつもりだったんだ。予定は今のところないが。――ちくしょう。 「……コリントは?」  開口一番そう言い放つクラウスに、疲労感を覚える。挨拶がないのはもう慣れたものだが、「よう」とか「やぁ」とか「お疲れ」だとか、普通は何かあるだろう。 ……残念ながらそんな気さく(フランク)に接するクラウスが想像できないのは確かだが。せめて「体調は?」ぐらいの気遣いがあってもいいじゃないか。 「西」  ケリーはベッドの上でクラウスに向き直るように転がると、ぶっきらぼうにそう答えた。  コリントは、ケリー達に西エリアでの呪いの発生について検証したことを明かしてから、こちらが止めるのも聞かずに西エリアに行くようになった。おそらくそろそろ帰ってくるだろうが、またしばらくしたら検証しに行くだろう。 「全く……無茶しやがる」  ケリーがそう愚痴ると、クラウスはいつも通りの凍った表情のまま、こちらを一瞥して口を開いた。 「ケリーを真似ているんだろう」  しれっと言われた言葉に、驚いてケリーはクラウスの方を見やった。以前のクラウスなら、こちらの愚痴に反応など返さなかっただろう。しかし、反応したならばそれ以上の回答が欲しくなるのも当たり前だ。だがこちらがじっと凝視してもそれ以上を返さないクラウスに、流石に焦れる。察しが悪いわけではない奴の事だ。こちらが何を思っているかぐらい、見当はついているだろうに。 「……反面教師にしてくれねぇのはなんでだ?」 「慕われているからだろう。だから、ケリーにも分かって欲しいということだ」  反面教師の、反面教師。クラウスの率直な言い方に、何故だか胸を打たれたような衝撃を受けたが、つまりはそういうことだろう。眉間の皺を伸ばすように指で擦りながら、ケリーはため息を吐いた。 「お前、婚約して変わったな。昔なら、絶対そんなこと言わなかっただろ」  そうケリーが言うと、クラウスの視線が一度宙に向いた。傾いたか傾かなかったか分からない程だけ首の重心がずれ、沈黙が下りる。  まさかの会話終了。おそらく本人の中で疑問だけが残ったが、それを言及するだけの興味が沸かなかったのだろう。仕事以外のことを話すつもりがないのはよく分かるが、これで本当に恋人から愛想を尽かされないのが不思議でならない。――いや、先日の饒舌なクラウスを見る限り、レイにはきっと違うのだろう。今思えば、レイに関する話題だけは、コイツはきちんと受け答えをしていた気がする。  クラウスがそのままドアの方へ視線を送る。しばらくして、そのままドアが開き、すぐに閉まった。 「ただいま」  コリントのさわやかなテノールボイスが部屋に響くと同時に、彼の隠密魔法は解除された。しかし、現れたコリントは半ば呆れたようにクラウスを見ている。 「……言いたいことがあるなら言いなよ」  へそを曲げたような表情を浮かべるコリントに、クラウスがどのような表情を向けているのかはここからでは分からないが、恐らく普段と変わらない鉄仮面だろう。だが、流石に長く仕事を共にしていれば、「何か言いたいことがある」ぐらいの気配は、交差する視線の長さで分かる。  クラウスは、半歩引いて肩越しにケリーに視線を送った。その意図が読めず、ケリーは訝しげに視線を返したが、クラウスはそのままコリントにも同じように視線を送る。  二人してクラウスが何を言うのかと待っていると、当の本人はそのまま藍色の瞳を隠すように一度しっかりと瞬きをしてから答えた。 「お互い素直に感情を表現したらいいのでは?」 『お前にだけは言われたくないわ!』  ケリーとコリントの声が、一言一句違わずに揃ったのは、後にも先にもこの時だけだったかもしれない。その声量の大きさに、クラウスがただ眉を顰めただけで終わったのも、二人の疲労感を後押しした。 「あーうん、もう、いいや。で? レイは連れてこなかったの?」  コリントが諦めてクラウスに話を振ると、クラウスはしっかりと頷いた。 「アースドラゴンの仔と一緒に待っている」 「そう。カーレンが帰ったから、置いてきたってところか」  クラウスの一言に、コリントは付け加えるようにそう言うと、近くにあった木箱を魔法で引き寄せ、その上に腰を下ろした。同様にクラウスも部屋の隅にあった木箱を引き寄せて座る。 「……西エリアでフォーリォル家の監視をしているのか」 「外から分かる情報なんてほぼないけどね。日中は薄いカーテンで窓は覆われてるし、屋外に重要そうな人物は誰一人として出てこない。……ただ、マディの姿も見えなかった」  コリントの言葉は重く、ケリーは小さく息を吐いた。庭師として侵入している者が外に出ない。これが意味することは、即ち――。 「サマンサは無事だ。カーレンが保護している」  突然切り出された台詞に、コリントがぱっと顔を上げる。ケリーも思わず身を起こした。 「だが、マディは三週間前に突如呪われ、捕らえられたらしい。だが、その囚われ先が分からない」 「ちょ、ちょっと待って! カーレンにいつサマンサのことを話したの?」  コリントが慌ててクラウスに待ったをかける。クラウスが深く頷き、膝の上で指を絡めながら唇を開いた。 「順を追って話す。カーレンのおかげで呪いのタイミングについても予想が立った。だが、我々は何としてでもこの話をオルディアスに生きて持ち帰らねばならない。――三百年も前に南の大陸で遺棄されたはずの『竜人(ドラゴニュート)計画』が、この地で動き出している」

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