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第15話 恋は営業外だから
side 瀬川 蓮(れん)
作りものの笑顔と、色んな種類の香水の香り、グラスの音。
ホストクラブってのは、華やかで、きらびやかで……でもどっか虚ろな世界だ。
けど、なんだかんだ――ここは、俺にとっては大事な居場所になってる。
名前は蓮(れん)。本名そのまんま。
源氏名なんてつけても、なんか俺じゃない気がしたから。
顔は……まぁ、「整ってる」とはよく言われる。自分じゃあんまりピンとこないけど。
雰囲気が落ち着いてるとか、大人っぽいとか、そういうのもよく言われる。たしかに俺はガヤで盛り上げるタイプじゃないし、無理にテンション上げるのも性に合わない。
俺のやり方は単純で――
相手の話をちゃんと聞いて、必要なときだけ、必要な言葉を返す。余計な言葉なんていらない。
不思議と、それが心地いいって言ってくれる姫は多くて、指名も自然と入ってくる。
「蓮さん、×××様がお見えです。4番にご案内しています」
店内に響くスタッフの声に、軽く頷く。
「了解。今行く」
鏡の前で手早く髪を整えて、ジャケットの襟を軽く直す。
いつもの笑みを口元に浮かべて――スイッチ、オン。
……姫を楽しませる時間が、始まる。
「お待たせ。今日もすっごく綺麗だね」
声をかけると、彼女の瞳がパッと明るくなった。
「蓮、会いたかったー!」
ふわっと巻かれた髪。ちょっと濃いめのメイク。
でも目元の笑顔は、子どもみたいに無邪気だ。
「俺も会いたかったよ。今日来てくれて、嬉しい」
自然に笑って、おしぼりを渡す。
その手がふっと触れる瞬間、彼女の顔微かにほころんだのが見えた。
「何か飲もうか。甘めのカクテル、好きだったよね?」
「うん、でも今日は特別な日にするの。いいことがあったから」
「へえ……それは気になるね。じゃあ、ちゃんとお祝いしなきゃ」
彼女がちょっと得意げに笑って、囁く。
「実はね、臨時収入があったの。だから今日は……蓮のためにシャンパンいれる!」
「……マジで?嬉しいな、そういう気持ち。ありがと」
ほんの少し目を細めて、まっすぐ微笑む。
媚びない、誤魔化さない。ただ、彼女の気持ちにちゃんと向き合う。それだけ。
「今日はいっぱい飲んで、蓮といっぱい話したいな」
「うん、ゆっくり、のんびり……二人で楽しもう」
俺たちホストは、夢を見せる仕事。
“癒し”とか“元気”って言葉に置き換えることもできるけど、結局のところ、“疑似恋愛”ってやつだ。
その人が「また明日も頑張ろう」って思えるなら、それでいい。
「私、蓮のためならなんだってする。嫌な仕事だって、全然耐えられるよ」
「無理するなって。俺は、君とここで笑って過ごせるだけで十分だから」
クールすぎず、甘すぎず。
体温はちゃんとあるけど、熱くなりすぎない言葉。
それが、俺の距離感。
「私、やっぱり蓮のこと……好きだなぁ」
「……ありがとう。俺も、君のことは大事に思ってるよ」
そう言って、そっと彼女の髪に触れる。
あくまで自然に。だけど、ちゃんと“ドキッ”とさせる、ギリギリの間合いで。
「ねぇ、蓮。いつか彼氏になってくれたり、する?」
「んー……俺、この仕事してる限りは無理かも」
「私なら平気だよ?」
「でもさ。もし俺が逆の立場だったら……しんどくなると思う。他の子と仲良く飲んでる姿、何回も見ることになるんだよ? たぶん俺、耐えられない」
言葉を選びながら、でもはぐらかすことはしない。
優しい嘘も、“夢”の一部だとしても。
「……そっか。じゃあ、蓮がその気になるまで待ってる。私の気持ち、忘れないでね?」
「忘れないよ。ここにいる間だけは、ちゃんと――君だけを見てるって、約束する」
その場限りかもしれないけど。それでも心を預けてくれるなら、俺はちゃんとそれに応えたい。
軽く彼女の頭を撫でると、彼女は目を細めて少し潤んだ瞳で笑った。
この世界は、“期待”と“嘘”がごちゃ混ぜになってて、その境界なんて最初から曖昧なまま。甘い夢を売るのが俺の仕事。
俺は夢を見せる側の人間で、演じることにはちょっと自信ある。
冷めたようで、どこか熱を帯びたまま、今日もこの夜に溶けていく。
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