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第7話 この人をもっと知りたくなる夜
先輩二人がよく来るらしいイタリアンのお店に到着すると、柏木さんがさっと店員に合図を送って、奥のテーブル席へと向かっていく。
その背中についていきながら、なんとなく“常連の顔”ってこういうのを言うんだろうな、なんて思った。
俺と三上は並んで座り、目の前には柏木さんと吉田さんが腰を下ろす。
木目のテーブルにはキャンドルがさりげなく置かれていて、気取らないのにちゃんとおしゃれだった。
「とりあえず、飲み物頼もうか」
吉田さんがメニューを広げながら言うと、俺たちもそれぞれページをめくる。
ビールやワイン、カクテルが一通りそろっていて、気軽な感じがちょうどいい。
「じゃ、乾杯しよう」
「お疲れ」
「おつかれさまです」
「お疲れ様っす」
軽くグラスを合わせて、ひとくち。
のどを通っていく冷たい液体が、仕事の疲れを少しだけ癒してくれる気がした。
「この店、よく来るんすか?」
三上が吉田さんに話を振ると、グラスを揺らしながら笑った。
「うん、柏木が珍しく気に入っててさ。な?」
「あぁ。雰囲気いいし、メシもうまいからな」
柏木さんはそう言って、メニューを片手にいくつか指差す。
「これと、これと……あとピザ頼もうか」
「柏木、白ワインとアヒージョも」
「お、いいね」
「先輩たち、飲む気満々ですね~」
三上がからかうように言うと、柏木さんはちょっとだけ笑って、「うっせ」とぼそり。
でも、その言い方がなんだか優しくて、俺は思わず口元がゆるんだ。
料理が運ばれてくるまでの間、軽く世間話をする。
「瀬川と三上って、同期なんだよな?」
吉田さんが俺たちの方を見ながら聞いてきた。
「そうですね。新卒からずっと一緒で、部署も変わらずです」
「まぁ、ボケとツッコミの担当も決まってますし。な、樹」
「は? お前が勝手にボケてるだけな」
「いやいや、ツッコミ不在なら、俺ただの事故になるからさ」
俺たちのやり取りに、吉田さんがふははと笑い、柏木さんもほんの少しだけ口元が緩んだ。
「俺達も同期だしな」
「え、吉田さんと柏木さんって、そうなんですか?」
「うん、前の部署から一緒だった。柏木は昔から群れないタイプだけど……俺とはまぁ、仲いい方かな」
「……大勢でいるのが嫌なんだよ」
柏木さんのその言葉を聞いて、あ、と思う。
――俺、この人のこと、まだあんまり知らないんだな。
もっともっと知りたい。趣味も、クセも、好きなものも……できれば全部。
「それにこいつ、待たされるのが大嫌いでさー、人と付き合うの向いてないんだよ」
「あー、それ俺も聞いたことあります。柏木さん、待つの苦手なんすよね?」
三上が思い出したように言うと、柏木さんは「まぁな」とだけ返した。
俺はというと、会話に加わるでもなく、なんとなく柏木さんの横顔をちらっと見ていた。
無造作に持つグラスの指先、ふと落ちる視線、少しだけ乱れた前髪。
……目が合いそうになると、つい逸らしてしまう。
やばい、完全に意識してる。こんなの、自分で自分がめんどくさくなる。
「瀬川って、普段あんまり飲みに行くイメージないよなあ」
ふいに吉田さんが、ワインを片手にちらっとこっちを見る。
「え?まぁ、そんなに行かないですね。誘われたら行くくらいで」
「へぇ、じゃあ誘えば来るんだ」
「でもこいつ、毎回女子からの誘いは華麗にスルーしてますよ」
「おい三上、余計なこと言うな」
「へぇ、モテるんだー。やっぱ顔かぁ、瀬川イケメンだもんなー。なぁ柏木?」
「ん?ああ、整ってるな」
いや、柏木さんのほうがだいぶ整ってますけど。
こっちが目をそらした瞬間、タイミングよく注文していたアヒージョが運ばれてきた。
じゅわっと音を立てるオリーブオイルと、にんにくの香りがふわっと立ちのぼる。
「いい香りっすね」
「これマジでうまいから」
「そうそう。パンと一緒に食べると最高でさぁ」
「ほら、食ってみな」
柏木さんがそう言って、手慣れた動きで俺の皿に具材を取り分ける。
「ありがとうございます。柏木さんって、意外と食にこだわるタイプなんすか?」
「いや、美味いもんが食いたいだけな」
あっさりとした返答が、なんだからしくて笑ってしまう。
「色んな店、知ってそうですね」
「まぁ……また教えてやってもいいけど」
「マジですか? 柏木さんって、ツンデレですよね」
つい冗談っぽく口にすると、横にいた三上が吹き出した。
柏木さんはむっとした顔で俺をにらんでくる。
「……どこがだよ」
睨むように言われたけど、口元がゆるんでるのはバレバレだった。
そのやりとりが妙に嬉しくて、俺は思わずグラスをもう一口、静かに口に運んだ。
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