7 / 64

第7話 この人をもっと知りたくなる夜

先輩二人がよく来るらしいイタリアンのお店に到着すると、柏木さんがさっと店員に合図を送って、奥のテーブル席へと向かっていく。 その背中についていきながら、なんとなく“常連の顔”ってこういうのを言うんだろうな、なんて思った。 俺と三上は並んで座り、目の前には柏木さんと吉田さんが腰を下ろす。 木目のテーブルにはキャンドルがさりげなく置かれていて、気取らないのにちゃんとおしゃれだった。 「とりあえず、飲み物頼もうか」 吉田さんがメニューを広げながら言うと、俺たちもそれぞれページをめくる。 ビールやワイン、カクテルが一通りそろっていて、気軽な感じがちょうどいい。 「じゃ、乾杯しよう」 「お疲れ」 「おつかれさまです」 「お疲れ様っす」 軽くグラスを合わせて、ひとくち。 のどを通っていく冷たい液体が、仕事の疲れを少しだけ癒してくれる気がした。 「この店、よく来るんすか?」 三上が吉田さんに話を振ると、グラスを揺らしながら笑った。 「うん、柏木が珍しく気に入っててさ。な?」 「あぁ。雰囲気いいし、メシもうまいからな」 柏木さんはそう言って、メニューを片手にいくつか指差す。 「これと、これと……あとピザ頼もうか」 「柏木、白ワインとアヒージョも」 「お、いいね」 「先輩たち、飲む気満々ですね~」 三上がからかうように言うと、柏木さんはちょっとだけ笑って、「うっせ」とぼそり。 でも、その言い方がなんだか優しくて、俺は思わず口元がゆるんだ。 料理が運ばれてくるまでの間、軽く世間話をする。 「瀬川と三上って、同期なんだよな?」 吉田さんが俺たちの方を見ながら聞いてきた。 「そうですね。新卒からずっと一緒で、部署も変わらずです」 「まぁ、ボケとツッコミの担当も決まってますし。な、樹」 「は? お前が勝手にボケてるだけな」 「いやいや、ツッコミ不在なら、俺ただの事故になるからさ」 俺たちのやり取りに、吉田さんがふははと笑い、柏木さんもほんの少しだけ口元が緩んだ。 「俺達も同期だしな」 「え、吉田さんと柏木さんって、そうなんですか?」 「うん、前の部署から一緒だった。柏木は昔から群れないタイプだけど……俺とはまぁ、仲いい方かな」 「……大勢でいるのが嫌なんだよ」 柏木さんのその言葉を聞いて、あ、と思う。 ――俺、この人のこと、まだあんまり知らないんだな。 もっともっと知りたい。趣味も、クセも、好きなものも……できれば全部。 「それにこいつ、待たされるのが大嫌いでさー、人と付き合うの向いてないんだよ」 「あー、それ俺も聞いたことあります。柏木さん、待つの苦手なんすよね?」 三上が思い出したように言うと、柏木さんは「まぁな」とだけ返した。 俺はというと、会話に加わるでもなく、なんとなく柏木さんの横顔をちらっと見ていた。 無造作に持つグラスの指先、ふと落ちる視線、少しだけ乱れた前髪。 ……目が合いそうになると、つい逸らしてしまう。 やばい、完全に意識してる。こんなの、自分で自分がめんどくさくなる。 「瀬川って、普段あんまり飲みに行くイメージないよなあ」 ふいに吉田さんが、ワインを片手にちらっとこっちを見る。 「え?まぁ、そんなに行かないですね。誘われたら行くくらいで」 「へぇ、じゃあ誘えば来るんだ」 「でもこいつ、毎回女子からの誘いは華麗にスルーしてますよ」 「おい三上、余計なこと言うな」 「へぇ、モテるんだー。やっぱ顔かぁ、瀬川イケメンだもんなー。なぁ柏木?」 「ん?ああ、整ってるな」 いや、柏木さんのほうがだいぶ整ってますけど。 こっちが目をそらした瞬間、タイミングよく注文していたアヒージョが運ばれてきた。 じゅわっと音を立てるオリーブオイルと、にんにくの香りがふわっと立ちのぼる。 「いい香りっすね」 「これマジでうまいから」 「そうそう。パンと一緒に食べると最高でさぁ」 「ほら、食ってみな」 柏木さんがそう言って、手慣れた動きで俺の皿に具材を取り分ける。 「ありがとうございます。柏木さんって、意外と食にこだわるタイプなんすか?」 「いや、美味いもんが食いたいだけな」 あっさりとした返答が、なんだからしくて笑ってしまう。 「色んな店、知ってそうですね」 「まぁ……また教えてやってもいいけど」 「マジですか? 柏木さんって、ツンデレですよね」 つい冗談っぽく口にすると、横にいた三上が吹き出した。 柏木さんはむっとした顔で俺をにらんでくる。 「……どこがだよ」 睨むように言われたけど、口元がゆるんでるのはバレバレだった。 そのやりとりが妙に嬉しくて、俺は思わずグラスをもう一口、静かに口に運んだ。

ともだちにシェアしよう!