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第14話 全部、ちゃんと覚えてます

「ん……」 目を覚ましたのは、見慣れない天井の下だった。 ……いや、見覚えはある。 柏木さんの部屋だ。 昨日、眠るまでずっとそばにあったあのぬくもり。それは気のせいじゃなくて……今もまだ、ちゃんとある。 その証拠に、すぐ隣では―― 「……」 背中を向けて、布団にすっぽりくるまってる柏木さん。微かに肩が上下してるのを見て、俺は確信した。 ……寝息じゃない。絶対、起きてる。 ゆっくりと体を起こして、そっと声をかける。 「柏木さん……起きてますよね?」 「……寝てる」 「それ、完全に起きてる人の返事ですけど」 間をおいて、布団の中でぴくっと体が反応。 そして案の定、さらに深く布団に潜り込んだ。 「昨日のこと……覚えてます?」 「知らん……」 「俺、酔った柏木さんに、あんなこと……」 沈黙のあと、布団の中から低くて重いため息が漏れる。 「……もうやめろって。頼むから、それ以上しゃべんな……」 「柏木さん」 「……なんだよ」 「俺との“ハジメテ ”、気持ちよかったですか?」 その瞬間、布団がピタッと静止した。 数秒後、バサッと勢いよく布団がめくられた。 「ばっ……なに言うてんねん、お前!」 赤い。顔が真っ赤。寝癖のせいか髪がふわっと乱れていて、首元には……昨日、俺が残した痕がハッキリと残ってる。 「……お前、全部覚えてんのかよ」 「はい。ばっちり」 「はあ、マジかぁ……」 乱れた髪を指先でかきあげながら、柏木さんは視線を逸らした。耳まで赤くなってるの、バレてないと思ってそう。 「柏木さん、めっちゃ可愛かったです。首筋、意外と弱くて……それに、あんな色っぽい声……」 「っさいわ!」 枕が飛んできた。でもそれすら、照れ隠しなのが丸わかりだ。 黙りこんだまま、目だけこっちを盗み見てる。 俺が少し身体を傾けると、その視線がそっと逸れて、でもすぐ戻ってくる。 「何回でも言いますよ。俺、柏木さんのことが好きです」 顔も声も、優しくてツンデレなとこも。強くて弱くて、意地っ張りなとこも。 布団に潜り直した背中が、かすかに震えてるのがわかる。限界なんだろう、たぶん。 「……お前、女子にモテるやろ」 「それ、今関係あります?」 「俺よりもっとええ子、おるやん」 「柏木さん以外、興味ないんですけど」 「……俺なんかの、どこがええねん」 「ぜんぶ、です」 言ったそばから、心臓がバクバクする。 柏木さんのその横顔を見てるだけで、胸がいっぱいになる。綺麗な顔なのに、照れて拗ねたその表情がたまらなく可愛い。 「……俺、自分の気持ちが……わかんねえし……」 「でも、俺のこと……好きですよね?」 「だから、わかんねえって……」 そっと近づくと、柏木さんの肩がびくんと震えた。 唇が触れそうな距離で、耳元に声を落とす。 「好きって、認めてください」 そのまま、キスした。初めはそっと触れるだけ。でもすぐに、少し角度を変えて、深く重ねた。柔らかくて、熱くて。 しばらくしたら苦しそうな息を感じて、名残惜しく唇を離した。 「もうちょい、したいです」 「んっ……冗談、やめろって……」 「じゃあ、好きって言ってくれたらやめます」 「はあ?何言うてんねん……あ、ちょっ……どこ触っ……!」 顔を伏せて、身じろぎながら震えてる柏木さん。その手が俺の服の裾を掴んでるのが、もう……。 「柏木さん、やっぱ好き。素が出るとこ、可愛いです」 「……っ、知らんって……」 ぼそっと呟いた声が、震えて甘くて、耳に残る。 「もう……我慢できないんですけど」 「っ……触んなって……あ、んんっ」 「言っときますけど、柏木さんがそういう声出すから、俺がおかしくなるんです」 「そんなん、俺のせいちゃうやろ……っ」 「いや、柏木さんのせい……ん?」 布団の足元で、ふにゃっとやわらかい感触がした次の瞬間。 「にゃーん……」 「……えっ、メイ?」 驚いて体をずらすと、メイがのそのそ布団に潜り込み、当然のように柏木さんにすり寄っていく。 「……にゃー……」 「メイ、お前……空気読んで来たやろ、絶対……」 そう呟いて、そっとメイを抱き寄せる柏木さん。 「柏木さん、ずるいです」 「メイが来たらしゃあないやろ……」 「その代わり……次は絶対、途中で止めませんからね」 やがて、柏木さんが無言でベッドを抜け出し、Tシャツを引っかける。 肩にかけたまま、ふと思い出したように口を開いた。 「……そういや、お前、来週から出張らしいぞ」 「は? 俺がですか?」 「部長が言うとった。イベントの準備で、現地視察とかなんとか」 「いや、初耳なんですけど!?」 俺の抗議を完全スルーして、柏木さんはメイを撫でながら、ちょっと笑ってる。 「俺に言うなや」 「いやいやいや、そもそも誰からも聞いてないんですけど!? 俺だけ伝達ミス?」 「……ふはっ、スケジュールくらい自分で確認しとけ」 メイを構っている柏木さんの横顔をこっそり眺める。 朝の光がカーテン越しに差し込んで、なんでもないこの時間が、少しだけ特別に思えた。

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