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第122話 人の恋路を邪魔する奴は
ケリーとコリントが地下から戻ってきた時、その異様な光景に立ち尽くした。殺気立ったレイと、それを困ったような笑みを浮かべながらチラ見するマルキオン教授が、手早く花の綿毛のような葯部分をむしり取っており、机の上にふわふわとした山を作っていた。
「飛ばさないように」
視線を向けずにぴしゃりと言い放つレイの様子を探るように、ケリーとコリントがそろりと動いてテーブルの端に座った。――何があった? と視線でマルキオン教授を見るが、彼は何も言わずに申し訳なさそうに微笑むだけで、ヒントとなるようなことすら示してはくれなかった。
刹那、二人が築いた綿の山を刺激しないようにレイは静かに立ち上がった。三人の視線がレイを追うが、それらに一瞥もくれず、レイはマスクを装着し用意してあったボウルに大量の白い粉を振るい始めた。ザルを叩くトントンという軽いリズムからは怒りのような負の感情は感じられないのに、その表情は明らかに不穏だった。
マルキオン教授は、諦めたように手元に視線を戻し、てきぱきと作業を続け始めた。
「……なぁ、どう――」
しびれを切らして口を開いたケリーの脇腹を小突き、コリントはわざとらしく咳払いをした。小突かれたケリーは素早くコリントに視線で不満を訴えたが、コリントは小さく首を振ってそれ以上の詮索を止めた。
「手を止めずに聞いてくれるだけでいいよ」
コリントはそう言いながら、大人の掌大の鱗を一枚、机に振動を与えないように注意しながらそっと置いた。
「地下にいるアースドラゴンに確認したところ、予想通り、同族同士の魔力供給は可能らしい。ただ、生まれた時の逆鱗譲渡程の効果はなくて、本当に一時しのぎとしか使えないって言われたよ」
「使い方は?」
言われた通り手を止めず、せっせと綿毛をむしり取りながらマルキオン教授がコリントに問いかける。
「舌の上にのせろって」
「食べさせるんだ」
「実際に咀嚼するかどうかは分からない。唾液で溶けるのかも」
コリントが言った無責任な回答に、マルキオン教授がぱっと顔を上げる。その表情には「見たい」と「でも行きたくない」という葛藤が浮かんでいる。
「口を閉じている場合は?」
粉を振るい終わったレイが机にザルを置き、マスクを下げながらコリントへ視線を向けた。その表情は、一周回って冷静になっていた。作業中に心を落ち着かせたか、話が進むことで余裕が見え始めたのかは分からない。
レイの問いに、コリントは頷く。
「抉じ開けるしかない。無理やりにでも」
コリントの回答に、レイは小さく首を振り、手でドラゴンの口を表現するように解説を始めた。
「これがドラゴンの口だとして、歯がここにある。ドラゴンの舌先は人間よりも奥に引っ込んでいるため、口を抉じ開けた後、鱗を舌にのせるなら腕を突っ込むしかない」
「あの大きさのドラゴンだからな。噛まれた腕ごと持っていかれるか」
ケリーがレイの説明を聞きながらぼやく。それとは関係なく、マルキオン教授が手元から視線を移さずに口を開いた。
「よく知ってるね?」
「あの仔に林檎を与えようとした時に観察しました。物を食べようとする時は、奥から舌が伸びるようです」
「食べたの?」
「食べてましたね。もう一個くれって強請られるぐらいには、好きだったみたいですよ」
「あーそういえばレイ君、夕食後に『林檎くれ』言ってた日があったね」
淡々と会話をしているにもかかわらず、互いに視線を合わそうとしない二人を見ながら、ケリーは呆れてため息を吐いた。
「お前さんらなぁ――」
「林檎ね。使えるかも」
ケリーの苦言を遮るように、コリントが割って入った。全員の視線がコリントに集中する。
「食べたことがあって、安全であることが分かっている物の匂いがしたら、自発的に口を開けてくれるかも。ケリー」
「……あいよ。ちょっぱやで行ってくる」
コリントに促され、ケリーは苦々しい顔をしながら研究室を出て行った。部屋の外から身体能力強化魔法を使用した余波を感じ、すぐに遠のいていった。
「……煙幕はどれくらいでいけそう?」
