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第42話 ちょっとだけ、触ってみたくて
ガチャッ、と鍵の音と共に扉が開く。
「……ふぅ」
深夜0時過ぎ。
少し酔いの残る足取りで部屋に入ると、小さく息を吐いた。
夏の夜とはいえ、外気はどこかじっとりしていて、体も心もやや重い。
「……メイ、ただいま」
何気なく呼びかけると、部屋の奥――ソファの陰から、白くふわふわした影がぬっと姿を現した。
「……にゃ」
ツンとした目でこちらを見上げるメイ。
名前を呼ばれても駆け寄るでもなく、一定の距離を保ったまま、文句ありげに鳴く。
「なんや、怒ってんのか。遅なってごめんな」
酔いに滲んだ声でそう言っても、メイはすぐには寄ってこない。ただ、ぴこぴこと尻尾だけが不機嫌そうに揺れていた。
「……お前、もしかしてずっと起きとったん?」
問いかけると、メイはふいっと視線をそらす。
ああ……待っててくれたんか。
少しだけ、胸の奥がくすぐったくなる。
リビングに入ると、ようやくメイが足元に近づいてくる。
でも、すぐにはすり寄ってこない。ほんの少し距離を空けて、じっとこちらを見ている。
「……なあ。怒ってんなら、構ってくれんでもええけどさ……」
ソファーにどさっと座り込むと、それを合図にしたようにメイがとことこと膝の上へ登ってきた。
「……ふっ、なんやねん、素直やないなあ。ツンデレか、お前は」
撫でると、最初はぷいっと顔を背けていたけど、すぐに喉を鳴らしはじめた。
その音が妙に落ち着いて、背もたれに体を預けて、目を細める。
「メイ……ただいま」
もう一度、静かにそう呟いた。
すると、メイが少しだけ顔を持ち上げて、頬にひとつ、ぺろっと舌を這わせた。
「……お、おい、なにして……」
動揺して見下ろすと、メイは「にゃあ」と短く鳴いて――またふいっとそっぽを向いた。
そのくせ、膝の上からは降りない。むしろ安心しきったように丸まって、居座っている。
「……ほんまに、お前は可愛いな」
照れ隠しにもう一度撫でてみると、にゃあ、と小さく鳴いて目を閉じた。
眠ったメイを起こさないよう、そっと抱き上げて寝床まで運ぶ。
小さく丸まった体はあたたかく、軽く喉を鳴らす音が胸に伝わってくる。
静かに寝かせると、メイは一度身じろぎしたあと、またすぐに深い眠りに戻っていった。
リビングに戻り、ソファーに腰を落とす。
スマホには、さっき別れた友人からのメッセージ。
"今日はありがとな。楽しかったわ。また会おうな"
「……ほんま、変わってへんよな、あいつ」
笑いながらスマホを置くと、ふと、鞄の中に入れっぱなしにしていたあの袋の存在を思い出す。
ためらいつつも結局手が伸びて、そっと袋を開けてみる。中には、シンプルなデザインの箱が入っていた。
開けてみると、中から出てきたのは、例の“大人向けグッズ”。
けれど、想像していたよりずっとスマートで、清潔感もある。正直、拍子抜けするくらい。
……これ、新商品って言ってたな。
真面目に作っとるんやな、意外と。
「いや、でも……なんで俺が」
軽く舌打ちして、箱を閉じようとしたけど――手が止まった。
……あいつが頑張って作ってる商品か。
息を吐き、視線を天井に泳がせる。
興味がないわけじゃない。むしろ、今日のあいつの話を聞いて、なんか変に気になってしまってた。
ドキドキしながら触れてみる。表面は思ったより滑らかで、柔らかい。
嫌な感じはしない。むしろ、見た目のシンプルさや質感に、不思議な安心感すらあった。
少しだけ、スイッチを入れてみる。
試しに指先で軽く触れると、静かな振動がじんわりと伝わってくる。
「……なるほど、な」
小さくため息を吐いて、スイッチを切る。
ちょっとだけ、重みを感じたその箱を、俺はベッドサイドの棚の奥へと、そっと押し込んだ。
……それが、始まりだったのかもしれない。
*
風呂あがりの、静かな部屋。
湿った肌がTシャツに張りつく感覚が、なんだか落ち着かない。
寝る前、ベッドサイドの棚に目をやって、動きが止まった。
もう忘れたつもりだったのに、視界の端にそれが映るたび、なんとなく気になってしまう。
棚からそっと取り出した玩具を、また手に取る。好奇心の小さな火種が、胸の奥でふわりと灯った。
“試す”ってほどじゃない。ただ、ちょっとだけ、確認するつもりだった。
スイッチを入れると、低く静かな振動音が響く。
触れた指先からじんわりと熱が伝ってきて、喉奥から小さく息が漏れた。
「……ん?」
強弱の切り替えがあるのか。
なんとなくボタンをいじった瞬間、振動が一気に強くなって、先端がうねるように動き出した。
「……うわっ」
思わず声が出る。肩がびくりと跳ねた。
予想以上に“リアル”な感触が、太ももを通して伝わってきた。
スウェットの上から軽く押し当ててみると、振動は布越しでもはっきりと身体に響いた。身体の内側で何かがざわつくのを感じて、無意識に脚に力が入る。
「……っ、……」
音は静かなのに、心臓の鼓動がうるさい。
どこか火照るような感覚が、皮膚の内側で広がっていく。
熱が内側からにじみ出るような感覚で、知らず眉間にシワが寄る。
やめた方がいい、そう思いながらも、玩具を押し当て続けてしまう。
吐息が思わず漏れて、唇が震える。
「んっ……あ、」
恥ずかしさと苛立ちが入り混じって、顔が熱くなる。
戸惑いが胸に押し寄せて、手が一瞬止まる。
だけど、そのまま止めるには、何か惜しい気もしてしまう。
「……やばい……」
やめよう。さすがに、これ以上は……。
俺は手早くスイッチを切って、玩具をタオルにくるむようにして棚に押し戻した。
それでも、身体の奥はまだざわついたままで――
ベッドに倒れ込むと、指先にさっきの感覚が、じんわりと残っていた。
「……バカみたいやな、俺」
吐き捨てるように呟いた声が、やけに熱っぽくて嫌になる。
けど、指先にはさっきの震えの余韻が、まだ少し残っていた。
静かな部屋に、まだ自分の動悸だけが響いてる。
今夜は――眠れる気がしなかった。
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