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第26話 想定外の副作用
……蓮の本心が、わからない。
ホストとしての接客なのはわかっている。けど、それだけじゃ片付けられない。
さらりと距離を詰めてくるくせに、どこにも隙がない。
作り物の笑顔にも見えないけれど、本音が見えるわけでもない。
軽くて、甘くて、どこまでも掴みどころがない。
追わせる空気を纏いながら、手のひらには乗せさせない。
「……厄介な奴に、引っかかったかもな」
気づけば、ぽつりと口をついていた。
帰路についたのは深夜。
シャツのボタンを外しながら、無意識にスマホを手に取る。
その通知欄に、“蓮”の名前があった。
店を出た直後のタイミングで、短いメッセージが届いている。
【蓮】
今日は来てくれてありがとう。
次は、仕事抜きで。
楽しみにしてるよ。
何気ない言葉。
けれど、“次”がある前提で書かれているところに、蓮らしさが滲んでいた。
あくまで自然に、でも確実に距離を詰めてくる。
人を惹きつける方法なんて、もうとっくに理解していて、何もかも計算のうちなんだろう。
やっぱり、要注意やな。
返信を打つ指が、一瞬だけ止まる。
「……なんなんだ、あいつ」
そう呟きながらも、メッセージ画面を閉じることはできなかった。
***
リビングの照明は落としたまま、ソファにもたれて、ノートPCに向かっていた。
ふと、スマホが震える。
ディスプレイに表示された名前を見て、短く息をついた。
"もしもし。柏木さん、今、大丈夫ですか?"
「ああ、大丈夫だ」
"……明日、会場入りの立ち会いあるんですけど、正直もう帰りたいです"
「まだ出張、二日目やろ」
思わず呆れ気味に返すと、受話器越しの声がくぐもった笑い声を含んだ。
"ですよね。でも柏木さんの顔、もう見たいですし"
「……おまえな」
息を飲みかけたのをごまかすように、マグカップに残っていた水を一口含む。
思いがけない言葉を、不意打ちみたいに放ってくるのはいつものこと。
"……柏木さんとの夜のこと、思い出してたら、なんか……変な気分になってきて……"
「は? おい、今どこで電話して――」
"ちゃんとホテルの部屋です。ベッドの上ですけど"
「だからって……そういう話、電話でしてくるな」
あの夜の記憶がよみがえってきて、体温がじわじわと上がるのがわかる。
熱っぽくなる耳を隠すように、片手で髪をかき上げた。
"柏木さん、今もしかして、ちょっと顔赤いです?"
「赤くない。……切るぞ」
"えー、もうちょっとだけ"
柔らかく笑うような声に、心臓がまた跳ねた。
ほんの数分の会話なのに思考の芯まで掴まれる感じがする。
「……ちゃんと仕事しろよ」
"してますって。ちゃんと終わらせて、すぐ戻ります。だから……帰ったら、また、柏木さんを抱きしめてもいいですか……?"
ぐっと息が詰まる。
なんでそんなことを、当然みたいに言えるんだ。
咄嗟に言葉を返せずにいると、相手の方が先に、
"……冗談です。あ、柏木さん……浮気しないでくださいよ? じゃあ、おやすみなさい"
どきん、と心臓が鳴った瞬間、切れる通話音。
しんとした部屋に俺の鼓動だけが響いている気がした。
……くそ。
どっちが先に、余計な火つけてんだか。
そう言ってスマホを伏せて、窓の外を見た。
ほんの少し、首元のシャツを緩める。背もたれに頭を預け、ため息と一緒に瞼を閉じた。
今夜は、眠れる気がしない。
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