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番外編2 アダルトたちの回顧録1

 帰りの馬車の中で、向かいの席に座ってぐったりとしているレイを見ながら、僕はやれやれと背もたれの角に肘を置きながら頬杖をついた。  ザルハディア王国からオルディアス王国へ転移してきた僕たちを待ち受けていたのは、オルディアス王国の転移港のスタッフだった。皆一様に頭を垂れ、まるで王族でも迎えるかのような仰々しさをもって待ち構えられていたのを見た時は、流石の僕も驚いた。  ただ、隣にいたレイとクラウスだけは、どうやらそれどころではなかったようで。口に手を当てながら、細くて薄い体をクラウスに預けるように突然倒れたレイが、一言「目が回る……」と小さく呟いた時、スタッフが慌てながらも安堵したのを僕は見逃さなかった。  どうやら混乱を避けるために、レーヴェンシュタイン公爵家から転移港へ特別対応要請が入ったようだ。レーヴェンシュタイン公爵家からそんな要請が入り、かつザルハディア王国で起こったことを知っている転移港の者たちは、レイが『伝説の魔法薬士』であるということを察したようで、その人物が“あの”ルミア・ヴェルノットの血筋であるというだけで、恐れ戦いていたらしい。  こんな面白い状況、その張本人であるレイたちが隣にいなかったなら、捧腹絶倒したあとに揶揄い倒しただろうに。  無事に転移港の裏口から脱出した僕たちは、外の景色を楽しむこともできずに帰路についている。 「そろそろ落ち着いてきた?」  そう声をかけると、レイは青い顔のまま小さく頷いて返してきた。確かに、転移酔いが治まるのを静かに待つこともできず、こうして馬車に揺られていたら、長引いてしまうのは致し方ない。そんなレイを支えるように寄り添うのは、白金髪がまぶしい美丈夫のクラウス・フォン・レーヴェンシュタインだ。背筋が凍るような鋭い目で人を見る彼も、レイに対してはいつも優しい……ような気がする。正直自信はない。まず表情が変わらないのだ。にもかかわらず、レイがクラウスを「よく笑う」と言った時は、流石の愛弟子も愛に溺れてとち狂ったか、と思わなくもなかった。  ――羨ましいな。体調が悪いとはいえ、寄り添う二人を見ていると、そんな気持ちになったりもする。別段、自分が人目を憚らずにイチャこきたいわけではない。むしろ、二人を見る世間の目はまだまだ厳しいことだろう。だが、それでも彼らは隠すことなく寄り添える権利を得た。いや、勝ち取ったのだ。  自分がこの二人の年齢ぐらいの頃は、こんな未来があるなんて思いもよらなかったし、重ねていく歳を数えるたびに、時間は有限で大切であることを痛感する一方で、上手に諦められるようになった気がする。ただ、それでも当時から変わらないものがある。  時に取捨択一する必要はあれど、少しでも取りこぼさないようにと走り続けることだけが、僕とファーレン・サルベルトの変わらぬ生き方の共通項だ。しかしながら、人の愛し方に於いて、彼と自分はあまりにも違い過ぎた。  薬に使用期限があるように、食品に賞味期限があるように、きっと恋愛にも鮮度のような何かしらの期限があって、正しい保存方法を取れる人はそれがちょっと長持ちしたりなんかして。そうじゃない人もいるわけで。  水面に石を投げれば広がる波紋だって、いつかは凪いでいくように、僕という飽き性な人間は、どだい誰かと深い仲になる適性なんてものは持ち合わせていないのだ。――そう思っていた。あのおとぎ話に出てくる黒鳥バンディ・ラモーヌの濡れ羽のような綺麗な黒髪の、ちょっと不遜な態度が鼻につく、自分よりもほんの少し身長の高い、完全無欠のファーレン・サルベルトと、魔法医療交流サークルで出会うまでは。  それは僕が大学三年生の夏休みのこと。魔法医の学会シーズンを前に、忙しいはずの教授たちが、王都フィルドンの隣に位置する領の外れに集まっていた。魔法外科医であるテゥンクト教授が所有する別荘であり、魔法医療業界に携わる親しい仲間を集めて勉強会や交流会を開催する場所として提供されていた。――表向きは。 「お、ウィル君も今回は参加するんだね」  そう声をかけてきたのは、魔法消化器内科医のシルスト教授だ。自分の親ぐらいの年齢だが、物腰も優しく若々しい印象を受ける。