「もう調合に入れる」
マルキオン教授が最後の葯をちぎったところでコリントが二人に尋ねると、レイがすぐさま答えた。白い大量の粉が入ったボウルを持って調合台の隣へ移動するのを見て、コリントは立ち上がった。
「わかった任せる。ちょっと教授を借りるよ。やってもらいたいことがあるから」
「え」
突然指名されうわずった声を上げたマルキオン教授へ、レイは一瞬心配そうな視線を投げたが、それを律するように視線を逸らし、ツンとした声で「どうぞ」と返事をした。ちらりと助けを求めるようにマルキオン教授がレイを見たが、その視線は合わない。ケリーが出た後を追うように、コリントとマルキオン教授は研究室を出ると、地上へ上がる階段を登り始めた。階段を上がる音だけが響き、研究室への入り口を隠すように建てられた倉庫の中へ到着すると、コリントはそっと木箱を魔法で動かして、出入り口を塞いだ。
まるで中にいるレイを閉じ込めるかのような行動をするコリントに、マルキオン教授が黙って厳しい視線を送ると、コリントはそれを呆れたように見つめ返した。
「で? 何があったんです?」
ケリーが籠一杯の林檎を携え、魔法機構を物理的に破壊した倉庫の入り口を通った時には、コリントとマルキオン教授は小さな木箱の上で座っていた。コリントは頭を抱え、マルキオン教授は組んだ足の上で頬杖をついている。そんな様子を気にも留めずに、マルキオン教授とレイが乗ってきた馬が木箱の中に入っていた干し草を食 んでいた。
「……どうした?」
つぶさに理解ができない状況にケリーが声をかけたが、声の主に一度視線を送るだけで、コリントはまた地面に目を落とした。
「……研究室の魔力石が尽きてそれしか手はなかったとはいえ、やり方が良くない。それじゃ騙し討ちだ」
コリントの言葉に、マルキオン教授はあっさりと頷いた。
「言い訳するつもりはないよ。でも、あの子が素直に受け取ると思う?」
一呼吸おいて、コリントはため息を吐いた。話の雰囲気で、先ほどのレイの態度に関することを話しているのだろうことはよく分かった。魔力石という名前が出たことで、レイの魔力について、どうやらひと悶着あったらしい。
ケリーは林檎をコリントの横に置き、自分も座れるものがないかきょろりとあたりを見回した。
「思わない……し、加えて言うなら僕らとしては有難い話ですよ。隠密魔法をかけるにしても、ある程度魔力は多いに越したことはないから」
コリントの言うことを聞き流しながら、ケリーは馬が口を突っ込んでいる木箱を魔法で浮かび上がらせ、中身を地面の上に出した。木箱をひっくり返して地面に接していた部分を見ると、微妙に湿気っており、これはダメだと干し草の山の隣に置いた。
「だからと言って、魔力の相性がいいのを知ってるのに、同意なしで自分の魔力を相手に吸収させるなんて、そんなセクハラまがいなことやるのは良くないでしょ」
「ぶほっ!」
予想していなかった話の内容に、ケリーは思わず吹き出した。飛び出した唾を拭うように口を押えてから、マルキオン教授を見やる。だが、当人は苦笑を浮かべるだけだった。
魔法使いには『パートナーがいる相手に魔法を掛けない』というのは常識だ。相手との魔力の相性がものを言う世界では、当たり前の配慮である。もちろん、生命の危機的状況による場合は不問とするのは暗黙の了解だが、それによって助けた魔法医に現 を抜かす者が一定数いるのは否めない。どのようにしてマルキオン教授がレイに魔力を分け与えたのかは分からないが、同等なことをやらかしているのは確かだ。
「言いたいことは分かるよ。特定のパートナーがいる人に無断ですることじゃないってこともさ。それが例え必要なことであったとしても、その後、パートナーがどう思うかってことも含めてね。……僕自身、彼が作った魔法薬に救われた口の人間だから」
ため息を吐いて、マルキオン教授は視線を下げた。
「僕が一命をとりとめたのは、僕の最高のパートナーと、そのパートナーの元婚約者と、レイ君のおかげ。そして、僕の命が狙われた理由には、クラウスさんも関わってる」
ケリーとコリントは、マルキオン教授から紡がれる言葉を聞きながら、ひと月ほど前の新聞記事の内容が脳裏をかすめた。
