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第45話 兄の“気になる人”が、もしかしたら……

「……ちょっとは楽になった?」 「ん、ありがとな」 ポタージュを飲み終え、横になっている澄人くんの頬にそっと指を添える。 まだ熱はあるけど、さっきよりは呼吸が落ち着いていた。 「……蓮さあ、お前、優しすぎて調子狂うわ」 「ん? 好きな人には、そうなるんだよ」 軽く笑いかけると、澄人くんは少しだけ視線を逸らした。ふと仕事のことを思い出して訊いてみる。 「そういえば、仕事は大丈夫か?」 「ん……明日は有休取った」 「へえ、あんまり休まなそうなのに」 「体調崩したら、さすがに仕事にならんしな」 弱った様子に手をそっと添える。 「……そういえば、澄人くんの仕事、ちゃんと聞いたことなかったな」 軽い気持ちで聞いたけど、澄人くんは一瞬だけ目を泳がせて答えた。 「ああ、イベント企画会社。依頼に合わせて企画立てて、会場押さえて……まあ、色々やってる」 その言葉で、俺の手が一瞬止まった。 「……会社名は?」 「“ブルーム・プランニング”やけど」 心臓がバクッと跳ねる。間違いない。樹と同じ会社だ。 頭の中で、今までの樹の何気ない言葉や表情がパズルのピースのように繋がっていく。 ――綺麗で可愛くてクールな先輩が気になるって。 あの時は女性だと思っていたけど、もしかしたら澄人くんだったのかもしれない。 笑ってやり過ごした朝帰りの夜。何も聞かずに見送った背中。 それに、俺が澄人くんに渡した猫型の焼き菓子と全く同じものを持っていた樹。 もしあれが偶然じゃなかったら……? 樹は同じ職場にいる。 俺とそっくりな人間が、澄人くんのすぐそばにいるのに、その話が一度も出なかった。 ……きっとわざとだ。 澄人くんは、俺と樹が双子だって知らない。 もし樹と何かあったとしたら、“まさか”を恐れて、俺に黙っているんじゃないか。 胸の奥が冷たくざわつく。 呼吸は浅くなるのに、笑っているふりをしてしまう。 「……どうかした?」 澄人くんがじっと見つめてくる。その無防備な表情が、胸をギュッと締めつけた。 「いや、ちょっとね」 作り笑いを浮かべながらも、心の中では色んな感情が渦巻いていた。 樹が澄人くんに何を思っているのか。 本当に“気になる先輩”が澄人くんなのか。 それとも俺の思い込みなのか。 ……でも、もし本当だったら? 樹が、俺の好きな人に手を伸ばしていたとしたら? 俺より先に……。 夏の熱よりずっと熱い、重たい何かがじわじわと膨らんでいく。 嫉妬か、焦りか、それともただの不安か。 自分でもまだわからない。 ただ一つ確かなのは、澄人くんの笑顔は誰にも渡したくないということだけ。 彼の視線をしっかりと受け止めながら、何事もなかったようにスープの器をそっと持ち上げた。 ゆっくりキッチンへ向かうと、メイが足元にすり寄ってきた。 その温もりに、少しだけ気持ちがほぐれる。 「お前……何か気づいてるんじゃないか?」 思わず口にすると、メイはじっと俺の顔を見上げて、小さく「にゃあ」と鳴いた。 「やっぱりな、全部わかってるんだろ?」 俺がそう言うと、メイはまた体をすり寄せてきて、足に絡みつくように甘える。 胸の中でざわつく感情をぐっと押し込めて、 「今はまだ、全部飲み込んでおこう」 ――そう、自分に言い聞かせた。

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