しかし、いざ患者の治療検討に入ると、とても神経質な程に若手に指導を入れるので有名な人だ。  僕は今回の“表向きの事情で”用意された、個人名を隠した数名の患者カルテをローテーブルの上に置き、ソファから立ち上がった。 「はい。前回はフィールドワークの日程と重なってしまい、残念ながら参加できませんでしたが」 「“重ねた”の間違いだろう? 前回は、君にご執心の彼が参加していたからね」  シルスト教授はいい笑顔を浮かべながらも、容赦なくちくりと言葉を刺してきた。つい苦笑が浮かんでしまう。 「さて、何のことだか僕にはサッパリ」 「いや、いいんだよ。君は悪くない。むしろ彼がこの会の暗黙の了解(ルール)を破ったんだから。……おそらく、近々地方に異動する(飛ぶ)よ」  白を切る僕に、シルスト教授は声を潜めて告げてきた。内心冷や汗を掻きながらも、なるべく表情を崩さずに小さく頷き返す。流石に大御所が集まるサークルだ。例えプライベート活動でも、ルールを逸脱す(機嫌を損ね)れば、制裁が下る。貼り付けた笑顔が引きつりそうだ。  このサークル活動での鉄の掟。それは、「サークル外へ持ち出していいものは知識と良好な関係のみ」というものだ。そのルールを破った者の行きつく先は、言わずもがな、である。だが今回の事について、僕は被害者という立場であるものの、ある意味では加害者とも言える。 「だからね、新しくメンバーが増えるらしいよ。そうじゃないと、寂しい思いをする人が出てしまうからね」 「へぇ……そうなんですね」  シルスト教授の言葉に、大学病院の派閥図を思い浮かべた。正直、大学病院の外科と内科はあまり仲が良くはない。シルスト教授のように同期が外科にいたりしない限りは、あまりこのサークルに参加する人は居ない。むしろ、魔法薬学部の学生である僕が参加していること自体が異色だ。魔法薬学部に魔術師がいないためか、あまりよく思われていない自分を、むしろ酔狂な奴だと面白がって招いてくれたのは、他でもないサークルの重鎮シルスト教授だ。  開け放たれたドアの向こうから、話し声と重い足音が聞こえ始め、僕たちはそちらへ目を向けた。声から察するに、魔法外科医と魔法皮膚科医の面々が到着したようだ。 「お、噂をすれば」  シルスト教授が面白そうな声を上げるのを聞きながら、僕はドアを潜ってきたサークルの新メンバーを見つめた。艶やかな黒い短髪は、まるで騎士のように綺麗に整えられており、きりりとした眉が威圧感を漂わせる。がっちりとした肩幅を持った長身の男は、不機嫌そうに目を細めていた。  この男には見覚えがあった。学部は違えど、非常に有名な男だった。著名な魔法医を多数輩出している家門の出身で、皆から恐れられている。機嫌を損ねるとどうなるか分からないという意味でもそうだが、淡々と冷めた視線で理詰めしてくる態度が、敬遠される要因だ。言っていること自体間違ってもいないが、非常に頭が固い。人はこの男のことを畏怖と皮肉を込めて「上官(Sir)」と称していた。これでも、自分と同い年であるはずなのに、既に上に立つものの貫禄があるのも理由の一つだろう。  シルスト教授が新たなメンバーのところへ足取り軽やかに進んでいくのを追いかけるように、僕もその後ろをついて歩いた。 「君が将来有望と名高いファーレン・サルベルト君か。サルベルト先生も鼻が高いだろうに。私の子にも見習ってもらいたいよ」 「シルスト教授にそう言っていただけるのは光栄です」  シルスト教授と固く握手を交わすファーレン・サルベルトは、そのままこちらへと視線を移した。黒色と見間違うほどに深い青色を宿した瞳が、まっすぐ僕の方へと向けられる。――あぁ、綺麗な夜空のようだ。そう思ったのも束の間。その目は怪訝そうに歪んでしまい、僕も眉を顰めた。 「紹介するよ。こちらはウィルザック・マルキオン君……あれ、もしかして同い年?」 「はい、そうです」  紹介してくれたシルスト教授にそう返して、再び夜空を宿すような目を見たが、やはりこちらを警戒するような鋭さは取れていなかった。そんな露骨な態度に、普段だったら距離を置こうとするはずの自分の心は、むしろ好奇心でいっぱいだった。やけに胸がそわそわと落ち着かない。なんだか不思議な感覚だった。 「よろしく」  明らかに警戒している狼に無策で対峙するような無謀な冒険心のままに、僕は握手を求めて手を差し出した。