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第48話 好きは隠せない
喉の奥がまだざらつく。
このまま言葉にすれば、変に震えてしまいそうで。
それでも黙っていられなくて、吐き出すように声が出た。
「……ごめんね」
やっと出たその声は、自分でも驚くほど低かった。
澄人くんが、まばたきを一つだけする。
「何が」
「だって……澄人くんの、好きな人が来るんだよね? 俺、ここに居ちゃダメじゃん」
その瞬間、彼の眉がわずかに動いた。短く息を吸ったような気配がする。
「……なんで蓮が謝んねん。蓮を呼んだの、俺やろ」
「いや……だってさ」
言葉を繋ごうとしても、うまく出てこない。
さっき“俺が対応する”って言ったのは嘘だ。
澄人くんの焦る顔が見たかっただけ――だけど、今はもう笑える余裕なんてない。
そんな俺を、澄人くんは真っ直ぐな目で捉えて離さなかった。
「それに俺、“好き”とは言ってへん。“気になる”だけやから」
……いや、それ、もうほぼ同じだろ。
胸の奥で小さく吐き出したつもりの思いは、重い石みたいに喉の奥で沈んだまま。
「……そっか」
笑ってごまかしたつもりだったけど、たぶん笑えてなかった。
今までの俺なら、もっと軽く、もっと上手く笑えるはずなのに――ほんと、らしくねえな。
少し間を置いて、ベッドの端から立ち上がる。
「じゃあさ、俺、隠れてるから」
「は?」
「澄人くん、体調悪いんだから、後輩に顔見せたら、ちゃんと寝なきゃダメだよ」
そう言いながら玄関へ向かう。
自分の靴を手に取ると、下駄箱にそっと押し込んだ。
「バレないように、な」
今から来るのが樹なら……あいつは、俺と澄人くんの関係を知らない。
今ここで顔を合わせるのは、さすがにまずい。
澄人くんはため息をついたけど、その目の奥に、一瞬だけ迷いのような色が見えた。
「……だから、なんで蓮が気を使うんだよ」
胸の奥が、また強く揺れる。
「なんで、って……好きだからに決まってんだろ」
ぽろっと零れた言葉に、自分でも驚く。
澄人くんが目を瞬かせた瞬間、視線がぶつかって――逸らせなくなった。
「蓮……」
その声が、いつもより少し柔らかくて。
距離が縮まった気がして、思わず胸が熱くなる。
ホストのくせに、ただ名前を呼ばれただけでこんな顔になるなんて……笑える。
「メイ、俺とあっちに行こ。一緒に隠れる? ……なんてな」
軽口みたいに言ってみせるけど、手の中のメイの体温がやけに熱く感じる。
メイは、たぶん樹には懐かない。だからこそ、今はこいつと一緒にいたいと思った。
澄人くんは何か言いかけて――結局、言葉にはしなかった。
ただ、そっと俺の手に触れてきた。
ほんの一瞬なのに、体温が一気に上がった気がする。
その視線だけが、妙に長く俺に絡みついてきた。
ピンポーン――。
静かな空気を破るように、インターホンの音が部屋に響いた。
澄人くんのまつ毛が、小さく震える。
視線が玄関に向かったまま、俺の手を離さない。
「……ほら、行けよ」
声は低く、でもほんの少しだけ揺れていた。
俺はメイを抱きかかえたまま、そっと廊下の奥へ移動する。
澄人くんがドアの方へ歩く足音が遠ざかるたび、胸がざわつく。
物置代わりの小部屋のドアを開け、中に滑り込む。
暗がりの中、メイが不安そうに小さく鳴いた。
「シー……静かにしよ」
囁く声が、やけに耳に残る。
ドアの向こうから、澄人くんの声が微かに聞こえた。
相手の声は小さくて聞き取れないけど、その中に自分の知っている響きが混ざっている気がして――心臓が跳ねる。
「……やっぱ、樹だ」
胸の奥で呟いた瞬間、メイが俺の手の甲に鼻先を押しつけてきた。
その温もりに、ほんの少しだけ緊張が和らぐ。
……でも、ドアのすぐ向こうで澄人くんと樹が会話していると思うと、鼓動は落ち着くどころか速くなる一方だった。
そして、ふいに澄人くんの笑う声がして――胸の奥が、じわっと熱くなる。
「……なんで、そんな声、あいつにだけ」
小さく呟いた自分の声が、暗がりに吸い込まれていった。
今までなら嫉妬なんてしないし、仮にしたとしても……もっと上手に隠せたんだろうな。
それでも――
今はただ、澄人くんの笑顔が自分の方に向く瞬間を待ってしまう。
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