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第107話 始まりはどこから
『竜人 計画』――それは、完成せずに闇に葬られた、人類の汚点だった。
大罪人ヘルゲイムによって提唱され、むしろその提唱者本人が人類を超越する程の力の持ち主であったことから、ヘルゲイムこそが竜人なのでは? と実 しやかに語られ、各国が我先にと水面下で推し進めた計画だった。
倫理に反する人体実験は、魔法と人類の発展という輝かしい大志によって敢行され、多大な被害を出した。そして、その計画を完成させるために、ヘルゲイムは考えた。――新たな生命を生み出すのは神の所業。即ち、神に成り代われればいい。
そして、南の大陸は死の宣告を受け、教科書にも載るような大災害として記録に残った。その理由だけが語られないままに。
斯くして、『竜人計画』は人々の目に触れることなく、国の王族に近い者だけが知る臭いものとして固く蓋が閉じられた。その結果として、ドラゴンの素材を得るための捕獲・飼育等が禁止されるに至ったわけだが、その理由が、実は過去に行われた竜人計画が関わっているということを、知る者は少ない。
クラウスの所属する諜報部は、国の影を担う者として、ケイジン王よりその話をあっけらかんと教えられた稀有な存在であった。いや、ケイジンという国王が、懐に入れた者達に明け透けに言い過ぎなところはあるとしても、それがあったことで、ケリーとコリントは事の深刻さを理解できた。
「まさか、マディが言ってた“フォーリォル家が人体実験を行っているかもしれない”って、『竜人計画』!?」
「大魔術師ヘルゲイムだって不可能だったモンを、今の世でやろうとする馬鹿がいたとはな」
反応は様々あれど、二人の表情は苦い。クラウスは双方を見やりながら、頷いて続けた。
「……この計画をザルハディア王国に持ち込んだのは、かつてザルハディア王国の姫であり、現オルディアス王国の第二王妃フーリシュカ様だ」
二人の息を呑む音がする。絶句するコリントを横目に、ケリーが顔を擦りながら呟く。
「なんでまたそんなことを」
「第二王子の擁立。そのために、王太子を支持しているルミアの排除と、ルミアを越える存在を引き込むことで、手柄をたてさせるつもりらしい」
「あほか! 王太孫までいるんだぞ! 第二王子に王位が傾くなんてことありゃしねぇだろ!」
捲し立てるケリーに、クラウスとコリントの視線が刺さる。
「……そうかな」
コリントが静かな口調で呟く。
「結構、あの人はそういう打算的なこと、嫌いじゃないよ。オルディアスがそれで更に強くなるなら、第二王子に王位を継がせる可能性は十分あり得る。……ただ、仮にこの計画が成功したとして、非人道的行為を他国で助長するような行為をしたフーリシュカ様には、何かしらの処分を下すだろうけど」
「そして、最終的に王位を継いだ第二王子すら、消すことも視野に入れて」
コリントの言葉に付け加えるようにクラウスが口を開く。自身の叔父である国王に対する言い草に二人の視線がクラウスに向いたが、それをクラウスは無視して続けた。
「竜人計画は、西の帝国との休戦後に着手され、今も続いている。その時期は、母 が父を呪ったタイミングと合致する」
クラウスの言葉を黙って聞いていたコリントも、眉を顰めた。
「……リーンのスパイ行動には、竜人計画が関わっている?」
コリントが投げかけた問いに、クラウスはただ静かに頷いた。
「そう見るのが妥当だろう」
「目的はなんだ? レーヴェンシュタイン公爵家に、竜人計画に関わる何かがあるとか」
今度はケリーが問うが、クラウスは首を振った。
「分からない。少なくとも、私はそんなことは聞いたことが無い」
