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第5話 いろんな一面があるんですね

今日は打ち合わせが終わったのが午後七時過ぎ。 出先からぐったりしながらオフィスに戻ったら、電気が消えている。 もう皆は帰ったらしい。 今日は残業無しの日だもんな。はあ、ちょっと寂しい。 「……ん?」 電気をつけて周りを見渡すと、柏木さんが椅子の背もたれに体を預けて、腕を組んだまま眠っていた。 パソコンの画面には資料が開いたまま、カーソルが点滅してる。 「……え、寝てる」 皆が帰った後、一人で仕事してて疲れて寝ちゃったのかな。ほんっと寝顔もイケメンだし、綺麗なんだよなぁ。 いつもはぴしっとしてるくせに、寝てるから気が緩んでるのか、額にかかった前髪が鬱陶しそうに顔をしかめて…… 猫だ、やっぱり柏木さんは猫。 思わず息を呑む。 ……やば。かわいい。 かわいいなんて、絶対この人には言えないけど、思った瞬間にはもう胸がぎゅっと締め付けられてた。 そのまましばらく見つめてたけど、ふと、かかってきた前髪を直してあげたくなった。 でも、手を伸ばしたら――たぶん、終わる。 それならば。せめてこの姿、おさめておきたい。 スマホをそっと取り出して、カメラを構えて……。 カシャ、と音が鳴ったと同時に、 「……おい、撮んな」 低い声が不意に落ちてきて、心臓が飛び跳ねた。 「わっ! えっ、起きてたんですか!?」 「……ああ。近づいてくるから何するかと思えば、寝顔撮るとか……意味わかんねえ」 柏木さんはゆっくりと目を開けて、顔も動かさずに俺をじっと見る。その視線が、からかいとか怒りじゃなくて、どこか探るようで。 「……ってことは、俺が戻って来た時からずっと起きてたんですか?」 「半分寝てた。けど……うっすら目開けたらお前が黙って見てるから、眠気がどっか行ったわ」 「いや、見てたっていうか……ちょっと、可愛いなって……」 言いかけて、我ながら“やってしまった”と思った。 「は?」 一拍置いて、柏木さんが眉を上げた。 「いや、違います違います。今のナシで……!あの、なんかこう、猫っぽいな~ってだけで……」 「猫?」 「その……前髪で顔しかめるとことか。なんかちょっと、撫でたくなるっていうか……」 柏木さんは口の端で小さく息を吐いて、ゆっくりと立ち上がった。 俺の前に立って、かるく肩を叩く。 「あーはいはい。で、撮った写真どうすんだよ?」 「え、あ……削除しますよ、当然」 「……はあ。まぁいい。お前を待ってたから。帰んぞ」 「え?俺を……?」 「ああ、後輩が外で頑張ってんのに先に帰れるかよ」 やっぱり優しいんだよな、柏木さん。 机の上の資料を片付けて、パソコンの電源を落とす。 俺は柏木さんの横顔をずっと見てて、気づかれないかハラハラしてた。 「なに見てんの?」 「……やっぱり気づいてた」 「当たり前だろ。視線って感じるもんだしな」 柏木さんはジャケットを羽織りながら、困ったような顔で俺を見る。 「お前、今日どうした?なんか変やな」 「変って……普通ですよ」 「普通? 普通はな、先輩の寝顔を隠し撮りしようなんて思わねーよ」 正論すぎて返す言葉がない。 「……すみません」 「別に」 そう言って、柏木さんは俺の肩に手を置いた。軽く、ほんの数秒だけ。でも、その温度が妙に印象に残る。 二人で会社を出て駅までの道を歩く。 いつも通り。何かを話すでもなく、気まずくもない。 この静けさは嫌いじゃない。 今日は、柏木さんとの距離が近く感じる。さっき肩に置かれた手の感触が、まだ残ってるような気がして。 手持ち無沙汰になって、なんとなくスマホをポケットから出したら、通知が目に入った。 「……ん。ちょっと電話します」 柏木さんはうなずいただけで、少し歩調を落とした。 「もしもし、俺。いま帰り。うん、うん……あー、それで起きてたの? 珍しいな」 電話の相手は、双子の弟・蓮。 たまに夜の仕事が休みの日は、俺が帰るのを待ってくれてたりする。 「大丈夫、コンビニでなんか適当に買ってくから。……あ?それ、お前の方だろ」 思わず笑いながら話してると、隣を歩く柏木さんの視線を感じた気がして、そっとスマホを耳から外す。 電話を終えて画面を落とすと、柏木さんがポツリと呟いた。 「彼女?」 「え?」 「……今の。電話の相手」 まったく悪びれる様子もなく、普通の会話みたいに聞いてくるから、逆に返事に困った。 「……いや、違いますけど」 「ふーん。楽しそうやったから」 なんでもなさそうに言って、また視線を前に戻す柏木さん。 そこに特別な感情が含まれてるわけじゃないことは、ちゃんとわかる。それでも、胸の奥がざわっとした。 彼女って……。 こっちがこんなに振り回されてるのに、 柏木さんは、あんな声で普通に聞いてくる。 それが少し、悔しい。 わざとちょっと距離を詰めてみても、柏木さんは避けないし、拒まない。 ……俺、ブレーキかけるのに必死なんですけど。

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