睨みつけるように僕の右手を見下ろしたあと、そっと握り返してくる大きな手は、ところどころ皮が厚くなっていた。 「噂に違(たが)わず、訓練に余念がないんだね」  思わず口から零れた言葉に、ファーレン・サルベルトの目に怒りが浮かび上がり、僕は失言だったかと心の中で首を傾げた。大学に入る前に通っていた貴族学校では、最低限の剣術を学ぶ。貴族として領地を得た時に、領民のために戦場へ立つこともある中で、「剣が重くて持てません」などとは口が裂けても言えやしない。それは、例え魔法使いであったとしても変わらなかった。貴族としての矜持と体面の問題である。まったく僕にはないものだが。  目の前のファーレン・サルベルトは、そのストイックさが有名だった。その責任感と行動力は大人も舌を巻く程で、貴族学校を卒業後も勉強で忙しいにも関わらず、そういった訓練にも時間を割いているというのを聞いたことがあった。それを耳にしたときは、そんな真面目な貴族がいるのかと感心したものだ。 「……君は魔術師か」  圧。その声を表現するのに、これほど適した言葉はないだろう。シルスト教授に向けられた尊敬の混じる声と比べ物にならないぐらい高圧的な響きを宿すファーレン・サルベルトの問いに、そのまま頷く。観察するようにこちらをじっと見る目からは、好意的なものは全く感じられない。 「学部で見た覚えがない」 「魔法薬学部だからね」  即座に答えた。だが、その返答が気に食わなかったらしい。より険しく眉が寄り、軽蔑にも似た視線が刺さる。 「魔法医になれるだけの資格を持ちながらも、魔法薬士に甘んじている、と?」 「……は?」  耳に入った情報を俄かに信じられず、処理が遅れてさらに一瞬遅れてやってきた怒りに、僕はサルベルトの目を睨みつけた。しかし、目の前のサルベルトは動じることもなく、冷ややかにこちらを見ていた。 「魔法医は万年人が足りないのは知っているだろう。医療業界を目指す上で、魔術師がわざわざ魔法薬士を志す根拠はなんだ? 囲われながら生きるためか? それこそ怠慢ではないか」  浴びる侮辱に、息が浅くなる。吸おうにも吸えず、吐こうにも吐けず。肺の中に滞留する空気が、ただ渦巻いていた。  オルディアス王国における魔術師の人口は、他国と比べると多いものの、全体の人口から見るとわずかであるのは言うまでもない。魔法医学部へ予算は多くつぎ込まれているものの、国立魔法大学の規模としては魔法薬学部の方が大きいのも、志せる人口の占める割合による。  魔法医には魔術師しかなれない。ファーレン・サルベルトが謂わんとしていることは理解はできる。だが、それがどうした。  体中の筋肉が、腱が、神経が、力が入ってびりびりと震えていた。 「……言いたいことはそれだけかな?」  僕は、努めてにっこりと笑顔を浮かべた。ぴくりとサルベルトの眉が動いたのを見届けて、口の端がひくつくのも構わずに言い放つ。 「歯、食いしばりな」  言うが早いか、素早く間合いを詰めて相手の懐の中に飛び込むと、そのまま全身のバネを使って握りこぶしをサルベルトの顎に向かって突き上げた。サルベルトが咄嗟に身を捩って避け、チッという音と共に綺麗な形の顎に拳がかすっただけで、僕の攻撃は不発に終わってしまった。流石の「上官(Sir)・サルベルト」だ。  慌てて周りにいた教授たちが止めに入る。僕はそれでも構わず、こちらの方を驚いた表情で見て来るファーレン・サルベルトの目をじっと見つめていた。  これが、僕たちのあまり類を見ない出会い方だった。でも、振り返って考えてみても、僕があそこまで感情的になったのも、「彼」が言ったのが原因だったとしか思えないし、彼が僕にそんな言い方をしてしまったのも、知らずに惹かれ合った魔力が気持ちを昂らせたのが原因だったのだと、僕は理解している。  だって、完全無欠のファーレン・サルベルトがだよ? 知らない相手に言葉を選ばなすぎでしょ。本人も、自分の感情に戸惑ってやらかした結果だったんだと思うよ。……そう考えると、ちょっといい気味かもしれない。あのファーレン・サルベルトが、自身の魔力に弄ばれた結果だったわけだから。  でも、まぁ。この後すぐに、仲直りするんだけどね。

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