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第17話 俺にはよくわからない
二人でご飯を食べた後、自室に行こうとする樹を捕まえて、耳元に声を落とす。
「……今の顔、“会いたい”って言ってたよ」
「っ……な、なんの話……」
樹の耳がピクリと動いて、うっすら赤くなる。
そういう変化、見逃すほど俺は鈍くない。
「だからさ、いかにも“ホスト”っぽいのやめろって。俺は“姫”じゃないからな」
「ホスト“ぽい”じゃなくて、“ホスト”だからね?」
「なんか腹立つなあ」
いつもの調子でぶつぶつ文句を言ってくる樹。
それを聞きながら、ふっと目を細めて笑った。
「……でもさ。樹がそこまで好きになれる人って、どんな人なんだろうね」
「え?」
「……俺も、会ってみたいかも」
樹の視線が揺れるのがわかる。でもそのまま、彼はなにも言わずに部屋のドアを閉めた。
静かになったリビングで、一人ソファーにもたれながら、思う。
俺だって、“好き”とか“嫌い”って感情は普通にある。
誰かといて楽しいとか、気が合うなとか――そういうのはわかる。
でも、そこに“恋愛”って言葉が絡んでくると急に輪郭がボヤける。
どこからが特別で、どこまでがただの興味なのか。
その境目を考えるたび、全部がどうでもよくなってくる。
身体の関係なら、まあできる。快楽ってシンプルだし理由もいらない。むしろ、その方がずっと楽だ。
求められたら応じて、終わったらそれでおしまい。
「……感情が入ると、面倒になるよね」
ぽつりとこぼした声は、自分に向けた呟きだった。
ほんとは、わかってるのかもしれない。
それでも、感情に名前をつけるのが怖くて、ずっと避けてきた。
たぶん俺は、誰のことも本気で好きになんてならない。
ソファに沈み込んでいた体を少し起こして、スマホを手に取る。
画面には、未読の通知がいくつか溜まっていた。
その中のひとつ――
姫からのメッセージが届いている。
"蓮くん、明日会いにいくね!またシャンパン空けたいな~"
ふ、と小さく息が漏れる。
「……そっち側の“好き”は相変わらずだな」
"今日も夢に蓮くんが出てきたよ~。毎晩見てるから、現実なのか夢なのかわかんなくなっちゃう!"
夢ん中でまで会わされるとはな……俺も忙しいな。
「……夢の中ぐらい、自由に生きてくれよ」
苦笑しながら呟いて、慣れた手つきで返信を打つ。
"想像したら照れるじゃん。会えない時間も、俺を想ってくれてたなら、それだけで十分嬉しいよ"
送信したあと、ふぅっと小さく息を吐く。
“恋”って、こんなテンプレみたいな甘さの中にあるもんだったか?
……ちがう。少なくとも、俺が求めてたものとは。
画面を伏せてテーブルに置く。
誰かに合わせて生きるなんて、まっぴらだ。
気を遣って、言葉を選んで、期待に応えるなんて……そういうの、全部面倒くさい。
愛情ってやつは、向けるもんじゃなくて、向けられて終わるもんだと思ってる。
こっちから与えた時点で、損な気がするんだよ。
それに、期待なんかしちゃったら最後。裏切られる未来が見える。
ホストの仕事してると、客の“好き”ってやつを、嫌ってほど見せられる。
「会いたかった」「寂しかった」「蓮くんしかいない」――
言葉は甘いし、笑顔も本気みたいに見えるけど。
あれは、“恋”じゃなくて、“依存”だ。
その度に俺の中の“好き”は、ちょっとずつ摩耗していく気がする。
だから俺は、遊ぶ側でいい。軽く触れて、傷もつけずに通り過ぎるだけ。
本気じゃなくていい。だって、本気は疲れる。
期待するほど、失望も深くなる。どうせ最後は、独りなんだから。
まあ、それでも俺に近づいてこようとするやつがいるなら、正直ちょっと面白いとは思う。
無駄だってわかってて、手を伸ばしてくるようなやつ。そういうの、嫌いじゃない。
だけどもし、そいつが俺の想定を超えてくるなら。
……それはそれで、少し厄介かもしれないな。
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