ザルハディア王国の新聞でも、国際欄には隣国のビッグニュースは掲載される。『レーヴェンシュタイン公爵家の後継者、法廷で同性に求婚』その記事と見出しの強烈さのために、法廷の内容についてはささやかにしか書かれていなかった。しかし、原告側に書かれていたウィルザック・マルキオンの名前と、被告側についている弁護団の顔ぶれを見るだけでも、第二王子派閥と被害者クラウスの間で、“良くないことに巻き込まれた”というのは、容易に想像ができる。
「病院で目が覚めた時、隣にいるのは憔悴しきったパートナー。彼に『もう関わるのは辞めろ』って言われながら、僕の魔法薬士としての矜持がそれを許さなかった。そして、あの法廷でのプロポーズを見た時ね、何とも言えない気持ちになったよ」
マルキオン教授は頬杖をやめて、自身の手を眺め始めた。その目は愁いを帯びてもいたが、確かな希望が宿っていた。
「僕たちには成し遂げられなかった未来を、レイ君たちなら作り出してくれる。その日、僕は決めた。なんとしても――」
眺めていた手を固く握り、マルキオン教授は強い意志を持って言葉を発した。
「二人を助けるってね。だから、レイ君にはクラウスさんを取り戻してもらわないといけない。例え、僕が二人に恨まれたとしても」
マルキオン教授は、軽く息を吐いて固く結んだ指を解き、先ほどまでと打って変わって柔らかい笑顔を浮かべた。
「今回の事で二人の間に亀裂が入っても、あれだけ大々的にプロポーズしておいて婚約破棄は難しい。あの二人はどうしたって“結婚するしかない”んですよ。で、責任感の塊みたいなレイ君が、後継者の同性婚に関する制度が整う前に離婚することもない。なら、僕は自分の安全をキープしながら、二人が無事にオルディアス王国へ帰れる確率を上げる手伝いをする。僕自身が無事でないと、僕のパートナーの目も怖いんで」
突然打算的なことを話し始めるマルキオン教授を見つめながら、コリントは何かを分析しているようだった。それを横目に、後から話に加わったケリーが口を開く。
「教授さんがどういう心づもりでいるかは、俺たちにゃ関係ない話だ。が、レイは今回の重要人物 だ。計画に支障が出かねねぇような行動は、今後は控えて欲しい。せめて行動する前に教えてくれ」
「うん、そうだね。それは悪かった」
素直に謝るマルキオン教授を見ながら、ぽつりとコリントが呟くように口を挟んだ。
「――で、クラウスには話すの?」
その言葉に、マルキオン教授は一度唇を丸め込み、視線をきょろりと動かした。何かひっかかりを感じたようだが、その何かに思い至らなかったようで、その妙な表情もすぐに直った。
「たぶん、僕が言わなくてもレイ君が伝えると思うよ」
そう答えると、コリントはまた黙り込む。何を考えているのか分からず、ケリーとマルキオン教授は互いの顔を見合わせてから、もう一度コリントの方へ視線を向けた。それに気付いてか、コリントは肩をすくめて立ち上がった。
「いや、別に大したことじゃないよ」
「なんだよ。大したことねぇなら言えばいいじゃねぇか」
コリントが地下への入り口を塞いでいた木箱を魔法でずらしながら、さもどうでもいいように言うので、ケリーが食い下がった。浮遊した木箱をそっと地面に下ろし、コリントは肩越しにマルキオン教授を見る。
「ただ単に、クラウスの怒りを買って、闇に乗じて始末されなければいいけどって思っただけ」
「……え? あっ」
不穏なことを口走るコリントに、マルキオン教授の視線がまたきょろりと動いた。頬をひくつかせながら、先ほど引っかかった何かの正体に気付いたのか、見るからに慌て始めた。それを横目に見ながら、ケリーもふと考える。確かにレイと関わっているクラウスは非常に丸くなったと思う。だが、いざレイに牙をむいた者たちがどうなったかと言ったら、お察しである。
「やっぱり、まずかったかな。……ねぇ!」
助けを求めるような声を上げるマルキオン教授を他所に、ケリーとコリントはただ黙って地下の研究室へと降りて行った。
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