クラウスはまるで他人事のように淡々と語った。レイがこの場にいたのなら、彼の鉄仮面の裏に隠された『レーヴェンシュタイン公爵家に連なる者として、全てを把握できていないことに対する焦燥や諦念』を感じ取っていたかもしれないが、話を聞いていたこの場の二人には、それは伝わらない。
ケリーは深いため息と共に、枕に頭を沈み込ませた。
「結局、リーンが何を探っていたのかはまだ分からず、か」
「むしろこの情報源は? カーレンがそこまでのことを知っていたってこと?」
ケリーの言葉を遮るように、コリントがクラウスに話を促した。クラウスは尚も顔に鉄仮面を貼り付けたまま続けた。
「フォレ・ジヴォワの一件の後、早々にカーレンが動いてくれた」
「やっぱり身内を懐柔できたのは有難いね。レイ様様だ」
コリントが自嘲気味に頬杖をついた。確かに、諜報部としては半年粘ってあまりにも進展がなかった話が、レイが合流してからやっと動き出したのだ。自尊心が少し傷つくのも分からなくはない。――彼らは与 り知らない事ではあるが、三週間前に呪いが深まったことにより、フォーリォル家が早く寝静まるようになったり、学会によりカーレンが頻繁に外に出るようになったことも含めて、時期が上手くかみ合っただけに過ぎない。
「カーレンが動いたタイミングで、サマンサが無茶をした」
クラウスが差し込んだ一言に、コリントとケリーの気配が張りつめた。クラウスは二人に視線を走らせ、話しても問題ないか確認してから続きを語った。
「呪われているにもかかわらず、無理やり当主の書斎を暴こうとしたらしい」
「アイツ……! 本当にマディがいなかったらすぐ無茶しやがる」
「むしろマディが捕まって三週間も経ってるんだよ。サマンサにしたらよく我慢した方だよ」
口々に述べられる見解を脇に置いて、クラウスは続けた。
「呪いもあって魔力回路に負担を強いたサマンサは、書斎の中で動けなくなっていたところを、カーレンに発見されたらしい。呪いの浄化薬を服用し、そのまま二人で書斎から続く閉ざされた研究室へ侵入。竜人計画の事と、差出人不明の手紙を発見した」
クラウスは、投影魔法を行使し、カーレンが写しとった手紙と古い竜人計画の書物、行方不明者リストを宙に投影した。二人の目が、まるで脳に情報を直接刻み込むように投影された情報を凝視する。たった数秒であったが、二人は記憶に写し取ったらしく、目を伏せたのを確認してクラウスは投影魔法を解除した。
「……さっき、クラウスが言っていた“予想がたった呪いのタイミング”っていうのが、リストに載ってた最後二行の日付だね?」
コリントが大きく息を吐きながら、目頭を揉むようにして口を開く。クラウスはそれに対して、黙ったまま頷いた。
「つまり、この実験日に、何かがあった?」
ケリーが顎に生えた無精ひげを指でなぞり上げるようにしながら、首を傾げる。しかし、その問いに対して言葉を発したのは、目頭から指を離したコリントだった。
「そうとも考えられるけど、むしろこのリストで重要なのは、行方不明者の名前の隣に書いてある、“部位”……これ、ドラゴンのだよね?」
「まぁ、尻尾なんて人間にはねぇから……そういうことなんだろうな」
ケリーがコリントの言葉に同意を示す。一呼吸おいて、ケリーはがばりと起き上がった。
「待てよ。もしかしてこの書かれてない部位ってのは、まさか――っ!」
ケリーの言葉に深く頷いて答えたのは、クラウスだった。
「我々は見ている。あのアースドラゴンの仔が数週間前に剥ぎ取られただろう鱗の瘡蓋を。それは個体によって生える部位も違うのに、その特徴から統一してこう呼ばれる。――“逆鱗”と」
レイは寒空の下、隠密魔法で姿を消したアースドラゴンの仔を抱えながら、タウンハウスの敷地内を歩いていた。流石に森はないが、タウンハウスにも関わらず広い土地を所有しているペリスコット公爵家の庭は、ガーデンパーティが開けそうな程に整っていた。現在の主が社交嫌いでなければ、おそらくこのタウンハウスも社交会場として使われていたのだろう。
