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第6話 その誘い、先輩ならOKです

今日も仕事を終えてビルを出たとこで、俺と三上はなんとなく並んで歩いてた。 「いやー、今週も地味にキツかったな」 「まぁ……残業ないだけ、まだマシ」 三上が「んーっ……」と伸びをしながら言って、俺もつられて肩を回す。 明日はやっと休み。金曜のこの空気、けっこう好きだ。 夕方の風が心地よくて、今日のプレゼンが思ったより上手くいったこともあって、気分はそこそこ悪くない。 「瀬川くん!」 いきなり後ろから名前を呼ばれて、俺と三上は同時に振り返る。 声の主は、同じ部署の女子社員のひとり。明るい髪にバッチリメイクのいかにも陽キャって感じの人。 「……なに?」 「今から女子3人で飲みに行くんだけどさ、瀬川くんも一緒にどうかなーって」 突然の誘いにちょっと戸惑った。その間に、隣の三上にも話が飛ぶ。 「あっ、三上くんもどう?」 「え、俺も? ……樹、どーする?」 三上が俺の方をチラッと見てくる。少し考えて、俺は軽く首を振った。 「ごめん。今日はちょっと予定ある」 「そっかぁー……じゃ、また誘うね」 女子たちは残念そうな顔で手を振って、ビルの裏通りの方へ消えていった。 それを見送った三上が、ニヤニヤしながら言ってくる。 「なに断っちゃってんの、もったいねー」 「別にいいじゃん」 「まぁ、顔よくてオシャレで性格もそこそこってなると、そりゃモテるよなー。俺なんか毎回、樹のおまけみたいなもんだし」 「んなことないって」 うちの会社は私服OKだし髪型も自由だから、三上ももうちょい気使えばいいのに、と思う。 でも、なんだかんだ言って三上は人当たりがいいから、女子社員との飲み会でもきっと楽しくやってけるはず。 「じゃあ、今日は俺らでなんか食って帰る?」 「そうだなぁ」 この時間、蓮は仕事だから帰ってもどうせ俺一人だしな。 冷蔵庫の中身を思い浮かべて、コンビニ飯を回避できそうでちょっとホッとした。 「てかさ樹、お前、女子の誘い毎回スルーしてんじゃん。好きな子いんの?」 「いないって。マジで興味ないだけ」 ……そう言っといて、頭の片隅には、駅ビルの雑貨屋で猫グッズを買い込んでた長身スーツ姿の人が、ちょっとだけ浮かんだ。 猫のマグカップを真剣に選んでる横顔が妙に印象に残ってる。 「……ま、いいけど。俺はおこぼれすら無理そうだし」 三上が苦笑しながら言って、そろそろ駅の方に向かおうとしたとき―― 「瀬川、三上」 後ろからかかった、落ち着いた低めの声。 振り返ると、吉田さんと柏木さんが並んで立ってた。 吉田さんはいつも通り、柔らかくてフレンドリーな雰囲気。 そしてその横で、柏木さんはスーツのポケットに手を突っ込んだまま、無言でこっちを見てる。 「お疲れー。ふたりとも、もう帰るとこ?」 「お疲れさまです」 「お疲れっす」 三上が先に声を返して、俺も少し遅れてペコッと頭を下げる。 「今から柏木とメシ行こうかって話してたんだけど、よかったら一緒にどう?」 「マジすか! 行きたいです!」と三上が即答。 「瀬川は? 来る?」 吉田さんの横で黙ってた柏木さんが、チラッと俺の方を見た。 その視線に、ちょっとだけ喉が鳴る。俺は迷わず、口を開いた。 「行きます」 「……はやっ」 横で三上が小声で突っ込んでくる。 「さっきの女子の誘いは秒で断ったのに、これは即答かよ」 「いいじゃん、そっちは気分じゃなかっただけ」 「ふーん? そういうことね~?」 何が「そういうこと」なのか知らないけど、三上の茶化しはスルーしておく。 柏木さんは、あいかわらずこっちに興味あるんだかないんだかわからない表情で、視線を外してた。 「じゃ、4人で行こっか。駅前の店でいいよな?」 「別に、どこでも」 柏木さんの低い声に、なんかちょっとドキッとする。 別に、何がってわけでもないのに。 歩き始めて数分。 俺と三上が前を歩いて、後ろから吉田さんと柏木さんが続いてる。 「樹、なんか今日機嫌良くない?」 「え、そう?」 「さっきから微妙にテンション上がってるっていうか」 三上に指摘されて、初めて気づく。 確かに、ちょっと浮き足立ってるかもしれない。 普段なら、先輩との食事とか少し緊張するのに、今日は妙にリラックスしてる。 「別に、普通だって」 「まぁ、たまには飲みに行くのもいいよな」 後ろから、吉田さんと柏木さんの会話が聞こえてくる。 「そういや柏木、例の件、どうなった?」 「まあ、なんとかなりそう」 「よかったじゃん。心配してたんだから」 仕事の話だろうか。 それとも、プライベートの話だろうか。 なんとなく、柏木さんの私生活が気になってしまう。 でも、振り返って聞くわけにもいかない。

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