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第21話 俺と猫と後輩の夜事情

「柏木さん、おじゃましまーす……あ、メイちゃん!」 2日後からの出張を控えてるせいか、今日の樹はやけにテンションが高い。 「メイちゃん……今日もちょっと機嫌悪め?」 白い影がぴょんと廊下に顔を出した。 メイ――うちの猫。 見た目こそ可愛いが、人見知りで俺以外には基本懐かない。警戒心の強い気まぐれ姫。 「メイ、樹やぞ」 そう呼んでも、メイはじっと樹を見つめたまま、耳だけぴくぴく動かす。当然のように寄ってはいかない。 樹がしゃがんで手を差し出すと、メイは目を細めて一歩引いた。 「……ちぇ。やっぱ、ダメか……。飼い主みたいにツンツンしてる……」 「は?」 「……でも俺は懲りませんよ。気長にいきますから。絶対に懐かせます、柏木さんみたいに。ほら、メイちゃん、こっちおいで?」 「……おい、」 「柏木さんだって、最初警戒心剥き出しでしたもん。でも、ちゃんと懐きましたよね」 そう言ってニコッと笑う顔は、ほんと悪気がない。 「は? 何言ってんねん」 「あはは、照れてる」 からかうような声に、思わず目を逸らす。 夜の静かな部屋で、そうやってまっすぐ懐かれると……なんか、いろいろ誤魔化せなくなる。 「でもまさか、柏木さんが『帰りに寄るか? 』って言ってくれると思ってなかったです」 「……いや、お前が出張前に会いたいって言うからやろ」 「でも、お誘い嬉しかったですよ。俺、明後日からしばらく地方で缶詰ですし……今のうちにゆっくり会っておきたくて。やっぱり職場とは違いますし」 軽く笑いながらも、視線だけはまっすぐに向けてくる。 からかってるわけじゃない。本当にそう思ってる顔だ。だから余計に、こっちは気まずくなる。 俺はため息をつきながらも、台所に飲み物を取りに行った。 こういう時、わざとツレない態度をとってしまうのは照れ隠しだ。 それでも、やっぱり今日も思う。 ……こいつは、ズルい。  * 静けさの中、隣でくっついてくるのは、人懐っこい犬みたいな男――いや、樹だ。 ……メイはじっと樹を睨んだまま動かない。 「相変わらず塩対応?」 樹が声を掛けると、メイはピクリと尻尾だけ動かしてふいっと顔を背けた。 「やっぱり……完全に嫌われてる」 「おまえ、そんな事ばっか言ってるやん」 「だって毎回、叶わぬ想いなんですよ。切ないでしょ?」 そう言いながら、樹は俺の座ってたソファに腰を下ろし、クッションを抱きしめた。 「そろそろ慣れてくれても良くない? メイちゃん」 「……お前が勝手に距離詰めすぎなんやろ」 「そんなことないですって」 悔しいのか、樹がメイに視線をやって、「ちょっとだけでいいから撫でさせて」と低く囁いた。 けど、メイはすたっと立ち上がると、ソファの背に飛び乗り――そのまま俺の膝の上に乗ってきた。 「おっと……」 「うわ、嫉妬されてる!? 絶対これ、嫉妬ですよね」 「猫にまで張り合うな」 俺の膝を占拠して動かないメイを横目に、樹が不貞腐れた顔で背もたれに沈み込む。 その目が少しだけ、じっと俺を見上げるように向けられていて。 「ねぇ、柏木さん」 「……ん」 「今日、帰りたくないです。ダメですか?」  * 「ソファーで寝ますよ、俺」 「何言うてんねん、お前客やろうが」 「じゃあ一緒にベッド使いましょう」 「は?」 振り返ると、樹が少し上目遣いに笑ってた。 完全に子犬だ。しっぽがあったら、今ブンブン振ってるに違いない。 「二人で寝るってことで」 「いや、お前……」 「あ、メイちゃんは寝るとき、柏木さんのベッドで一緒なんですか?」 「……まあ。いつも、ってわけやないけど」 「じゃあ俺も混ぜてもらえるように、ちょっとずつ信頼度上げていこうかな……まずはベッドのふちから攻めてみる」 「は?」 「……ほら、こうやって」 冗談めかして言いながら、樹がベッドの端に腰掛ける。 「……おまえ、猫と同じ扱いかよ」 「だって、柏木さんの“許可”がないと入れなさそうなんですもん、ここ」 その“許可”って言葉に、なんだか妙にドキッとする。 別にやましいことがあるわけじゃないのに、こいつはたまに、するりと距離を詰めてくる。 「……好きにすれば」 「じゃあ、“足元”だけ失礼します」 そう言って、樹はまるでメイの真似でもするように、そっと足元に座り直した。 思わず視線を落とすと、こっちを見上げて、にこっと笑う。 「……かわいがってくれなくていいけど、追い出さないでくださいね、柏木さん」 「……うるさい。寝るぞ、もう」 照れ隠しに背を向けた。視線の先で、メイがベッドの上に飛び乗る。 樹と猫の“場所争い”が、今夜はちょっとした攻防戦になりそうだ。 ……。 「……なあ」 「はい?」 「……おとなしく寝るんじゃなかったのか」 「寝てますよ?」 そう言うくせに、ぴとっと背中にくっついてきて、温もりが伝わってくる。 「柏木さん、いいにおい……」 「っ……バカ、お前、何言って……」 「や、ほんとに。落ち着くっていうか……好きなんですよね、柏木さんの匂い」 心臓が跳ねた。声が近すぎる。 背中にあたる胸元、手首、脚、全部がまとわりついてきて―― 「……今日は、ちょっとだけ甘えたいんです」 「……」 「だめですか?」 返事ができないまま、俺は枕元の明かりをパチンと消した。 暗闇の中、そっと布団の中に潜ってきた腕が、俺の胸元に回される。 「……しゃあないな」 「ふふ、でも、怒ってないですよね?」 「……」 「怒ってたら、触らせてくれないですもん」 その手が、背中から腰へ―― 触れるか触れないかの甘さで、俺の温度がどんどん上がっていく。 くそ……おとなしく寝るどころか、これじゃ、眠れるわけがない。

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