庭園の隅の方で、レイはクラウスのジャケットに包んだままのアースドラゴンを地面に下ろした。寒さに弱いアースドラゴンにとっては、冷え込む秋の夜風は天敵だろう。しかし、レイはこの小さい仔が空腹で苦しむのを見たくなかった。大して動いてはいないが、隠密魔法で魔力は使う。消耗すれば、誰だって腹は減る。
もぞもぞとジャケットが動いている。冷たい土の上はやはり嫌だったのだろうか。レイはもう一度ジャケットごとアースドラゴンを抱えると、花壇のヘリに腰を下ろした。ポケットに入れてきたピルケースに開錠魔法をかけて魔力回路の発熱抑制剤を取り出し、口の中に放り込んで空を見上げながら咀嚼した。
結界越しに見える星空は雲一つなく綺麗だったが、幼少の頃に霊峰ヘイムディンズの頂から見上げたあの星空には遠く及ばない。
レイは遠く北に棲まうブルードラゴンの王ヴェーゼルゴンと、恐らくその隣にいるだろう祖母ルミアに思いを馳せた。もう二十年も前になる出来事でも、レイにとっては色褪せずに思い出せる。ヴェーゼルゴンより加護を賜った時の事を。
当時は、難しくてよく分からなかった言葉の意味を、帰り道で何度もルミアに尋ねて、うんざりさせたのもよく覚えている。その日眠りにつくまでや、朝起きた時、昼のふとした瞬間。何度も反復して口ずさみ、暗記したあの言葉。
「……『そなたに授けるは我が力の一端にして愛の欠片。絆にして叡智の証』……」
呟いて、レイはぎゅっとジャケットの中にいるアースドラゴンを抱きしめた。分厚いジャケット越しに感じる温もりに、額をこすりつける。
「『人の生は儚き故に、愛でるべくして淘汰するものでなし』……愛でる……べくして……」
ひゅっと夜風がレイの体の中を通って行ったかのように、芯を冷やしていった。しかし、唇が震えるほど寒いにもかかわらず、レイの頬は熱く火照っている。頭が爆発しそうだった。
招かれたカーレンが、ペリスコット公爵家のレイが借りている部屋で語った言葉が渦巻いている。竜人計画に巻き込まれた行方不明者と、使われたドラゴンの鱗があった部位を示していると思われるリスト。出来得るかも分からない竜人を造り出すための、悪意に満ちた実験記録。
人は、こんなにも汚く、醜く、自分の私利私欲のために命を踏みにじることを厭わないのに。
「何が、愛でるべき存在か」
レイは反吐が出そうだった。――『決して驕らず、日々を歩めよ。そなたの生に祝福あれ』。ヴェーゼルゴンが贈ってくれた言葉の意味を、考えながら、初級結界を行使した。そのまま空調魔法も同時に行使する。火照るように魔力回路がじんわりと熱を持つのを感じた。
人の汚い面を嫌悪することは、驕っていることになるだろうか。汚いと吐き捨てるのは簡単だが、それが自身にないなどとは決して言えない。もし仮に、魔力回路の欠陥を治すのにドラゴンの逆鱗が必要だと言われたら、レイは逆鱗を手に入れる手段を模索しただろう。それがドラゴンにとってどれだけ痛みを伴う、大切なものであるかを知っていたとしても。
暖かいジャケットの中で、すやすやと寝息を立てている音が聞こえる。まるで、ここは安心だと身を任せる赤子のようなそれに、思わず頭 を垂れた。
ヴェーゼルゴンの言をそのまま受け取るならば、竜にとって鱗を他者に譲るという行為は、自身より出でた力の結晶を施すことであり、愛情であり、絆である。なら、それが奪い取られる行為は? 最も忌むべき行為なのではないだろうか。まさに、呪いたくなるほどに。
アースドラゴンの仔が、呪われた人間を攻撃するのは、忌むべき対象と認識しているから。
――呪いの行使者は、アースドラゴン。そしてそのアースドラゴンは、西エリアにいる。
これが、カーレンから得た情報をもとに、レイとクラウスが出した結論だった。
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